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何が足りないのでしょうか?    2012/4

  •  20124月に新しい診療報酬の改訂がありました。今回の改訂にあたり、厚生労働省は、在宅医療体制の充実を意識した資料を公開しました。それによると、次の4つのステージ(1.入院から在宅療養移行、2.生活の場における療養支援、3.急変時の対応、4.看取り)にわけて課題を提示しています。

    1.円滑な在宅療養移行に向けての退院支援が実施可能な体制:入院機関と、在宅医療の受け皿になる関係機関の協働による退院支援の実施。2.生活の場における療養支援が可能な体制多職種協働による患者・家族の生活の視点に立った医療の提供、地域における在宅医療に対する姿勢や原則の共有、緩和ケアの提供、介護する家族の支援。3.急変時の対応が可能な体制在宅療養中の患者の後方ベッド機能の確保。4.患者が望む場所での看取りが実施可能な体制住み慣れた自宅や地域での看取りの実施。これらの課題を克服するために、24時間対応の在宅医療提供体制の構築、チーム医療を提供するための情報共有体制の整備、効率的な医療提供のための多職種連携、在宅医療に関する地域住民への普及啓発、在宅医療に関する教育・研修の必要性が謳われています。

     上記のような報告は、きれいに整って見えますが、本当に実現できるのでしょうか?第1線の現場にいるものとしては、相当にハードルが高いように思えてなりません。絵に描いた餅にならないようにするためには、何が足りないのでしょうか?

     これはあくまで個人の意見ですが、上記の課題の中には、“人が死ぬというきわめて大きなテーマについて、どのように援助していくのか?”という基本的な姿勢が見えないからと感じています。どれほど心を込めて接していっても、日に日に弱くなり、やがてお迎えが来る人と関わり、援助を提供していくことを、医療を専門としない介護を含めた多職種でどのように展開していくのかについて、真剣に考えていかなくていけません。改めて、終末期においての援助とは何かを問うてみたいと思います。一部の専門職しか関われない援助ではなく、志のある全ての人が提供できる援助でありたいと思います。この夏には、3年がかりで書いてきた5冊目の本を世に送る予定です。なるべくシンプルに援助を言語化できる可能性を示すことができるようにめぐみ在宅クリニックとして取り組んでいきたいと願います。

    2012年診療報酬改訂の動き    2012/2

    •   医療機関がもっとも神経をつかうのが、診療報酬改訂と言われます。というのも多くの医療機関は、社会保険制度のもと、診療報酬を請求する形で営まれております。たとえば、診察を行うことや、検査を行うなどの行為も、一つ一つ診療報酬という値段が決められております。この値段を医療機関によって勝手に決めることはできません。その単価となる法律が、診療報酬という制度です。この経営を左右する診療報酬が、20124月に改訂となります。そこでは、国が力を入れたい箇所に、重点的に単価を高く設定することで、社会の変化に対応しようとしていきます。今回の改訂での重点課題の1つに、医療と介護の役割分担の明確化と地域における連携体制の強化の推進及び地域生活を支える在宅医療等の充実が挙げられています。特に、在宅医療を担う医療機関の役割分担や連携の促進看取りに至るまでの医療の充実早期の在宅療養への移行や地域生活への復帰に向けた取組の促進、在宅歯科、在宅薬剤管理の充実に、訪問看護の充実、医療・介護の円滑な連携が、課題としてあげられています。これら課題が重点とされる背景には、多死時代に向けた国の政策があると考えて良いと思います。つまり、これから10年から20年後の日本の将来を描いたとき、年間に150万人を越える人が亡くなる時代において、その全てを急性期病院でカバーすることは不可能であることを踏まえて、今から備えておく必要があります。今回の診療報酬改訂で、さらに在宅医療が注目されていくことは間違いありません。その一方で、表面的には在宅と謳っていても、実際には看取りは行わずに全て急性期の病院に任せてしまう医療機関もあるかもしれません。現実に24時間看取りを行うことを目的に設立された在宅療養支援診療所も実際に国の目標であった20人以上の年間看取りを実践している施設は、神奈川県の場合3.5%(25/706箇所)という実態でした。良い社会になるためには、上からのトップダウンと、下からのボトムアップが必要です。今回の診療報酬改訂で、経済誘導する形の方法も大切でしょう。その一方で、真の援助者としての志を持った仲間を増やすためのボトムアップを、これからのめぐみ在宅クリニックの課題として、活動を続けていきたいと思います。年間200人以上を看取るクリニックとしての経験を、これから在宅緩和ケアを学びたい多くの医療者・介護者と共有できる機会を確立していきたいと思います。 

新年をむかえて    2012/1

  •    明けましておめでとうございます。開設以来6年目の正月を無事に迎えることができました。昨年は、在宅(含む介護施設)での看取りが212人、病院での看取り51名、合計263名の患者さんと関わることができました。ひとえにご紹介を頂きました皆様のおかげと感謝いたします。

     今年の課題は、人材育成に向けた研修会を本格的に活動することです。多死時代に向けて、終末期の人と関われる人材を育成していくことが、これからの社会に求められる大きな課題であると確信をしています。そのために、めぐみ在宅クリニックとしてできることは何か?と問い続けていきたいと思います。

     すでに、全国各地域で緩和ケア均てんにむけた様々なプログラムが用意されております。また、すでに在宅緩和ケアを実践している施設も多くなってきました。数ある活動の中で、他にはなく、めぐみ在宅クリニックとして、ユニークな視点を持ち続けたい思いがあります。そのこだわりの視点が、“どんな私たちであれば、良い援助者になれるのか?”です。ここで求められるのは、私たちが良いと思うことを行うだけでは良い援助者にはなれないということです。単に知識だけを持つだけでも良い援助者になれるかとは限りません。永年、緩和ケアを学んできたものとしてのこだわりは、“どれほど医学や科学が発達しても、すべての苦しみを取り去ることはできない、しかし、人は、その人にとって真の支えが与えられたとき、苦しみの中でも、生きようとする力が与えられていく可能性がある”ということです。支えられ方は、一人ひとり異なるかもしれません。その支えを強めることができれば、職種にかかわらず、良い援助者になれる可能性が拓けます。

     この春から、いくつかの研修会を企画いたします。参加希望の方がおりましたら、どうぞお声かけ下さい。今年が、皆様にとって良い年になりますことをお祈りいたします。

多死時代を迎えるに当たって    2011/12

  •    まもなく2011年も終えようとしております。今年は未曾有の大地震がありました。そして目に見えない放射能の恐怖も味わうこととなりました。21世紀を迎えて10年あまり、携帯電話やパソコンなどIT技術の進歩には目を見張るものがありますが、果たして良い社会になったのでしょうか?

     確実なことは、団塊の世代が定年を迎え、日本はいよいよ高齢化社会を迎えているということです。そして、あと10〜15年もすれば、団塊の世代が後期高齢者となり、多死時代を迎えるということです。1年間に亡くなる患者さんは、現在はおおよそ1.5倍の150万人を越えると予想されます。看取りを専門にする医師として懸念することは、この150万人の亡くなる人を誰が、どこで看取るのかという問題です。現在でも救急病院は、パンク状態となり、救急車の受け入れが困難なため、いくつもの病院をまわる話を聞きます。この状態がさらに悪化することは明らかでしょう。救急医療では、トリアージという概念があります。トリアージとは、人材・資源の制約の著しい災害医療において、最善の救命効果を得るために、多数の傷病者を重症度と緊急性によって分別し、治療の優先度を決定することと言われております。この概念で行くと、20年後の日本では、終末期の患者さんは、死に瀕した状態で救急搬送を依頼しても、受け入れ病院がないという判断がなされる可能性が高くなるでしょう。

    病院以外の場所で看取りを行わないといけない時代が来ることは明らかです。そのために何が求められるのかを、みんなで考えて行かなくてはいけません。どんな病気でも、どこに住んでいても、安心して最期を迎えることのできる社会を目指すという理念に基づき、めぐみ在宅クリニックとしては、人材育成を大切にしています。良い社会とは、政治や行政に任せるだけではなく、地域で活動する一人ひとりが意識して活動する必要があると考えるからです。2012年には、苦しむ人と誠実に向き合い、質の高い援助を提供できる指導者を養成する目的として、めぐみ在宅援助モデルを伝えることのできる指導者講習会を企画します。また、在宅緩和ケアを学びたい医師・看護師・薬剤師・福祉関係者向けに、めぐみ在宅クリニックとしてできることを提案していきたいと思います。ご期待下さい。

長期の休暇で学んだこと    2011/11

  •     

    開業して6年目を迎えます。この11月に開業以来はじめて長期休暇を頂く機会がありました。はじめは、箱根の温泉でもゆっくりとしようかと思っておりましたが、スタッフから、海外に行けとの強烈なメッセージをいただき、思い切って家内と二人でハワイに行きました。初めてのハワイと言うこともあり、無難にオアフ島のワイキキビーチ沿いのホテルを確保し、5日間、滞在してきました。APECの影響もありましたが、ビーチはとても穏やかでした。100年以上の歴史のある世界を代表するリゾート地での滞在で感じたことは、確かに目に見えるものとしての華やかさ、温暖な気候から醸し出される雰囲気は、文句なく素晴らしいものでした。その一方で、本当の幸せとは?と再考する機会にもなりました。どれほど豪華な車に乗っていても、どれほど裕福な生活をしていても、本当の幸せとは異なるものではないかというものです。
     ハワイで心に残ったのは、景色ではなく、出会った人たちです。いろいろな思いを持って、ハワイにやってくる人たちと交流が持てたことは感謝でした。家内が通っていたフラダンスの先生はオーストラリアから来ていました。日本で生まれ、小さい時にオーストラリアに渡り、いろいろあって、今がある話など、心に残りました。クリニックの援助モデルをとても
    poorな英語で紹介しましたが、とても喜んでくれました。他にも居心地のとてもよいお店があり、最後の2日間は入り浸っていました。いろいろな出逢いがあるのも旅の魅力です。私は、家内がショッピングとフラのレッスンの間、ワイキキビーチの見えるホテルのベランダで、現在進行形で執筆している本の原稿を進めることができました。不在の間、獅子奮迅の活躍を頂いた児玉先生はじめスタッフの皆さんに感謝です。
            

めぐみ在宅援助モデルが引用されました!    2011/10

  •     開業して6年目を迎えます。新テナントに移動して無事に1年を
  • 過ぎることができました。ひとえに、めぐみ在宅クリニックを信頼し、患者さん・家族をご紹介して頂ける
  • 地域の皆様があってのことと思います。心より感謝申し上げます。
  •     緩和ケアに従事して18年目を迎えます。この間に学んできた終末期医療に関わる援助をなるべく
  • シンプルに紹介できないかと考え、“めぐみ在宅援助モデル”を考案し、毎月の地域緩和ケア研究会での
  • 関わる事例検討のツールとして用いてきました。終末期を始め困難な事例に対しても、職種を越えて関わ
  • り続けることのできる援助の可能性を秘めていると実感しています。今までは、どのように接していくと
  • 良いかわからなかった人が、この視点を持つことで、苦しんでいる人と関われる人が増えていけば、良い
  • 社会になると考えています。
  •     ところが、めぐみ在宅援助モデルには、教育効果としての評価を確認したエビデンスはありません。
  • 研究デザインとして、今まで終末期の患者さんと対応することが苦手を感じていた人が、めぐみ在宅援助
  • モデルを学んでから、苦手意識を持たなくなったという数字を示すことができれば、めぐみ在宅援助モデ
  • ルをガイドラインのような大きな枠組みで紹介できるのかもしれません。これは今後の課題としたいと思
  • います。
  •    このようにめぐみ在宅援助モデルには、確実なエビデンスを持つものではないのですが、
  • 評価を頂き、地域の勉強会で紹介を頂いていることも最近判明いたしました。特に私にとってビックニ
  • ュースだったのは、聖隷三方原病院の森田達也先生が、OPTIM(緩和ケア普及のための地域プロジ
  • ェクト)という緩和ケアの国家プロジェクトの中で、めぐみ在宅援助モデルを紹介されていることでした。
  • 森田先生は、日本と言うよりも世界を代表する緩和ケア研究者の一人です。その先生が引用して頂く
  • ことは、どんな有名な英文誌に掲載されるよりも私にとっては光栄なことと思います。とはいえ、まだま
  • だ知名度は低く、具体的な内容を示す文献はありません。現在、鋭意努力して、このめぐみ在宅援助
  • モデルをわかりやすく解説する本を執筆しております。こうご期待のほど!
  •     なお、プロフェッショナルがんナーシング2011vol.1 no.5に「スピリチュアルケアてほどき」
  • として概説しております。ご参照下さい。
  •     

第1回神奈川在宅緩和ケア交流会    2011/09

  •     神奈川県内の在宅療養支援診療所には、年間在宅看取りが40人以上
  • 行っている施設が16施設あります(2010年6月末の報告)。それぞれの地域で在宅看取りを頑張っている
  • 在宅療養支援診療所の交流を深める目的で、2011年9月10日にめぐみ在宅クリニックの研修室にて
  • 第1回神奈川在宅緩和ケア交流会を開催いたしました。忙しい中、12施設からの参加と連携している
  • 訪問看護、訪問服薬、ケアマネなどをあわせて総勢50人近い参加を頂きました。各施設より自己紹介や
  • 日頃の診療の苦労ぶりなどの報告後、意見交換を行うことができました。
  •     特に話題となったのは連携についてでした。常勤医一人で行っている
  • 診療所として、本当に連携ができるのか?という心配があります。他の診療所の先生に代わりに診療を
  • してもらっところ、何気ない一言から、今までの信頼関係を損ねてしまうこともあるという指摘でした。
  • 複数医師で行っている場合でも、施設毎の工夫があるようです。めぐみ在宅クリニックでは、月曜夜は
  • 今井先生に依頼をしていることや、学会などで横浜を離れるときには信頼できるみひらクリニック三平先
  • 生がいることなどを紹介しました。鎌倉DrGonの泰川先生の飲み会を用いた連携には、なるほどとい
  • う思いもある一方で、私には難しいなぁと言う思いもありました。
  •     その他の話題として、在宅療養支援診療所としての看護師の役割(訪問看護ステーション
  • の看護師との差異)などについても各施設より意見が挙がりました。一部の施設では訪問診療には
  • 看護師ではなく研修を受けた事務が同伴するのに対して、多くの施設では看護師が訪問診療に同伴
  • するということです。
  • 私が感じた中では、多くの施設では、訪問看護とは異なる自前の看護師がいて、大切な役割を持って
  • いるということでした。お互いの訪問診療の質を向上するためにも、定期的な交流の場を継続すること
  • を確認しました。参加されました各施設の皆様、有り難うございました。
  •     参加施設(アイウエオ順):川崎幸クリニック、ドクターゴン鎌倉診療所、湘南国際村クリニック
  • 藤沢本町ファミリークリニック、昭和クリニック、湘南真田クリニック、清水医院在宅・緩和ケアクリニック
  • 睦町クリニック、深澤りつクリニック、めぐみ在宅クリニック、湘南山手つちだクリニック
  •     

3本柱によるイラストについてのコメント    2011/08

  •     2011年7月29日30日に北海道札幌市にて日本緩和医療学会が開催されました。
  • 大会長の蘆野先生のとり計らいにより、私は“どんな私たちであれば良き援助者になれるのか”という
  • テーマで特別講演をする機会を頂きました。朝早い時間にもかかわらずほぼ満席の状態で、私の提示した
  • テーマに関心を寄せて頂いた皆様に心から感謝いたします。
  •     さて、今回の大会で一番気になったことは、京都ノートルダム女子大の村田先生より、
  • 私が用いている3本柱によるイラストについて間違っているとの厳しい指摘を受けたことです。
  • 話を伺いながら、とても悲しい気持ちになりました。何で、これほどまでにこだわってイラストの存在を
  • 否定されるのであろうかと…。
  •     さて、いくつか指摘された論点を挙げてみたいと思います。
  • 1.3本の柱がすべて調和しないといけないとの指摘
  •     支えは3本ともすべてが折れないで支えられてないといけないという説明はありません。
  • 例えば、終末期の病気にかかっていたとしても、他の人にゆだねることが嫌いで、様々な介護サービスを
  • 拒否され続ける人がいます。その思いを認めてくれる地域の支援が与えられたとき、時間と関係が失
  • われていても、自律のみで支えられていてもイラスト的にはOKとなります。ですから、3本とも調和
  • しないといけないことはありません。
  • 2.超越という考えがないという指摘
  •     ここでの超越とは、死を越えた将来の概念とします。つまり3本の柱によるところの時間存在の支え
  • には、死を越えた将来は含まれないという指摘です。しかし、3本柱のイラストにおける時間存在の支
  • えには、死を越えた将来の確信が与えられたならば、支えとして成立すると考えます。たとえば、死ん
  • だら終わりだと思い続けていた人が、信仰を持ち、死後の将来と先に逝っている人との再会の確信を
  • 得て、時間、関係の支えが強まるとき、イラスト的には時間の支えと関係の支えが再構築されたと判
  • 断します。
  • 3.平面が水平性を維持することは、日常に戻ることと異なるという指摘
  •     平面は日常性や非日常を表すものではなく、存在の状態を表すと捉えます。死の臨床の現場では、
  • 数字そのものを意識するよりも、本人の顔の表情を大切にします。そして、たとえお迎えが近いと
  • 感じていても、穏やかな表情で過ごしているならば、その一点のみをもって“良し”としています。
  • 明日があたりまえにある日常と、明日がないという非日常の世界では、当然のように見え方が異なる
  • ことでしょう。それでも、一人一人異なる自らの支えをしっかりと育むとき、人は支えによって存在
  • と意味を失わずに生きていくことができます。ここでは、支えによって存在と意味を失わない状態を、
  • 水平な平面としてイメージすることの方が、現場で働いている一人として、より理解を深めやすいと
  • 考えているのです。
  •     実際に3本の柱で支えられたイラストを考案したのは、会話記録を振り返りながら考察を
  • 行うときに、より理解を深めるためのツールが欲しかったのです。どのように応答してよいか、
  • まったくわからず、手も足も出ない死の臨床の現場にあって、少しでも関わる可能性と援助の
  • 展開を示すことが、現場では求められます。良い聴き手になっているのかを意識しつつ、苦し
  • みのキャッチと同時に支えをキャッチしながら、支えを強めていく援助を会話記録を通して
  • 学ぶ必要があります。文字を追うのではなく、イラストとして意識できるとき、人との関わ
  • り方が変わっていくことでしょう。自分の思う支えを一方的に与えるだけでは、真の援助者
  • にはなりません。どんなに絶望と思える場面であったとしても、わずかない糸口をもとに、
  • 相手の支えを強める展開があることを表現するためにも3本柱のイラストは、こだわって
  • つかってみたいと考えております。    
  •     

目に見えない大切なもの    2011/07

  •     看取りの仕事を専門とするものとしてこだわっているものがいくつかあります。
  • その一つに、“目に見えるものも大切ですが、目に見えないものの方がもっと大切です”という
  • テーマがあります。今回は、目に見えない大切なものについて考えてみたいと思います。
  •     人は徐々に病状が進行していくとき、眠くなる時間が増えていきます。
  • これは何も薬の副作用だけではありません。眠くなる薬など一切飲んでいない人も、病状の進行に
  • よりウトウトしていきます。そして、いよいよお迎えが近くなると、昼も夜も終始寝るようになり
  • ます。こうなると、家族がいくら呼びかけても、しっかりとした返事が返ってこないことの方が多く
  • なってしまいます。こんなとき、しばしば死の臨床において、“聴覚は最期まで残っていると言われます。
  • ご家族からご本人に聞こえるように、耳元でお話をされて下さい”と家族に話をすることがあります。
  • 実際にホスピス病棟時代にもご家族にお話をしたことがありました。しかし、現在の私は、もっと別な
  • 提案を家族にするようにしています。
  •     “もし、ご本人が今、目をさまされて、お話ができたとしたら、どのような話をご家族それぞれに
  • されるでしょうか?”
  •     家族が本人に伝えたいことではなく、本人が家族に伝えたいことを、家族に
  • キャッチする意識を持つことが、大切ではないかと考えているからです。「妻はいつも私のことを気遣って
  • くれていました。きっと私と結婚してよかったと言ってくれると思います」、「お父さんは、きっと私に
  • お母さんの面倒をみてほしいと言うと思います。だから、母の面倒をしっかりみていこうと思います」、
  • 家族それぞれの思いは個別性が高いものです。それでもしっかりと本人からのメッセージをキャッチ
  • できるとき、次の展開をします。それは、本人がそれぞれの家族に伝えたいことを家族がキャッチした
  • 内容を本人に聞こえるように言葉で返すのです。もし、内容が本人の言わんとすることであれば、本人
  • は“そうなんです”と言うでしょう。もし本人が“違う”と返すようであれば、それは本人の伝えたい内容と
  • は異なることをキャッチしたことになるでしょう。例え本人が、話ができなくても、それぞれの家族に伝え
  • たいメッセージを家族がキャッチする力を持つことができるとき、やがて天に召されることがあったとし
  • ても、本人と家族のつながりは残り続けます。つながりとは、手で触れ、目で見えるだけではありません。
  • たとえ目に見えない存在になっても、心と心がしっかりとつながっていれば、残り続けるものです。たとえ
  • あと数時間しか残されていない臨終の場面においても、なお家族と共に援助の可能性があります。その
  • 可能性を今後もこだわっていきたいと思います。
  •     

人間を見なさいと教えてくれる1曲    2011/06

  •     医事新報社より“私が選んだ1曲”というコーナーの原稿依頼があり、ブラームスが作曲した
  • 交響曲1番について紹介する機会を得ました。
  •     私が選んだ1曲「ブラームス作曲 交響曲第1番」
  • 医師になり24年目を迎えます。最初の7年は主に循環器内科を専門に、そして残りの17年を主に緩和ケア
  • に従事してきました。昨年は在宅での看取りが200人を越えました。人生の最期のお世話を担当するよう
  • に、学んできたことがあります。それは、あたりまえの出来事が何と幸せなことかということです。
  • 健康なときには、何気ないことが、いのちが限られることを知ると、とても光り輝いて見えてくるの
  • です。誰にも頼らずに、1人でお風呂に入れること、1人でご飯を食べられること。そして、好きな音楽を
  • 聴くことができること…。
  •     私が特に気に入っている1曲として紹介するのはブラームス作曲交響曲第1番です。
  • ベートーベン没後、ワーグナーなどの前衛的な音楽に対してベートーベンの交響曲を正統的に次ぐ新し
  • い作品が待ち望まれ、ブラームスは着想から完成まで21年の歳月をかけて1876年に完成しました。
  • 第1楽章の冒頭は、ベートーベンを彷彿させる原音を提示しながら音を作り上げていく見事な構成と
  • なっています。また、第4楽章の第1主題はベートーベンの交響曲第9番第4楽章の「歓喜の歌」を思わせ
  • るものとなっています。全体を通して、ベートーベンからの正統性を引き継ぎ、暗から明への展開は聴く
  • ものに感動を与えてくれます。昔から伝えられてきた大切なものを守る原点を、この1曲から感じます。
  •     医療という大きな世界の中で、技術が先行して人と人との関わりが希薄に
  • なっていく時代において、医療の原点として“病気だけではなく人間を見つめなさい”と、この曲が
  • 教えてくれるような気がします。        (日本医事新報 No.4545 2011.6.4「私の一曲」に掲載)

飯舘村から学んだこと    2011/05

  •     日本で一番苦しんでいる人のために働きたいと願い、医学部を目指したのはもう30年以上前の
  • ことです。無事に慈恵医大に入学し、考えたことは、“夏休みなどを利用して農村に行き、何かしらの
  • 医療活動をしてみたい”ということでした。幸いに、疫学研究会というクラブが、永年にわたって農村
  • での地域公衆衛生活動として、東北の医療過疎地で健康診断と家庭訪問を行っておりました。
  • 迷わず入部し、医学部の1年から活動を続けてきました。若干18歳の私にとって、白衣を着て参加する
  • 夏合宿の健康診断(一年生の私は血液班を担当していました)や、健康診断の結果を持参して回る家庭
  • 訪問は、とても大きなインパクトを与えました。早く医学の勉強をして、苦しむ人の力になれるような
  • 医師になりたいと、心を躍らせたり、イギリス王室のダイアナ姫の結婚式をテレビの前で騒いでいる
  • 看護学校の先輩に驚いたり、ラジオから大瀧詠一のA LONG VACATIONが流れたり、夏合宿の打ち上げで
  • 先輩につがれたビールを飲み、宿泊先の健康改善センターの近くの用水路で相当量の嘔吐をしたり、
  • 様々な思いでのつまった場所が、福島県相馬郡飯舘村です。医学部を卒業後も学生の活動が続いて
  • いたので、25年近く、毎年夏には飯舘村に出かけておりました。
  •     医学部6年間の疫学研究会・活動の中で、一番の大きな出来事は、疫学研究会の代表をして
  • いた医学部の4年の秋に、学生が活動をする上で窓口となり、つねに力になっていただいた地区長である
  • 菅野義信さんが、肝臓癌に亡くなったしまったことでした。菅野さんは、自分の健康は自分で守ると
  • 常に学生が行う健康診断に参加され、検診率を上げるために、地区の皆さんに声をかけていただき、
  • いつも誰かのために生きてきた人でした。自らも肝臓を患い、福島県立医大に定期的に受診され、専門的な
  • 治療を受けておりました。当時の私にとって、きちんと健康診断を受け、病気を早期に見つけ、専門医の
  • 治療を受けていれば、みんな長生きができると考えていました。しかし、わずか60半ばで、大切な人を
  • 失ってしまった事実は、衝撃を与えました。そして学んだことは、“人の命は、人智を越える”ということ
  • でした。どれほど自身の健康に留意しても60半ばで逝く人もいれば、たばこを吸い、健康診断を受けず、
  • 80すぎて元気なお年寄りもいることも、飯舘村での活動で学んだことです。この頃より、人はいつか死ぬ
  • という事実と向き合う必要を感じました。そして、当時上智大学で教授として活動していたアルフォンス
  • デーケン先生の主催する生と死を考える会に参加し、ホスピス・緩和ケアについての学びを始めたのも、
  • 飯舘村の経験があったからだと思います。このように、医師として学んできた基礎には、飯舘村での経験が
  • 欠かせない大きな位置を占めております。
  •     今回、飯舘村は福島第一原発の影響で計画的避難区域の指定をうけました。自分にとって
  • 大切な故郷を失う感覚に駆られ、5月の連休を利用して飯舘村に行ってきました。そして、お世話になった
  • 菅野義信さんの息子さん夫婦への挨拶と義信さんの墓前に報告に行ってきました。飯舘村の風景は、
  • 30年前と変わっていません。いま、こうして在宅緩和ケアを行うことのできる基礎がここにあることを感謝し、
  • しばらくは避難を余儀なくされたとしても、再びこの土地に飯舘村の人が戻ることができることを祈って、
  • 飯舘村を後にしました。

心のケアとは?    2011/04

  •     2011年3月11日午後2時46分 私たちは未曾有の被害をもたらした東日本大震災を経験しました。
  • 被災された多くの方の苦しみを覚えるとき、いったい何ができるのかと問い続ける毎日です。
  • 被災に遭われた皆様のこれからが、少しでも穏やかであることを、そして、元の生活に戻ることは
  • 困難かもしれませんが、苦しみを背負いながらも生きていくための道が与えられることを、
  • 心から祈っております。
  •     大震災のような社会にとって大きな課題が与えられたとき、いつもメディアに登場する言葉に
  • “心のケア”があります。被災された子どもたちや、支えようとする大人も“心のケア”が必要です。
  • ところが、具体的に心のケアって何?と問いかけたとき、具体的な方法をきちんと言葉にできる人は
  • どれほどいるのでしょうか?
  •     頑張れと声をかけることでしょうか? 大丈夫と声をかけることでしょうか? 家族を失い、
  • 自宅を失い、仕事を奪われ、さらに住み慣れた土地を離れなくてはいけない苦しみに対して、
  • どんな言葉をかけたら良いのでしょうか?
  •     なにか気の利いた言葉をかけようと思っても、「簡単に言わないでよ、あなたは被災にあって
  • いないでしょう。私たちの気持ちなんて、あなたにはわかってもらえない!」と返されてしまうことでしょう。
  • 緩和ケアの世界で永年働いてきた経験から言えることは、“苦しんでいる人は、自分の苦しみをわかって
  • くれる人がいると嬉しい”ということです。どんな人がわかってくれる人になるのか?それは、励ましでなく、
  • 説明でもなく、ユーモアでもなく、聴いてくれる人です。あれこれアドバイスをするのではなく、ただひたすら
  • 苦しい思いを聴いてくれる人こそ、わかってくれる人に近づけます。その上で、苦しんでいる人にとっての
  • 大切な支えをキャッチして、強めることができるとき、たとえ苦しみが残り続けたとしても、人は今を生きる
  • 可能性が拓きます。心のケアを、一部のエキスパートしか行えない神業ではなく、志のある多くの人が実践
  • できるものとして展開できる社会になることを、心から願っております。

防火管理から学ぶ地域緩和ケア    2011/02

  •     新テナント移動にあわせて、甲種防火管理者の講習を受けて参りました。
  • 新テナントの大きさが300uを越えるため、今まで取得していた乙種では対応ができなくなったためです。
  • 2日間の講習を受けながら、防火管理と地域のおける緩和ケアを必要とする人を対比しながら学んで
  • きました。防火による被害を最小限に食い止めるためには、初動が大切です。一番は予防ですが、放火
  • などの不審火や、予期せぬことなどは起こりうることです。まずは通報、そして初期消火、そして
  • 避難誘導と流れていきます。火事は小さい内ならば、消すことは簡単ですが、大きくなると消すことは
  • 困難になります。ですから、とにもかくにも、初期の対策、特に初動が大切となります。この考えは、
  • 救命救急で培った感覚に似ております。心肺停止に陥ったとしても、数分以内に蘇生が開始されれば
  • 救命率は高くなります。AEDの普及に伴い、救えるいのちが増えてきました。急性心筋梗塞の対応も、
  • 同じです。発症から、心臓カテーテル検査までの時間が現場では問われております。
  •     では、地域における緩和ケアはどうでしょうか?何かしらの理由で、地域で緩和ケアを必要とする人が
  • 急に発生したとき、地域ではどのように対応できるのでしょうか? 火事や急性心筋梗塞と異なり、
  • 緩和ケアを必要とする場面は、比較的緩徐に訪れるかもしれません。しかし、歯医者さんにかかりたく
  • ない人が、痛みがひどくなってから受診することを思えば、ぎりぎりまで我慢して、耐えられなくなって、
  • 緩和ケアを求めるケースは、現場では決して少なくありません。在宅で療養していて、急に病気による
  • 痛みが出現したとき、すぐに初動できる体制が地域に備わっているのでしょうか? 救急医療は、
  • それぞれの地域で比較的整備されていたとしても緩和ケアにおいて整備されている地域は、先進国と
  • 言われるこの日本でも、ほとんどないのではと案じております。どんな病気でも、どこに住んでいても、
  • 安心して最期を迎える社会を目指したいと思います。まずは、めぐみ在宅クリニックが、その先駆的な
  • 地域のモデルとして、初動できる地域医療を目指したいと思います。限られた時間の中で、あまり介護力は
  • それでも今日のうちに退院して家に帰りたいときに、すぐに対応できること。今までは、治療専門の病院の
  • ない、介護保険の調査も済んでない、外来に家族だけが通院していたが、ほとんど食事がゼロとなり、
  • 痛みがひどく、入院ではなく家で痛みの緩和とこれからの療養を希望しているが紹介状がない。
  • こんな相談を12月31日の午後に依頼を受けても、すぐに対応できる地域を目指したいと願います。
  • そして、夢は徐々に叶っているように思えます。志のある仲間が地域にいるからです。そして、
  • この1-2年、仲間は確実に増えてきました。そして、これから仲間に加わりたいと願う人を
  • 応援したいと思います。    

2011年を迎えて    2011/01

  •     あけましておめでとうございます。めぐみ在宅クリニックも無事に5年目の正月を新しいテナントで
  • 迎えることができました。昨年は、ついに在宅の看取りが200人を越え204人となりました。
  • 病院での看取り34人を加えるとクリニックとしては238人の患者さんとお別れしたこととなります。
  • 一見すると、この数字はとても大きい数字に見えるかもしれません。しかし、めぐみ在宅クリニックの
  • 訪問範囲の人口約70万人として、年間に亡くなる方が約7000人いることを考えると、まだまだ
  • 大河の一滴にすぎないと感じております。
  •     まずは、クリニック内の整備をすすめ、24時間365日の診療体制を強化していきたいと思います。
  • この1月より今井先生に火曜日の当直をお願いすることとなりました。そして早速1月11日の初回当直には、
  • 1件の緊急往診と1件の特養での看取りをお願いするができました。今までは、休日・夜間の対応は
  • 小澤が一人で対応しておりましたが、これから徐々に当直体制を整えて、カバーしていくことが
  • できるように整備していきたいと思います。また、春には待望の常勤医が増える予定です。
  • 訪問のエリアも徐々に広い範囲を担当することができるでしょう。
  •     次ぎに力をいれたい分野は、介護施設での看取りです。介護施設として最期まで利用者さんの
  • お世話をしたいと志の高い施設は、きわめて少ないのが現状でした。ところが、昨年には、今まで関わって
  • きたグリーンヒル泉・横浜に加えて新橋ホーム、泉の郷と、選択肢が増えてきました。今年は、すでに
  • 看取りをされている恒春ノ郷での研修会や、地元で活動されている介護事業法人の研修を積極的に
  • 行っていきたいと思います。そして、終末期を迎えた利用者さんに対しても、質の高い援助を、医療を
  • 専門としない介護職員でも提供できることを伝えていきたいと思います。
  •     さらには、いのちの授業の活動をさらに展開するために、非常勤講師採用や、講演内容についての
  • 教材開発を手がけたいと考えています。そして1-2年以内に、横浜市周辺の学校に積極的に
  • 出かけていく体制を整備していきたいと思います。
  •     なかなか進まないのが、本の執筆です。企画書も通り、あとは書くだけなのですが…、
  • なかなか時間を作ることができません。今年の夏には日本緩和医療学会総会で講演する機会があるので、
  • それまでに間に合うようにと書き上げたいと思います。今年はめぐみ在宅クリニックのイメージ
  • キャラクターである卯年です。跳躍の年として、さらに夢を追いかけていきたいと思います。
  • 今年もよろしくお願いします。

反復だけで援助者になれるのでしょうか?    2010/12

  •     2010年11月6日7日盛岡で開催された日本死の臨床研究会に参加してきました。
  • 今回は、事例検討の座長を仰せつかっておりまして、その様子を簡単に報告したいと思います。
  • 下咽頭がんの患者さんは、気管切開を受け、話をすることができません。そのために、担当された
  • 緩和ケアチームのスタッフは、相手が書いていく筆談ノートの内容を声を出して反復することを
  • 中心に関わっていきました。筆談ではない場合のコミュニケーションでは、相手が伝えたいメッセージ
  • を意識しながら聴くため、一言一句を聞き逃さないようにしなくてはいけません。しかし、筆談ノートに
  • 書かれた内容を読み上げる反復は、要約して反復する必要がありません。相手の書いた筆談ノートを反復
  • するだけで果たして援助になるのか?が、事例検討での課題でした。
  •     フロアーからは、たとえ筆談ノートの反復であったとしても、援助になれるとの意見が大多数
  • でした。その理由として、関わってくれる人がいることそのものが援助である、自分の伝えたいことを要約して
  • 書かれた内容は、大事なメッセージであり、そのメッセージを共有する人がいることは、援助である、など
  • でした。座長の立場では、なかなか自分の意見を述べることが難しく、時間切れとなってしまったため、
  • この場でコメントしたいと思います。
  •     傾聴の技法には、反復、沈黙、問いかけ、とあります。ただ相手のメッセージを
  • 反復だけではなく、沈黙(少し待つこと)も大切です。さらには、問いかけという技法は、重要になって
  • くると感じています。特に、この問いかけこそ、援助の質を深める大きなヒントが隠されていると、現場では
  • 感じているからです。
  •     在宅で献身的に介護した後、ご主人を亡くした奥様が、次のように
  • 話をされました。
  •     A:奥様、S:訪問看護師
  •   A1「私、主人の介護をしてきましたが、何もできなかったと思うのです」
  •   S1「ご主人様の介護をしてきたのですね…、何もできなったと思うのですね」
  •   A2「ええ、そうなんです…」
  •     しばらく間を持ってから
  •   S2「どんなことをしてみたいと思っていたのですか?」
  •   A3「本当は、もっとおいしい食事を作ってあげたかった、もう1回二人で行った
  •         思いでの場所に旅行に行きたかった…。」
  • いかがでしょうか?  ただ、反復だけではこの展開はありません。反復は、援助的
  • コミュニケーションの基礎に違いありません。しかし、実際には、ただ反復するだけではなく、
  • 相手のメッセージ、特に希望と現実の開きである苦しみを、ていねいに反復しながら、時に相手の
  • 希望について問いかけることが、鍵となることがあります。反復だけではなく、相手のメッセージに
  • 含まれる希望について、問いかけていくことを意識したとき、さらに深いレベルでの援助の可能性が
  • 拓けるでしょう。 

日本死の臨床研究会盛岡大会に参加して    2010/11

  •     11月6日7日、盛岡市で第34回日本死の臨床研究会年次大会が開催されました。
  • “地域で看取る”をテーマに蘆野先生、長澤先生両大会長のもと、大勢の参加者にも恵まれました。
  • 私は、企画委員会委員長という役を仰せつかっておりまして、“会員の声を聴く”というコーナーと
  • “医療職のための学生の集い”というコーナーを担当しました。特に、学生向けの企画では、
  • “どんな私たちであれば、良い援助者になれるのか?”をテーマに参加者によるワークショップ形式
  • の企画を行いました。具体的には8人程度のグループを3つ作り、良い援助者の条件を黄色のタッグ
  • シールに、その条件を獲得するためには、どのような勉強をすればよいかを赤色のタッグシールにそれぞれ
  • 記入して頂きました。
  •     条件として挙がった項目は、感性、やさしい、よりそう、客観性、共感、学習、教養のある、
  • 内観、人間性、傾聴、信頼できる、母性、見捨てない、などなどです。そして、どのようにして
  • それぞれを獲得するかとして、落語をきく、読書をする、人と良く関わる、人生経験をつむ、
  • 一人の時間を大切にする、専門的な知識を学ぶ、子育てをする、苦労をする、ボランティアをする、
  • 恋をする…、などなどでした。
  •     各グループの発表をうけて、参加者にも意見を伺ってみました。たとえば、信頼できる人とは
  • どんな人でしょうか?ときくと、ウソをつかない人、きちんと目を見て話を聴いてくれる人、
  • 一緒にいて安心できる人、何でも言える人、本当のことを言える人、秘密をお互いに言い合える人。
  • では、どのようにしたら、この内容を獲得することができるのでしょうか?このような話を持つ
  • こと持つことができたことは、何よりの収穫でした。どこかの大学の授業のようですが、短い時間で
  • あったとしても、とても楽しい時間でした。
  •     このように、横浜を離れて研究会に参加できた背景には、連携している訪問看護ステーションや、
  • バックアップして頂いているみひらクリニックの三平先生の存在がとても大きいと感じています。
  • というのも、今年は盛岡を含めて3回ほど三平先生に留守をお願いして横浜以外に泊まることがありました。
  • その3回とも在宅の看取りをお願いすることとなりました。あらためて、感謝です。
  • 来年は、10月9日10日に幕張メッセで開催です。来年も楽しみです。

新テナント移動を終えて    2010/10

  •     おかげさまで2010年10月より新しいテナントでの活動を開始いたしました。
  • 心新たに、地域で苦しむ人に向き合い、援助を提供できるように、励んでいきたいと決意しております。
  • 新テナントに移動して取り組んでいきたい課題がいくつかあります。
  • 1.複数医師体制に向けた院内整備
  •     この4年間は、常勤医1名体制で活動を続けてきました。これからのクリニックの活動を
  • 考えたとき、1名体制から、複数医師で当直を行い、24時間、365日をさらに確立していきたいと思います。
  • 2.地域で活動している各事業所とのさらなる連携
  •     特に病院・診療所との連携や、介護施設でこれから看取りを取り組みたいと思う
  • 事業所への支援に努めていきたいと思います。
  • 3.人材育成に向けたクリニック内外での研修会の整備と教育プログラムの確立:
  •     痛みをやわらげるだけの緩和ケアから、苦しむ人を支えようとする真の援助者を
  • 育てる教育プログラムを提供していきたいと思います。
  • 4.将来の社会を支える若い人への働きかけ、いのちの授業としての展開
  •     30年先を意識しての人材育成として、また、苦しみと向き合う文化を形成するために、
  • ホスピスから学ぶいのちの授業を広く展開していきたいと思います。
  • 5.緩和ケア認定施設としての働き
  •     医師の人材育成は、めぐみ在宅クリニックとしての大切な役割と認識しています。
  • そのために、将来、めぐみ在宅クリニックで働く若い医師に、緩和医療学会専門医としてのキャリア
  • を積むために、臨床経験を積むだけではなく、教育、研究活動も展開していきたいと考えています。
  • 何だが所信表明になってしまいましたが、これからも夢を追いかけていきたいと思います。
  •  

新テナントに向けて    2010/09

  •     おかげさまで、めぐみ在宅クリニックを開設して5年目を迎える2010年10月より、
  • 旧日産自動車ショールームの跡地を利用した新テナントでの活動を開始いたします。
  •     医師一人、看護師1人、医療事務1人で始めたクリニックも、気がつくと常勤医1人、非常勤医師6名、
  • 看護師3名、医療事務3名、事務2名の大所帯となりました(非常勤スタッフを含む)。臨床研修の
  • 地域枠として定期的に研修医が来るようになりました。毎月の地域緩和ケア研究会も、常時40人
  • 以上の参加者が続いております。患者さんも常に120人を越え、毎月30人近い新規の相談を受けます。
  • そして、この2ヶ月は、毎月の在宅看取り数が21人となりました。比較的大きめのテナントを借りて
  • 始めた在宅クリニックではありましたが、ここ数ヶ月の動きを思うと、明らかに手狭になってきま
  • した。新テナントを購入することを悩んだ時期、一部には大きすぎるとの意見もありましたが、
  • 今になって考えてみると、思い切って決断して良かったと確信しております。改めて自分に与えられた
  • ミッションを覚えます。もし、自分と自分の家族だけを考えれば、こんなに大きなテナントを購入
  • したり、大勢のスタッフを雇ったりする必要はないでしょう。毎月の地域緩和ケア研究会を開催する
  • 必要性もないことでしょう。しかし、自分に与えられたミッションは、もっと大きなものが与えられ
  • ていると感じています。今はやりのドラッカーのマネージメント的な表現をすれば、めぐみ在宅
  • クリニックの顧客は、“苦しむ人と、苦しむ人を支えようとする人”と表すことができます。
  • そして、緩和ケアの極意は、単に痛み止めを提供するだけの医療ではなく、単に病状が悪いと言う
  • ことを伝えるというコミュニケーションでもなく、様々な苦しみを抱えながら、生きようとする人を
  • 誠実に応援する姿勢そのものにあるとしたとき、めぐみ在宅クリニックとして取り組むテーマが
  • 見えてきます。苦しむ人の力になりたいと思います。そして、苦しむ人を支えようとする人を
  • 応援しようと思います。この思いを、新しいテナントに向けて大切にしていきたいと思います。
  • これからも応援をよろしくお願いいたします。
  •  

緩和ケアは生まれたときから始まる!    2010/08

  •     緩和ケアはいつから始まるのでしょうか? 最近の流れでは、緩和ケアは、
  • 病気の診断から始まることとなっています。従来では、治療が困難になってから、緩和ケアが始まる
  • という考えに対して、新しい緩和ケアのあり方として、打ち出されてきた流れです。
  •     確かに、診断と治療において、苦痛を緩和しながら行うことに異議を唱える
  • ものではありません。しかし、緩和ケアが、症状緩和の域から脱していない感じがあり、個人的には
  • 残念な思いをしています。緩和ケアは単に痛み止めの医療でもなく、単に看取りの医療でもない
  • と考えるからです。
  •     私にとって、緩和ケアとは、“苦しみと向き合うこと”を本質としたいと
  • 考えています。実際の在宅緩和ケアの現場では、治療が困難になった患者さん・家族の苦しみと
  • 向き合うこと、というテーマになります。この考えでいけば、病気の診断から苦しみが始まるわ
  • けではないことに気づきます。苦しみは、こうであれば良いという希望と、実際には異なる現実
  • との開きと取るとき、苦しみを抱えている人は、病気の患者さん・家族だけではありません。
  • PK戦を外して落ち込んでいる子供であったり、リストラにあって悩んでいる大人であったり、
  • 家族に迷惑をかけたくない悩みを抱えているお年寄りまで、生きている人、すべてが苦しみを
  • 抱えていると考えて良いでしょう。そして、緩和ケアの本質は、たとえ苦しみを抱えながらも、
  • 生きていくための支えを育む援助を行うことするとき、もっと範囲が広がっていくと考えています。
  •     私たちの人生は決して平坦ではありません。様々な困難や苦しみの連続です。
  • その苦しみを背負いながらも、人が生きるための支えを、誠実に応援していくことを緩和ケアの本質と
  • すれば、私は、緩和ケアは、生まれたときから始まると言いたいと思うのです。このアイディアが
  • 定着するまでには、たぶん、あと30年近く時間がかかるかもしれません。しかし、めぐみ在宅クリニック
  • では、こだわって、このテーマを大切にしたいと思います。
  •  

日本ホスピス緩和ケア協会年次大会報告    2010/07

  •     2010年7月17日18日に浜松で日本ホスピス・緩和ケア協会の年次大会が開催され、参加して
  • きました。簡単に報告します。
  •     基調講演では、志摩先生から、緩和ケアの中で、支持療法、基本的緩和ケア、
  • そしてエンドライフ・オブ・ケアの言葉の定義をイラストとして紹介されました。
  •     支持療法とは、比較的癌に特化した診療の一つのスタイルとして紹介され、
  • 基本的緩和ケアは、広く治療の初期から終末期まで関わるとしたとき、エンドライフ・オブ・ケア
  • という概念として、がん、非がん問わずして終末期を専門に関わる領域を紹介されました。
  • そして、ホスピス緩和ケア協会が、このエンドライフ・オブ・ケアに関わるスペシャリスト
  • という意識を持つことを提唱されました。この流れは、最近の社会の情勢を考えれば、
  • 必然というべきものと感じました。
  •     そのあとのシンポジウムは、どちらかというと総論だけで、実際に看取りを
  • 専門とするプロ集団としてのシンポジウムにしては、いささか内容の乏しい印象でした。
  • 課題は、人材育成に向けた教育研修のあり方につきるでしょう。今の緩和ケア教育が、
  • 症状緩和と病状説明に重点を置くなかで、“説明だけでは援助にはならない”という意識が
  • 教育・研修を担当されている先生には感じないということが残念でした。
  •     2日目の午前は、在宅緩和ケアについての分科会に参加しました。
  • 協会では、この2年間をかけて在宅ホスピス緩和ケア基準を作成してきました。その最終版というものが
  • 完成し、内容についての説明がありました。とはいえ、総論的な内容で、具体的なケアの手順などに
  • ついては、ほとんど触れられていないものでした。2日間を通して感じたことは、あらためて、人材育成
  • の大切さ、特に、終末期の利用者さんの援助をこれから始めたいと考える地域の事業所が、取り組むべき
  • わかりやすい手順書がないということでした。難しい言葉ではなく、なるべくわかりやすい言葉で、徐々に
  • お迎えが近づいていく人に対する援助について、シンプルに伝える方策を、めぐみ在宅クリニックとして
  • 言語化してみたいと思いました。
  •  

新テナントに向けた夢    2010/06

  •     この5月に新しいテナントを無事に購入することができました。日産ショールームの空き店舗で、土地は
  • 285坪、事務所は約100坪の広さがあります。屋上が駐車場になっているので、駐車スペースも十分に確保
  • できます。現在、改修工事に向けた設計を調整しているところです。まだもう少し時間がかかりますが、
  • 秋には新テナントに移ることができるようにと、努力しております。新テナントに向けたビジョンとして、
  • 現在の常勤医師1名、非常勤医師6名体制から、将来的には常勤医師7-10名、非常勤医師10名以上でも
  • 十分に活動できる拠点にしたいと考えています。めぐみ在宅援助モデルを学ぶことのできる研修プログラム
  • を整備し、在宅緩和ケアを学びたいと考える多くの医療者・介護者に、学ぶ機会を提供していきたいと
  • 思います。月1回の地域緩和ケア研究会、月2回のデスケースカンファレンス以外にも、教育研修プロ
  • グラムを企画してみたいと思います。150人は入るショールームですので、運用しだいでは、可能性が
  • 広がります。そして将来の人材育成に欠かせない「いのちの授業」を行うことのできる講師を養成し、
  • 訪問診療の現場と連携しながら、終末期医療の現場に基づいた「生きる支えを育む教育」の可能性を
  • 展開してみたいと思います。そして、現在は年間在宅看取り160から180人ですが、将来的には300人
  • から400人を在宅や介護施設で看取ることのできる体制を整えたいと思います。もちろん数だけではなく、
  • 一人ひとりの質を高める工夫にも、こだわってみたいと思います。めぐみ在宅クリニックの特徴は、
  • 逆に弱めてしまうこともあります。ただ症状緩和を行い、看取るだけではなく、苦しみを抱えながら、
  • 会話記録にあります。何気ない会話、何気ない一言で、支えを強めることもあれば、一人ひとりの支え
  • をキャッチして、強めていく「めぐみ在宅援助モデル」を学ぶことのできる施設として、新テナントを
  • しっかりと整備していきたいと思います。そして、いつの日にか、どんな病気であったとしても、
  • どこに住んでいても、安心して最期を迎えることのできる社会を目指したいと思います。
  •  

ホスピス・緩和ケア協会関東支部大会    2010/05

  •     先日、ホスピス・緩和ケア協会関東支部大会に参加して参りました。
  •     ホスピス・緩和ケア協会とは、日本緩和医療学会や死の臨床研究会と異なり、
  • ホスピス・緩和ケア病棟で働く医療従事者の集まりです。日本緩和医療学会が、癌治療の初期から
  • 始まる症状緩和から終末期までの広い範囲をカバーするとすれば、日本ホスピス・緩和ケア協会は、
  • いわゆる看取りのプロ集団ということとなります。ですから、おのずからそこでの話し合いは、ある
  • 程度のクオリティーを期待するものでありたいと思いました。
  •     前半はリバプールケアパスウェイ(LCP)についての解説がありました。
  • 残念ながら、クリニックの残務に追われて、後半の事例検討からの参加となりました。事例検討は、
  • X県の緩和ケア病棟の事例でした。(特定できないように情報をマスクします。)発表された先生は、
  • 個人的にもよく知っている先生で、この業界ではベテランの緩和ケアの専門医師です。その発表され
  • た内容は、きわめてインパクトのある出だしから始まります。最期を迎え、死亡確認をしたあとで、
  • 声をかけようとしたら、娘さんから「父は病院に殺されました」と言われた…というのです。
  •     患者さんは70代男性で、消化器の末期がんでした。1ヶ月前には歩いていた
  • にもかかわらず、診断を受けたときには治療方法がなく、入院先から緩和ケア病棟を紹介されてきました。
  • 頭では、治療がないことをわかっていても、「何で1ヶ月前には歩いていてお父さんが、こんなに弱って
  • しまったのだろう」と訴えていました。入院後、痛みの緩和を得て一時期は食事なども少量摂れるように
  • なります。しかし、まもなく倦怠感が強まり、間欠的なセデーションが始まります。このときには、症状
  • 緩和として耐え難い苦しみの時には眠くなる治療を選択すること、そのリスクなどについて説明と同意を
  • 書面で娘さんと交わされていました。やがて、病状は進み、深いセデーションが導入され、最期を迎え、
  • 先に紹介した言葉が娘さんから発せられます。
  •     検討事項として、セデーションの導入についてと家族へのアプローチがグループ毎に
  • 話し合われました。少ない情報での話し合いはどうしても抽象的になりがちですが、気になった点は、
  • “医療者から適切な説明が家族になされたのかと”いう問いかけでした。大切なお父さんが、わずか1ヶ月で
  • 急に病状が進行し、床に伏せ、やがてお迎えが来てしまう。そんな理不尽な苦しみの前で、いったい医療者
  • が何を説明したら援助が行えるのでしょうか。苦しみを抱えながらも、それぞれが大切にいている支えを
  • 強めることを意識したとき、援助の可能性が見えてきます。「娘さんにとって大切なお父さんなんですね」と
  • 聴く姿勢が、なぜ援助となるのかをきちんと言語化する必要があります。看取りのプロ集団であるホスピス・
  • 緩和ケア協会の討論としては、ある意味では残念な思いがしました。どんな私たちであれば、良い援助者に
  • なれるのでしょうか? この問いかけを常に意識していきたいと思うのです。苦しみをキャッチし、支えを
  • キャッチし、そしてどんな私たちであれば、相手の支えを強めることができるのか、そして支えようする人の
  • 支えを知る。このめぐみ在宅援助モデルを、改めて広めていく必要性を感じました。
  •  

より良い援助者を目指して    2010/05

  •     映画「のだめカンタービレ」をごらんになった方はいるでしょうか?
  • 昨年の秋の前編に続き、このGWに後編をみて感動した私は、地上波の番組1話から11話とヨーロッパ編
  • 2話を2日間で繰り返し何度もみておりました。主人公の“のだめ”は、敬愛する指揮者の千秋先輩と
  • 同世代の女性ピアニスト孫ルイに、お気に入りのラベルのピアノコンチェルトを想像以上に素晴らしい
  • 演奏をされてしまったことで精神的な葛藤に陥ってしまいます。失意の中、巨匠シュトレーゼマンの
  • 指揮者とショパンのピアノコンチェルト1番を演奏します。渾身の演奏は高い評価を受けますが、これ
  • 以上の演奏はもうできない…と再び落ち込んでしまいます。本当は、大好きな千秋先輩と一緒にピアノ
  • コンチェルトを演奏したいと思っても、もし良い演奏ができなければ、千秋先輩のことを好きでいられ
  • なくなる、と引きこもってしまいます。それでも、千秋が見つけ出し、2人が出会った頃に一緒に弾いた
  • モーツァルトの2台のためのピアノソナタを弾く中で、再び音楽に向き合っていく様子が描かれています。
  • どんなに良い演奏をしたとしても、これで終わりと言うことはない。さらに、もっと良い演奏をするために、
  • 努力を続けていく。音楽を専門とするプロの職人としてのこだわりが伝わってきます。映画を観ながら、
  • 医療も同じ事にこだわっていると感じました。在宅という状況で、様々な苦しみを抱えながら人生を全う
  • しようとする患者さん・家族のケアを多職種・他事業所で行い、とても良かったと患者さん・家族から
  • 評価を頂いても、そのことのみで満足し続けることは避けたいと思うのです。たとえこれ以上のケアは
  • できないと思ったとしても、さらに良いケアを行うことができることを目指して努力し続けていきたい
  • と願うのです。たぶん、何年経っても、同じ事を繰り返し、繰り返し学び続けていく必要があると思い
  • ます。人ひとり看取ることの難しさ、独りよがりではない援助、苦しむ人と逃げないで向き合い続けて
  • いくこと、この思いを大切にこれからも人生を献げていきたいと思います。
  •  

どんな私たちであれば良い援助者になれるのか    2010/04

  •     2010年5月より研修医を受け入れることとなり、研修プログラムを作成することになりました。
  • 作成にあたって、こだわっているテーマは、「どんな私たちであれば、良い援助者になるのか?」
  • ということです。適切な問診と診察、そして必要な検査にて正しい診断を行い、適切な治療を提供
  • することは、医療従事者として大切なことです。しかし、ただ、診断と治療を行うだけでは、治療
  • 抵抗性になった患者さんと向き合うことは困難になるでしょう。たとえ、苦しみの原因である病気
  • が治らないとしても、なお励ましではない方法で援助を行うことを考えて行く必要があります。
  •     では、苦しむ人への援助とはどのようなことなのでしょうか?
  • 私がいのちの授業で使う事例を紹介してみたいと思います。小学校6年生のサクラさんは、大切に飼って
  • いた犬を亡くしてしまいました。いつもは明るく陽気なさくらさんですが、犬を亡くしてからの毎日は、
  • 学校でも笑顔がありません。さて、ここでサクラさんの援助を考えてみたいと思います。永年、ホスピ
  • ス・緩和ケアで働いてきた経験から、一つヒントを出します。それは、“苦しんでいる人は、
  • 自分の苦しみをわかってくれる人がいると嬉しい”ということです。では、もし、あなたが
  • サクラさんだったら、どんな人があなたの気持ちをわかってくれるでしょうか?
  • 実際の授業では、次の4つの選択肢から選んでもらいます。
  • 1.「 がんばってね、すぐに元気になるから!」と励ましてくれる人
  • 2.いのちにはいつかは終わりが来ることを説明する人
  • 3.おもしろい話や楽しい話をして、笑わせてくれる人
  • 4.そばで話をきいてくれる人
  • さて、あなたは何番を選んだでしょうか?多くの生徒は4番を選びます。なぜ4番が多いのでしょうか?
  • 子どもたちでも、本当に苦しいときには、“励まされた”としても、“説明をされた”としても嬉しく
  • ないことを直感的に知っています。楽しい話で笑うことは時には必要です。しかし、ただ笑わせるだけで、
  • 本当の援助を継続的に行えるかというと、現実的には厳しいものです。そばで聴いてくれる人の存在は、
  • 苦しみを抱えた人にとって、とても大切な援助です。
  •     従来の緩和ケアの教育は、どちらかと言えば“緩和医療学”といった体系化されたものが多かったように
  • 思います。特に緩和ケアにおいてコミュニケーションといえば、悪い情報をどのように伝えるのかといった
  • “伝えるコミュニケーション”に重点が置かれております。そこから生まれてくる援助の可能性は、犬を
  • 亡くして悲しんでいるサクラさんに、“いのちには、いつか終わりが来ることを説明する”2番を行うよう
  • に思えて仕方がありません。本当に必要なことは、治療抵抗性になった患者さん・家族をどのように援助
  • していくかが、問われてくると思うのです。このテーマこそ、めぐみ在宅クリニックとして大切にしたい
  • 鍵です。
  •  

めぐみプロジェクト    2010/03

  •     開業して3年6ヶ月が経とうとしております。わずか42ヶ月ですが、2010年2月16日までに
  • 在宅の看取り数が424人となりました。入院されて亡くなられた患者さん99人をあわせれば523人と
  • なります。本当に多くの志のある仲間と仕事ができることを感謝しています。
  • 最近では独居でご高齢のがん患者さんの看取りをあたりまえのように地域の多職種・他事業所で
  • 関わることができるようになりました。お互いの信頼関係がしっかり築けているからこそ、安心して
  • ゆだねることができます。
  •     今年の課題の一つに、めぐみ在宅クリニックとしての教育パッケージを確立することがあります。
  • 以前にもご報告をいたしましたが、めぐみ在宅クリニックは、新しいテナントに移動する計画があります。
  • 計画は順調に進み、5月中には引き渡しが終了する予定です。改修工事などの期間をへて8月から9月に
  • かけて新テナントでの活動が始まることでしょう。
  •     一番の目玉としたいテーマは、在宅での緩和ケアを学ぶことのできる教育プログラムです。
  • 医療者が24時間そばにいない在宅で、安心して患者さんや家族が過ごせるためには、どのような
  • 条件がそろえば良いのでしょうか?医療面だけではなく、生活面での配慮も欠かせないテーマです。
  • そして、どのような私たちであれば、安心して最期まで過ごせる地域の援助者になれるのでしょうか?
  • 具体的な項目として、1.緩和ケア一般の知識(自然経過に熟知した上で、緩和ケアの相談に乗る
  • ことができ、適切な予測指示を行うことができる、適切な症状緩和を行う事ができる、など)、
  • 2.生活面の支援(ADL低下に伴う保清困難に対する介護援助について他事業所と連携できる、など)、
  • 3.めぐみ在宅クリニック援助モデル(苦しみのキャッチ、支えのキャッチ、どんな私たちであれば、
  • 相手の支えを強めることができるのか、支えようとする私たちの支えを知る)。
  • このほかにも経済的に困窮しているケースに対する対応なども含めて対応できる可能性を学ぶことを、
  • 教育ツールとして開発してみたいと思います。そして医師のみならず全ての職種で共有してみたいと
  • 思います。さらには、内容を吟味した上で、将来的には新しいテナントでの研修のみならず、出版、
  • e-learningなども考えてみたいと思います。
  •     そして、真の援助者を育てるための一環として、苦しむ人と向き合える
  • 人材が欠かせません。将来的な視野に立って行ってきた「いのちの授業」も、めぐみプロジェクトの
  • 一環として連携して行きたいと考えます。具体的には非常勤講師の養成と教育、できればクリニックに
  • 併設する強みとして、実際の臨床の現場に携わりながら、いのちの授業を行う環境を整備していきたいと
  • 考えています。夢はつきませんが、願うと一つずつ実現していくように思えてなりません。 
  •  

訪問診療サポーターの役割と募集について    2010/02

  •     めぐみ在宅クリニックの特徴の一つに訪問診療サポーターの存在が挙げられます。
  • 何をするかと言えば、訪問診療に同行し、診療のサポートを行う…ということですが、単に医師の
  • カバン持ちではありません。めぐみ在宅クリニックの真髄であるスピリチュアルケアの根幹をなす
  • 「支え」を意識して、医師と一緒に「支えをキャッチして強めるためのサポート」を行う大切な役割を
  • 担います。実際には、訪問前に紙カルテの整備、電子カルテの確認、訪問に必要な物品の確認など
  • を行い、訪問診療中には、電子カルテの入力補佐を行い、会話記録などを記録することで、医師の
  • 診療、特に終末期に於けるコミュニケーションについて、振り返り学ぶことのできる役割を担います。
  • そして、医師とともに患者さん・家族の支えをともにキャッチして言語化する作業を担います。
  • また、多職種・他事業所との連携役としても医師の補佐を行います。また、訪問終了後には、次回の
  • 予約確認、物品の補充、訪問服薬のための処方箋の手配、介護保険意見書や訪問看護指示書などの
  • 確認を行います。職種としては、医療を専門とする看護師や薬剤師だけではなく、ケアマネやヘルパー、
  • あるいは一般事務しか経験のないものでも、訪問診療サポーターができるようにめぐみ在宅
  • クリニック内で研修を行っていく予定です。訪問診療サポーターは総合的な力を必要とします。
  • すぐにはできなくても、経験を積みながら、質の高い在宅緩和ケアを提供できるサポートができる
  • ように、整備していきたいと考えています。
  •     2010年4月より常勤医が増え、年内には常勤医が3人へ増えて行く予定です。
  • 同時に4方向、5方向に訪問診療を行う時期も遠くなく来るでしょう。そのための準備として、訪問
  • 診療サポーターを増員していきたいと考えております。在宅緩和ケアというフィールドにおいて、
  • 苦しむ人と向き合い、ともに働く仲間を募集します。資格は問いませんが、パソコン操作を必要と
  • しますので、ワード・エクセルの操作、タイピング速度が正確である水準を保てることが条件とな
  • ります。詳細は、めぐみ在宅クリニック院長小澤までお問い合わせください。
  •  

年頭にあたって    2010/01

  •     あけましておめでとうございます。皆様にとって良い年であることを祈ります。年頭にあたり、
  • 次の聖句が、私の課題として与えられました。
  • 新約聖書ペトロの手紙一5b「神は、高慢な者を敵とし、謙遜な者には恵みをお与えになる」からです。
  •     めぐみ在宅クリニックは、皆様のおかげをもって開業4年目を迎えました。昨年は1年間に
  • 159名の在宅看取りに関わることとなりました。入院で最期をお迎えした40人をあわせると合計199名の
  • 患者さんとお別れをしたことになります。非常勤の先生方の援助があるとはいえ、常勤医1名でよく
  • やってきたと思います。しかし、昨年までの実績に満足せず、高慢にならずに、さらに謙虚さをもって、
  • 上を目指していきたいと思います。
  •     今年与えられた大きなビジョンに、めぐみ在宅クリニックの移転計画があります。
  • 来る4月には1名の常勤医が増え、さらに年内にもう1名の常勤医が増える予定です。
  • 現在100名前後の在宅患者さんを担当していますが、さらに多くの患者さんを、めぐみ在宅クリニック
  • として受け持つことができることでしょう。あわせて医師、看護師、薬剤師のみならずケアマネやヘル
  • パーも含めて多職種の人が、在宅終末期ケアを研修できる施設として充実していきたいと考えています。
  • そして、広い意味での人材育成として「ホスピスから学ぶいのちの教育」部門の充実も課題です。
  • さらには、在宅ホスピス・ボランティア活動の拠点としての働きも取り組んでいきたいと考えています。
  • これらの課題を考えたとき、現在の場所では手狭になってきました。そこで、さらに広い場所への移転を
  • 祈っていました。すると、クリニックの近くにあった自動車会社のショールームが空き店舗として売りに
  • でていることがわかりました。そしていろいろ調整した結果、この1月に無事に落札することができました。
  • 順調に進めば、年内に285坪の土地と30台以上駐車場を完備し、床面積100坪の広さを誇るクリニックに
  • 移ることとなるでしょう。その道のりは決して平坦ではありませんが、高慢にならず、謙遜な気持ちを
  • 大切にし、志を高く持って望みたいと考えております。
  •  

日本緩和医療学会認定研修施設に認定されました    2009/12

  •     日本緩和医療学会では、質の高い緩和医療を社会に普及させていくために専門医認定制度を
  • 発足させました。暫定指導医が所属し、申請条件を満たす診療施設は、認定研修施設として申請が
  • 可能です。この度、めぐみ在宅クリニックは、日本緩和医療学会より認定施設の認定を受けることが
  • できました。
  •     認定研修施設の要件としては、緩和ケアを実践している施設として、
  •  1.緩和ケアを実践している病院または診療所であること、
  •  2.定期的に緩和ケアのカンファレンスが実施されていること、
  •  3.24 時間対応の訪問看護ステーションと連携していること、
  •  4.日本緩和医療学会の専門医認定制度の暫定指導医または専門医が1 名以上常勤していること、
  •  5.がん看護専門看護師、緩和ケア認定看護師またはがん性疼痛看護認定看護師等が
  •     1 名以上常勤していることが望ましい(日本看護協会資格認定制度)、
  •  6.病院の場合、緩和ケアチームが設置され、活動していることが望ましい。
  •  7.診療所の場合、在宅療養支援診療所の要件をみたすことが望ましい、
  •  8.特定非営利活動法人 日本ホスピス緩和ケア協会正会員であることが望ましい、
  • となっています。がん診療拠点病院やホスピス・緩和ケア病棟では、認定研修施設の認定を
  • 取っているところもありますが、個人のクリニックとして認定を取っている施設は、全国に
  • まだ数カ所しかありません。具体的に緩和ケアを実践している条件として、診療所では、
  • 年間20人以上の在宅看取りの実績が求められていることになっているようでした。
  •     めぐみ在宅クリニックとしては、2009年1月より2009年12月14日までの在宅看取りは147名であり、
  • 年末には150人を越えていることと思います。月2回のデスケースカンファレンスをご遺族参加の上で開催し、
  • 月1回地域緩和ケア研究会を開催してきました。これらの活動を常勤医一人で年間100回近い講演を行い
  • ながら、在宅緩和ケアを継続しています。もともと循環器医として救命救急で働いていたスピリットが
  • 根底にあるため、決して特別なことをしているとの意識はありません。ただ、言えることは、訪看や
  • ケアマネなど、多くの優れた仲間に恵まれていることです。そして、これから仲間をさらに増やすための
  • 努力を精力的に行っていきたいと考えています。まだ計画段階ですが、将来的には在宅緩和ケアを学ぶこと
  • のできる研修プログラムを地域で活躍している医師、看護師向けに提供していきたいと考えております。
  •  

日本死の臨床研究会年次大会に参加して    2009/11

  •      平成21年11月7日8日に名古屋国際会議場にて第33回日本死の臨床研究会年次大会が
  • 開催されました。全国から3000人近い参加者が集まり、熱気にあふれた大会でした。
  • 大会長をされた佐藤健先生、安藤詳子先生、お疲れ様でした。
  • 死の臨床研究会は、私がホスピスで働くようなってから毎年参加している研究会です。そして、
  • いつも楽しみにしているのは、事例検討です。一日目の午後などは、自分の発表を控えながらも、
  • 同じ時間帯に並行している3つ事例検討を掛け持ちしながら参加してコメントをしてしまいました。
  • 座長をされていた先生には申し訳なく思っております。『「医療者と歩調が合わない」に込められ
  • た家族からのメッセージ』では、乳がんで治療を受け、徐々に治療抵抗性になっていく外来化学
  • 療法室で関わっていた看護師さんから、家族支援で困難であった内容の発表がありました。
  • 生きていてほしいと願う家族にとって悪いニュースは信じがたいものです。どれほど丁寧に病状を
  • 説明し、現状を伝えようとしても、なかなか伝わらないと医療者は感じるでしょうし、家族も
  • 「医療者と歩調が合わない」と思うことでしょう。発表された看護師さんは、きわめて誠実に対応
  • している様子でしたが、それでも歩調が合わないと感じるのはなぜでしょうか?あらためて死の臨
  • 床における「援助」とは何かと問いかけたいと思いました。それは、いわゆる病状説明や症状緩和
  • だけではなく、「苦しんでいる人は自分の気持ちをわかってくれる人がいると嬉しい」という視点を
  • しっかりと押さえたいと思います。わかってくれる人は、いわゆる説明する人ではなく、聴いてくれ
  • る人という展開がほしいのです。このあたりが、きちんと緩和ケアの基礎的な教育課題に挙げられて
  • いないことが今後の課題であると痛切に感じております。
  •      さて、私が所属する企画委員会としては、今回は二つのイベントを行いました。
  • 一つは毎年行ってきた会員フリートーキングです。講演や発表を聞くだけではなく、大会に参加して
  • 感じたことや普段の現場で感じたことを話し合う場として定着してきました。
  •     もう一つの企画は「医療職を目指す学生のための集い」です。死の臨床において、
  • 患者さん・家族は、どのような医療者が望むのか?というテーマでワークショップ形式の時間を取り
  • ました。参加者に色別のタックシールを手渡し、思うことを列挙してもらい、KJ法でまとめていきました。
  • 学生だけではなく、医師・看護師あわせて30名の参加者があり、充実した時間となりました。様々な意見を
  • 頂きましたが、大きく分けて、豊かな人間性と専門性の高い知識・技術・態度が挙げられていました。
  • 豊かな人間性を養うためには?という方策では、いっぱい恋愛をして失恋をした方がよいのではという
  • 学生らしい意見もありました。今年はじめての企画でしたが、来年以降も継続していきたい企画と考え
  • ております。
  •      余談ですが、世話人会という集まりがありまして、私が座った席のちょうど目の前に
  • 柏木先生が座っておりました。挨拶をさせて頂くと「小澤先生、いい話をしてあげよう」と小話を伺いました。
  • 「ニューヨークヤンキースの松井選手がワールドシリーズでMVPを取りました。では、MVPの略の意味は
  • 知っていますか?Mはミッション、Vはビジョン、そしてPはパッションです」というのです。使命、展望、
  • そして情熱。さすがに柏木先生らしい話だと感心しました。
  •  

映画「私の中のあなた」を観て    2009/10

  •      映画「私の中のあなた」MY SISTERS KEEPER(監督ニック・カサヴェテス)をご存知の人はいる
  • でしょうか?白血病のお姉さんケイトと、お姉さんを救うべく、ドナー提供できる妹として生まれた主人公
  • アナ、最期の最期まで病気と闘う姿勢を持つ母サラ、みんなを支えようとする父や兄の物語です。映画は、
  • 意外な展開から始まります。「もう姉のために腎移植の手術を受けるのは嫌。自分の体は、自分で守り
  • たい。」と、アナが両親を訴えたのです。紹介したいテーマは、14歳未満の子どもが、果たして自分の
  • 身体を守るために法廷ではどのように展開するのか…、といった裁判の映画ではありません。白血病を
  • 患ったことで、いかに闘病する子どもやその兄弟、あるいは家族が苦しみながら、生きていくのかが、
  • それぞれの立場で描写されていきます。
  •      ネタバレしない範囲で、印象的だったシーンを紹介したいと思います。外来で抗がん剤治療を
  • 受けていく中で、同じ白血病で闘病するテイラーに出会います。いつしか、二人は恋人となって
  • いきます。病院主催のパーティーが開催されることになりました。
  • タキシードを着た彼の前に、ドレスをきたケイトが階段から下りてくるシーンは、今まで闘病を繰り返し、
  • 嘔吐や出血などで苦しんでいた姿とは全く異なり、光り輝くきわめて美しい瞬間でした。パーティーの後の
  • 二人の会話も印象的でした。
  • ケイト「こんな病気になって、つらくない?」
  • テイラー「そんなことはない。この病気になったから、君(ケイト)に会うことができた」
  • 会話を聴いていて、思わず息をのむシーンでした。
  •      やがて病気が進み、危篤状態となります。その中でケイトは海をみにいきたいと希望します。
  • 母サラは反対をしますが、主治医は、今ならばいけるかもしれないとお父さんに話をします。すると、
  • お父さんは、海に連れて行くことを決断します。海辺で家族と過ごすケイトの表情は、ホスピスで
  • しばしば経験してきた、至極の瞬間を思い出すものでした。
  •      裁判の行方や、その背景にある驚愕の事実は、あえて伏せておきますが、印象に残る映画でした。
  • まだ映画館で上映されておりますので、一度ご覧下さい。
  •  

発展途上の緩和ケア教育    2009/09

  •      どんな病気でも、どこに住んでいても、安心して最期まで過ごせる社会を目指したいとの思いをもって、
  • 臨床の現場で活動を続けております。その視点から、最近の緩和ケアの輪が広がりを見せていることは、
  • とても嬉しいことです。しかし、残念ながら、まだ発展途上にあると感じています。何か足りないかとい
  • えば、「援助とは何かを言語化できていない」ということです。痛みを和らげる薬の使い方や、悪い病気
  • が見つかったときに、患者さん上手に病気を伝えていくことを中心に緩和ケアが紹介されていくことは、
  • 決して間違いではありません。しかし、あえて言えば、足りないと感じるのです。治らない病気と伝え
  • て、痛みを中心とした症状緩和を行うだけでは、本当の意味で苦しむ人と向き合い続けることは困難で
  • あると、現場では感じているからです。「質の高い援助とは何か」を意識しながら、必ずしも医療を専
  • 門としない多職種でチームを組むときに、次の援助モデルをめぐみ在宅クリニックでは提唱し、関わる
  • 他事業所と繰り返し勉強会を開催してきました。
  •      めぐみ在宅クリニック提唱の援助モデル
  • 1.苦しみをキャッチする
  • 2.支えをキャッチする
  • 3.どのような私たちであれば、相手の支えを強めることができるのかを知る
  • 4.支えようとする私たちの支えを知る
  •      苦しみとは、希望と現実の開きです。そして支えとは、将来の夢、支えとなる関係、そして自己決定
  • できる自由です。それぞれ異なる苦しみと支えを意識しながら関わることを最初のテーマとします。そして、
  • 関わる中で見えてきた支えを強める援助を展開していきたいと思います。ここで一番難しいことは、3番の
  • 「どのような私たちであれば、相手の支えを強めることができるのか?」です。上手に病気について説明を
  • 行う事も支えになることがあるかもしれません。しかし、説明だけでは、必ずしも支えが強まるとは限りま
  • せん。関わることが、苦しむ人にとって援助となるか否かは、ここにかかっています。ここで問われること
  • は、相手の支えを強めるために、私たちができることを意識することです。他人である私たちが、苦しむ人
  • の前でできることは限られています。それでも、何気ない関わりが、とても大きな力になることがあります。
  • 「苦しむ人は、自分の苦しみをわかってくれる人がいると嬉しい」ということを意識した援助的コミュニケ
  • ーション(傾聴)をベースとして、常に相手の支えを育み、強めることを意識していくことを、援助の基礎
  • としたいと思います。
  •      この援助モデルの魅力は、どのような相手にでも、向き合うことができます。
  • 例えるならば、水が相手にあわせて形を変えるようなものです。宮本武蔵の五輪の書で出てくる有名な話
  • ですが、水はどんな容器であっても形を変えることができます(氷は別ですが…)。宮本武蔵は、同じよ
  • うにどんな相手でも闘うことができることを闘う極意の一つとして紹介しました。対人援助にあたっても、
  • 同じことを言いたいのです。死を受容した人しか相手にできない緩和ケアではなく、最期まで闘いたいと
  • 思う人であっても、例え、私たちにできることの限界はあっても、相手の支えを強めること、育むことを
  • 意識したとき、関わる可能性がみえてきます。また、この援助モデルは、終末期の患者さん・家族だけに
  • 通じる援助ではありません。子育てでも同様です。子どもの苦しみをキャッチすること。子どもの支えを
  • キャッチすること。そして、どのような親であれば、どのような環境であれば、子どもの支えを育むこと
  • ができるのかを知ること。そして、支えようとする親の支えを知ること。緩和ケアは、単に痛み止めの医
  • 療ではなく、単に看取りの医療でもなく、苦しみを抱えながら生きることを援助する、きわめて魅力的な
  • 医療であることを伝えていきたいと思います。
  •  

Not Doing But Beingとは?    2009/08

  •     “Not Doing But Being”という言葉を聞いたことがあるでしょうか。緩和ケアにおける援助のあり方
  • についてしばしば耳にする言葉です。先日の緩和医療学会でも、このテーマでセッションがあったようです。
  • 私は残念ながら参加できませんでしたが、今回はこのテーマで一言述べたいと思います。
  •     援助者として苦しむ人の力になりたいと願うとき、何かをしてないとそばにいることができない人がい
  • ます。検査と治療を続けることでした関わることができないとき、たとえ治療抵抗性になったとしても検査を
  • 行い、治療を続けることで関わろうとする医師がいます。このように、治療抵抗性となり終末期になっても積
  • 極的な化学療法を行うことや、昇圧剤や心肺蘇生などの延命治療などを行うことをDoingと呼び、本人や家族
  • が希望していないのであれば、これらの治療を行わないことを緩和ケアでは大切にしています。
  •     その一方で、Beingの意味をどのように皆さんは解釈されているでしょうか?「そばにいること」
  • と言う解釈と耳にします。何もしないでもそばにいられること…、何となくきれいな言葉に聞こえます。本当に
  • Beingとは、ただそばにいるだけで、何もしないことでしょうか?
  • ここで問われることは、検査や治療でしか関わるのではないこと、たとえ治療がなくなったとしても、苦しむ人
  • と向き合い、援助を行うことができることを、きちんと言語化しておく必要があると思うことです。つまり、
  • Beingは聞こえが良いですが、具体的な内容についてきちんと明快に伝えないと、ただそばにいればよいと
  • いう訳ではないことは現場では明らかです。何もできないままで、人は苦しむ人のそばにいつづけること
  • など、きわめて困難なことだからです。では、そばにいて何を行うのでしょうか。そばで行う事は「援助」
  • です。ここで言う「援助」を、もう少し具体的な表現をすれば、「相手の支えを太くすること」です。相
  • 手の苦しみをキャッチし、相手の支えをキャッチすること。そしてどんな私たちであれば、相手の支えを
  • 太く育むことができるのか?これが大切なポイントになります。検査や治療を行う事だけが相手の支えを
  • 太くすることとは限りません。あるいは、病気の説明を行うだけが相手の支えを太くするとは限りません。
  • 相手の伝えたいサインからメッセージをキャッチして言語化して相手に返すことを通して「理解者になる
  • こと」を意識して関わりたいと思います。これは、個人的にはBeingではなく立派なDoingではないかと思う
  • のです。
  •     治療を最期まで続けるDoingから、相手の支えを太く育むDoingへの変換であることを第一線の現場に
  • いるものとして提案したいと思います。つまり単にBeingという不明確な言葉ではなく、Not Curative Doing
  • But Supportive Doingと言いたいのです。あらためてNot Doing But Beingを語る人に問いたいと思います。
  • Beingとは何でしょうか?きれいな言葉だけで語る緩和ケアは、もう昔の時代にしたいと思うのです。各地域
  • で緩和ケアが実践普及するためには、援助そのものをきちんと言語化して語る時代が来ていることを知る必
  • 要があると思います。そばにいる…というだけではなく、そばで何をしに関わるのかを援助の本質として伝
  • える時代が来ることを期待しております。
  •  

緩和医療学会教育セミナーに参加して    2009/07

  •     日本緩和医療学会主催の教育セミナーを受講する機会がありました。気づいたことを報告します。
  • 午前のセッションで、オピオイドの服薬指導の仕方を薬剤師の先生から講義がありました。その際、フロアー
  • からオピオイドを使いたくないという患者さんにどのように対応するかとの質問がありました。当然、オピオ
  • イドに関する適切な情報を提供することで対応することは間違いではありませ。しかし、実際の現場では、そ
  • れでも“使いたくない”の一点張りで対応に苦慮することもしばしばあります。本当は、そのような事例に対
  • してどんなアプローチがあるのか、演者と司会に期待していましたが、残念ながら期待した展開にはなりませ
  • んでした。
  •     苦しむ人に、”説明”で対応しようとすることには限界があります。今の緩和医療学会が、どちら
  • かというと“説明”をすることで苦しみを和らげようとしているように見えてしまいます。“苦しんでいる人
  • は、自分の苦しみをわかってくれる人がいると嬉しい”という対人援助の基礎について、もっと配慮していく
  • 必要があるでしょう。
  •     自分の経験からの直感ですが、“痛み止めを使いたくない”という人の多くは、“生きていたい”
  • という強い思いを持った方が多いように感じております。その人に、ただ痛み止めの必要性と安全性について
  • 説明するだけであれば、真の援助は行えないと感じています。まずは痛み止めを使いたくない思いと同時
  • に、生きていたいという思いを徹底的に聴いてみたいと思います。その上で、薬に対するこだわりが見え
  • てきたとき、援助の可能性が見えてくると思います。緩和医療学会が、単に痛み止めの学会になってほし
  • くはありません。たとえ治すことが難しい人であったとしても、誠実に向きあうことを通して、生きるこ
  • とをどのように応援できるのか、学ぶ学会であってほしいと願いました。その他にも、いくつか突っ込み
  • たいところがありましたが、別な機会に報告をしたいと思います。
  •  

安心して最期を迎える地域を目指して    2009/06

  •     開業して2年8ヶ月が経ちました。御陰様で、在宅での看取り数が300人を越えました。これもひとえに、
  • 地域で志をもってケアにあたる訪問看護ステーション、訪問介護事業所、ケアマネジャーなどの皆さんの
  • おかげと感謝申し上げます。
  •     毎月第3火曜日に行っていた地域緩和ケア研究会では、今までは主に会話記録を振り返りながら、励ま
  • しがまったく通じない終末期のケアについて学んできました。会話記録を深く掘り下げて見直していくことは
  • とても大切ですが、相当の経験者でないと、難解に感じてしまうのではと案じておりました。最終的には、会
  • 話記録の学びに戻ることを意識した上で、5月の研究会では、この2年7ヶ月にお世話になった訪問看護
  • ステーション、地域ケアプラザ、訪問介護事業所、さらには瀬谷区高齢者福祉担当にも声をかけ、
  • 「どんな病気でも、どこに住んでいても安心して最期まで過ごせる地域にできるのか」について意見交換する
  • 場としました。60名を越える参加者にクリニックは満席状態でしたが、わくわくの中野さんの名司会のもとに、
  • 幅広い意見が寄せられました。一番声が多かったのが、終末期のケアに関するスタッフ教育でした。ホスピ
  • ス病棟では、看取ることが日常かもしれません。在宅緩和ケアを専門とするめぐみ在宅クリニックでも、
  • 毎月 10人以上の看取り(今年の平均は14人/月)を経験します。しかし、一般の事業所では、終末期の利
  • 用者さんと関わることは少ないことでしょう。めぐみ在宅クリニックで経験してきたノウハウを地域でケ
  • アにあたる様々な事業所へ還元することを意識した地域緩和ケア研究会の運営を考えることとしました。
  • システムとしての地域連携は大切です。しかし、どれほど連携ツールを開発しても、実際にケアにあたる
  • 援助者が育たなければ、形骸化したものになるでしょう。どんな介入が良い効果が得られるかは課題で
  • すが、大きな夢を持って取り組んでいきたいと思います。
  •  

「何もしてあげられなかった」と言われるご家族を前にして    2009/05

  •     先日高野山大学スピリチュアルケア学科で学生に講義する機会がありました。招聘して頂いた
  • 井上先生には感謝です。授業後に学生さん(元訪問看護師)から次のような質問がありました。
  • 訪問看護ステーションで働いていたとき、配偶者を失ったご主人が、「何もしてあげられなかった」と
  • 繰り返し言うのです。そのとき、「何を言うのですが。あなたは、これ以上できることなどないほど精
  • 一杯看病されたではないですか」と答えるしかできませんでした。どうしたら良かったのでしょうか?
  • という質問でした。懸命に介護され、自宅で最期を看取られた家族が、「何もしてあげられなかった」
  • と繰り返すとき、皆さんは、どのように対応されますか?質問された看護師さんのように、「そんなこ
  • とないですよ」と応答するでしょうか?
  •     援助の原点は、「苦しむ人の支えをその人の言葉と態度からキャッチして太くすること」としたとき、
  • 援助者である私たちの一方的な思いは通じないと銘記します。その上で、わかってもらえるための援
  • 助的コミュニケーションを展開します。
  •     この場面は、まず反復してみたいと思います。「何もできなかった…、と思うのですね」という具
  • 合に。すると、「ええ、本当はもっとこんなことがしてあげたかった。あんなこともしてあげたかった…」
  • という話が出てくるかもしれません。そこで、さらに反復して「本当はもっとこんなことや、あんなこと、
  • してあげたかったのですね。」と続けたいと思います。そこからは、出たところ勝負で、できなかった思
  • いをさらに深めていくことでしょう。そして、大切な人を見送った今からでもできることが見つかったら、
  • 話は展開していくことでしょう。旅行に連れて行きたかったとすれば、遺影をもって旅行に行く可能性
  • もあるでしょう。思い出をただ振り返るだけではなく、やりたかった思いを聴くことを通して、さらに援助の
  • 可能性を探りたいと思います。
  •  

  めぐみ在宅クリニックは3次救急であるか 2009/04

  •   救命救急を舞台にした映画「ジェネラル・ルージュの凱旋」(海堂尊原作、
  • 中村義洋監督)をごらんになった方はいるでしょうか? 昨年以来、医療の現場を題材と
  • した作品が多い中で、印象に残った映画の一つでした。私も15年ほど前に救命救急センターで
  • 2年ほど在籍したことがありました。(当時は循環器内科医として診療に従事しておりました。)
  • 映画の中で登場する救命救急センターは、ジェネラル・ルージュ(血まみれ将軍)”の
  • 異名を取る救命救急センター長・速水医師の指示で、どれほど満床になっても断らずに
  • 患者さんを診療していこうという姿勢が描かれています。ICUが満床にならないように、
  • 救命救急センター看護師長の花房美和に指示を出して、少しでも落ち着いた患者さん達を
  • 一般病棟へ転棟させていきます。映画の中では「殺人と収賄」の疑惑がかけられていきます。
  • ストーリー展開はあえて紹介しませんが、少しでも困難な患者さんを診療していこうという
  • 姿勢は、元救命救急医として、心躍るものがありました。
  •   救命に一次・二次・三次があるように、在宅緩和ケアにも一次・二次・三次の在宅緩和ケア
  • があるように思います。一般的に一次医療とは、比較的軽症の患者さんに対応する医療機関に
  • 対して三次医療は、一次・二次医療機関では対応が困難な重篤な患者さんにも対応できる医療です。
  • これを在宅緩和ケアの視点で一次在宅緩和ケアから三次在宅緩和ケアまで分類すると、一次
  • 在宅緩和ケアは、比較的症状緩和が容易であり、本人・家族が在宅での看取りを受け入れて
  • いるケースです。認知症のエンドステージ状態で、痛みの訴えがほとんどなく、老衰のよう
  • に自然に逝くことを静かに見守ることができるケースでは、それほど緩和ケアの経験が少な
  • くても、自宅で関わることは難しくありません。
  • 二次在宅緩和ケアとは、癌などの疾患のため疼痛緩和を必要とする場合です。NSAIDs、
  • オピオイドを含めた症状緩和の知識が求められます。また、必要に応じて在宅酸素療法
  • や中心静脈栄養を行うこともあるでしょう。これに対して三次在宅緩和ケアとは、より
  • 困難な事例を扱います。特に病状の進行が早く、日の単位でお迎えが来る状況にもかか
  • わらず、介護保険も未申請、主治医もいなく、痛みなどで苦しんでいるのであれば、め
  • ぐみ在宅クリニックとして積極的に関わっていきたいと願っています。困難であれば、
  • 困難であるほど関わりたい思いは、救命救急時代に諸先輩医師から教えて頂いた魂であ
  • ると感謝しています。

  苦しむ人と向き合う人材が育つために 2009/03

  •   緩和ケアを学ぶものとして、人材不足はきわめて深刻であると感じています。これからは、
  • 病院で最期を迎えることから、地域(在宅や介護系施設)での看取りが期待される一方、
  • 期待されていた在宅療養支援診療所が機能していない現状があります。国は、がん診療
  • にあたる医師に緩和ケアの講習を…と企画しております。先日、緩和医療学会が企画
  • した2日間の研修を受けてきました。しかし、とてもこれでは…という内容でした。求めら
  • れることは、痛み止めの知識だけではなく、苦しむ人と逃げないで向き合う姿勢そのもの
  • と感じています。
  •   医療の世界では、治す医療がやはり花形です。緩和ケアの扱いは、まさに映画「おく
  • りびと」そのものです。あまり映画の評論では取り上げられませんでしたが、私が感じた一番の
  • ポイントは、前半に出てくる納棺師の仕事に対するアンチテーゼでした。友人からは「もっとまっ
  • とうな仕事に就け」、奥さんには「汚らわしい、触らないで」と言われ、若くして子供を失った親は、
  • 事故を起こした友人に、「おまえ達も、この人(納棺師)のように、一生罪を償って生きて行かなく
  • ていけない」とまで言われます。その納棺の仕事に対する思いが一変するのが、ご遺族の感謝の言葉
  • でした。納棺の仕事に遅れ、最初は怒り心頭のご主人が、納棺を終えた後「あんなにきれいな家内を
  • 見たことは今までなかった。有り難う」という言葉です。たとえ、どんなに周囲から忌み嫌われる
  • 仕事であったとしても、関わりを通して、お金とは異なる確かな暖かい何かを得るとき、その仕事
  • を続けられる確かな根拠を得るのだと思います。すでに医師として働いている人への働きかけを決
  • して否定はしません。ただ、既得権利を守ろうとする気持ちを持ったとき、治すことが困難な苦しみ
  • を抱えた人と向き合うことはなかなか進まないでしょう。2000年から、いのちの授業を行ってきまし
  • た。嬉しいことは、授業を聴いてくれた中から10人以上が医学部に進学していることです。そのうち
  • の何人かは緩和ケアを目指してくれています。ただ自分が良ければよいという医療者ではなく、苦し
  • む人と向き合い援助し続ける気持ちを持った医療者が増えていくことを期待しています。

マジックアワー  2009/02

  •   映画マジックアワー(三谷幸喜監督2008年6月公開)をごらんになった方はいるでしょうか?
  • 軽快なテンポで展開されるコメディーは痛快そのものです。
  •   さて、映画のタイトルとなったマジックアワーですが、日没後の「太陽は沈み切っていながら、
  • まだ辺りが残光に照らされているほんのわずかな、しかし最も美しい時間帯」を指す写真・映画用語
  • なんだそうです。太陽が高いとき、空は透き通るような青色ですが、やがて日は傾き、暮れていきます。
  • すると、徐々に空は暗くなり赤みを増していきます。そして、日が沈んだ後に、幻想的なマジックアワーが
  • 訪れます。
  •   同じ事が、人間の人生でも起こるような気がします。元気な時には気づかない大切なことを、
  • 人生の終末期において、様々なことを失っていく中で気づいていくような気がするのです。元気で仕事を
  • したり、世の中を走り回ったりしているときには気づかない大切なことを、まさに沈みゆく人生の中で
  • 気づくとき、たとえ明るさは消えゆくとも、最も美しい時が与えられるように思えるのです。
  •   ある患者さんは、不治の病とわかり、床に伏してから次のような話をきかせてくれました。
  • 「この身体になってはじめて人の優しさがわかるようになりました。今まで元気な時には、ただ頑張れば
  • どんな問題も解決できると信じて、苦しんでいる人に、ただ励ますことしかしませんでした。しかし、
  • これ以上頑張れないこともあることが、ようやくわかりました。そして、こんなに何もできない自分でも、
  • 暖かく声をかけてくれる家族がいて、地域の看護師さんやヘルパーさんがいる。こんな身体ですが、
  • 私は、人生で一番の幸せを感じています。本当に幸せものだと思います(涙)。」
  •   看取りを専門に行う仕事を通して、様々な人のマジックアワーに出会うことができること、これが
  • 緩和ケアの一つの魅力であると感じています。

年頭にあたって  2009/01

  •   あけましておめでとうございます。昨年は、159名の患者さんの看取りに関わることができました。
  • このうち24名(15%)は病院で、そして135名(85%)は在宅で最期を迎えることとなりました。この
  • 実績は、間違いなく日本を代表する在宅緩和ケアのクリニックの一つであると思います。これもひと
  • えに、関わっていただいた訪問看護ステーション、訪問介護事業所などのおかげと感謝申し上げます。
  •   緩和ケアの経験を積んで思うことは、まだ緩和ケアを提供している医療機関に、困難事例と向き合える
  • 真の援助者が少ないことです。死を受容し、積極的な治療を希望しない患者さん・家族であれば、緩和ケ
  • アの初心者でも十分に関わることができます。しかし、まだ生きていたい、まだ治療が残っているのでは
  • ないか、何とか奇跡が起きないのか…、たとえ病状が進み、標準的な治療が抵抗性を示しても、可能な
  • 限りの治療を希望する患者さんがいます。しかし、緩和ケアを提供する施設の中には、民間療法を継続
  • する場合には、入院を拒否する施設もあります。丸山ワクチンですら、継続するならば一般病棟にも入
  • 院できないと拒否されたケースを最近経験しました。
  •   緩和ケアは、苦しむ人に対して、苦しみの原因である病気をたとえ治すことができなくても、
  • なお援助の可能性を探っていく医療です。緩和ケアは、単に痛み止めの医療でもなく、単に看取りの医療
  • でもありません。病気という苦しみが残り続けながら、なお人が穏やかであると思うための「支え」を
  • 育むことを探っていく医療です。生きていたいと願う気持ちを支えることも、大切な緩和ケアの一つです。
  • もちろん、ギアチェンジできていない困難事例を受け持つことは、関わる医療者もそれなりの苦労が伴い
  • ます。しかし、苦しむ人と向き合えることが、本当の緩和ケアの目指す方向ではないかと考えます。
  • 真の援助者が増えていくことを目標に今年も歩んでいきたいと思います。

真の援助者を育てるために    2008/12

  •   聖書の有名なメッセージに「耐えられない苦しみはない」という話があります。耐えられない
  • 苦しみとはどんな苦しみでしょうか?もし、受験生であれば、“解けない難問はない”とおき
  • かえ、回答することのできるやさしい問題を想像するかもしれません。しかし、私たちの
  • 人生は、平坦ではなく、様々な苦しみの中で生きて行かなくてはいけません。
  •   在宅であれ、施設であれ、病院であれ、苦しむ患者さん・家族の力になりたいと願いながら、
  • 力になれずに苦しむとき、バーンアウトしてしまう医療者、介護者もいるでしょう。“耐え
  • られない苦しみはない”の真意は、簡単で乗りこえやすい苦しみだけであるという意味で
  • はありません。どんな苦しみに出会ったとしても耐えることができるという意味です。“耐
  • える力がある”ということは、“支えがある”と言うことです。
  •   めぐみ在宅クリニックは、緩和ケアを専門に医療を提供しています。緩和ケアは、単に痛み止めだけの
  • 医療ではありません。単に看取りの医療でもありません。たとえ、困難な苦しみをかかえたとしても、
  • 耐えるための支えを、一人ひとり異なる支えを、育む医療を目指しています。この医療をクリニック内
  • だけではなく、関わる多くの他事業所、多職種で展開できるとき、地域緩和ケアチームが形成されて
  • いくと考えます。来年も、地域で苦しむ人のたに、お互いが支え合いながら歩んでいきたいと思います。

真の援助者を育てるために    2008/11

  •   11月15日川崎にて「がん難民にならないために」というシンポジウムに在宅緩和ケアの立場のシンポ
  • ジストとして参加してきました。ご存知の方も多いと思いますが、24時間で在宅での看取りを行う在宅療
  • 養支援診療所は全体の10%以下が現状で2極化しています。特にがんの患者さん・家族に対して在宅
  • 緩和ケアを提供できる医療機関は限られている現状を報告しました。
  •   そして、今後の課題として、地域で苦しむ患者さん・家族と向き合うことのできる真の援助者を中長期
  • 的な視野に立って育成していく必要を紹介しました。がん難民になるのは、何も患者さん家族が病状を
  • 認めずいるだけではありません。生きていたい思いで苦しんでいる人と真に向き合える医療者が少ない
  • ことも一因であると考えます。
  •   社会をよくするには医療制度を変えるトップダウンと人材を育てるボトムアップが必要と言われています。
  • 医療制度を変えるのは比較的短い時間でできるかもしれません。しかし、人を育てるには100年かかると
  • 言われています。めぐみ在宅クリニックとして、長い視点を持ちながら人を育てる事業に取り組んでいきたい
  • と思います。

緩和ケアの最近の動向    2008/10

  •   2006年10月に開業して2年が経過しました。先日集計を取ったところ、06年10月から08年9月までの
  • 24ヶ月間の総看取り数は、297名(自宅226例、介護施設11例、入院60例)でありました。開業して
  • まだ日が浅いにも関わらず、多くの患者さん・ご家族と出逢えたことは、めぐみ在宅クリニックを
  • 信頼して紹介してくださる病院や訪問看護ステーション、ケアマネジャーや各事業所があることを
  • 覚えて感謝申し上げます。
  • 特筆すべきは、めぐみ在宅クリニックには訪問看護ステーションを併設していないことです。これだけ
  • 多くの患者さんのケアをそれぞれの地域の訪問看護ステーションと連携して行っていることは、事例を
  • 共有しながら、ともに学ぶことができることとして素晴らしいことだと考えております。
  •   また、在宅緩和ケアを学ぶために泉田先生、國廣先生、吉野先生が非常勤医師としてめぐみ在宅
  • クリニックで活躍されております。この秋より「がんプロフェッショナル」養成のために医師の研修を受
  • ける予定です。
  •   これからも地域で在宅緩和ケアを必要とされる患者さん・家族のために地道に活動を続けていきたい
  • と願っております。

緩和ケアの最近の動向    2008/09

  •     厚労省、緩和医療学会が中心となって緩和ケアを広めるための教育が各都道府県単位で展開され
  • ようとしています。先日、その基礎となる資料を拝見しました。残念ながら内容的には表面的な薬の知
  • 識にとどまるもので、講習を受けた医療者が、理不尽な苦しみを抱えた患者さん・家族のケアに、逃げ
  • ないで向き合い、援助が行える内容とはほど遠いものでした。
  •     どうして、このようなカリキュラムが教育効果の妥当性・信頼性の検証もなく普及していくことになった
  • 残念でなりませんでした。緩和ケアの最前線で働いている専門職からみると、人材育成の基礎は、対人
  • 援助の本質をつかむことにあると考えています。
  •     励ましが通じない修羅場において、苦しみの原因となる病気をたとえ治すことができなくても、一人の人
  • 間として存在と生きる意味を支える援助がどのように成立していくのかを、つかむ必要があると考えます。
  •     しばらくは、緩和ケア教育は混沌とした時代が続くかもしれません。その中にあって、苦しむ人と向き合
  • い、援助を提供できることを学び、そしてめぐみ在宅クリニックとして伝えていきたいと思います。
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