仕 掛 品
●国鉄オヤ62型 10番代 <事業用車・イエロートレイン製品>

1984(昭和59)年に0番代を置き換える目的で登場した工事車。11号はオハフ41-203から、12号はスハフ42-314から改造されており、どちらも幡生工場で改造された。車内には便洗面所のほかシャワー室や休憩室、寝室、キッチンも設けられている。ディーゼル発電機を搭載しているので機関車の種類を選ばない。0番代同様草津レールセンター向日町支区に配置され、ロングレール輸送に使用されたが1987(昭和62)年に引退した。
*進行状況*
車体の組み立てはほぼ終わり、塗装を待っている状態。去年かおととしのJNMAで購入したものだが、いい加減完成させます。マジで。
●国鉄ワサ1型(ワールド工芸製品)

1962(昭和37)年に汽車会社で2両のみ製造された珍しいパレット輸送用3軸貨車。当時の最大荷重はワム80000の15t積みだったが、これを17t積みに拡大する目的で設計された(ちなみにパレット輸送非対応の車両はワラ1)。荷重はパレット使用時は17t、不使用時はパレットの分の空間にも荷物を積むので23tとなっている(だから形式も「ワラ」ではなく「ワサ」)。
軸距は3050mm×2と連接式を除く3軸貨車の中では最大で、3軸車としては珍しい2段リンク式ばね吊り装置を装備、時速75km/hで走行することができた。
試験後は身延線で新聞輸送に使われが、1号は1976(昭和51)年に狩勝実験線の走行試験車ヤ81に改造され、2号は沼津機関区での休車を経て1987(昭和62)年に廃車された。
*進行状況*
こちらもオヤ62と同様JNMAで購入したもので塗装待ちであるのも同じ。
●国鉄DD53型ロータリーヘッド(ワールド工芸製品)

DD53型ディーゼル機関車のロータリーヘッド。登場当初は前方視界を優先し操作室が前方に張り出した形(碓氷峠鉄道文化むらに保存されている1号機のヘッドがこの形)をしていた。しかし投雪地点が分かりにくいため、強力な投雪で架線を切断したり沿線民家の窓ガラスを割ってしまう事故が相次ぎ、2号機と3号機は土崎工場で写真のような形に改造された。現在でも冬場の除雪作業に活躍している。
*進行状況*
こいつもおおよそ組み終わって塗装待ちの状態。
●京浜急行電鉄800型(フルスクラッチ)

京急創立80周年の1978(昭和53)年に登場した、京急初のローレル賞受賞車。自社線内限定の運用を前提としているため、前面は非貫通で片側4ドアとなっている。またナンバーは当時の京急車両としては珍しいハイフン式で付番されている。
地下鉄直通規格の制約が無いため京急初の右手操作式ワンハンドルマスコンを採用、運転台周りがすっきりとまとまっている。制御装置は回生制動付界磁チョッパ制御で3両分12個のモーターを1台で制御している。室内は801編成が熱線反射吸収ガラスを用いてカーテンを省略したが、車内が暗くなるなどの理由で以降は通常のガラスとカーテンが用いられている。また固定式だった客室窓が813編成以降は1段下降式となり、丸型だった前照灯も808編成で試用されていた角型に変更され、初期車も順次改造された。なお812編成以前は3連で増備されていたが、現在では3連を2本繋ぎ、中間の先頭車を運転台撤去・貫通化の上6連化されている。
*進行状況*
初めてのフルスクラッチなのに、無謀にも編成モノを手掛けてしまった。KATOの完成品を入手できなかった悔しさでここまでやったが、先頭車のオデコの処理に手を焼き現在足踏み状態。プラバンで作ればよかったと激しく後悔している。
●京浜急行電鉄1500型(グリーンマックス製品)

1985(昭和60)年に登場した旧1000型の後継車。初期の20両は鋼製の車体で戸袋窓があったが、以降はアルミ車体となり、戸袋窓は無くなった。正面の貫通扉は非常口となっており、目立たないようにプラグドアとなっている。当初は界磁チョッパ制御だったが、8連の1700番代はVVVFインバータ制御となりサハが連結されている。近年初期車が更新工事を受け、アルミ車と同様の外観となった。4連〜8連を組み、普通から快特まで幅広い運用をこなし、地下鉄にも直通する。
*進行状況*
更新改造を受けた初期車に改造するために現在入場中。妻面窓を埋めた後は作業が進んでない。少しずつやらないと…。
●京浜急行電鉄旧1000型試作車<私鉄・グリーンマックス製品>

1958(昭和33)年に登場した1000形の試作車で、2編成2本が製造された。登場時は800型と称し、量産車より車体幅が80mm狭い。1965(昭和40)年に1000型に改番し翌年モーターを交換、1967(昭和42)年には前照灯のシールドビーム化、方向幕の設置工事が行われた。1973(昭和48)年には誘導無線、貫通路の設置、小型モニターへの交換、パンタグラフ移設などの改造を受けた。
晩年は増結車として用いられ、冷房化されること無く1988(昭和63)年に廃車となった。
*進行状況*
こちらも塗装は終わっており、窓ガラスの取り付けなど細かな偽装工事が終われば出場となる。プロトタイプは最初に落成した1095+1096の編成で、TS-310台車を履く。
●京浜急行電鉄デハ230型(ワールド工芸製品)
画像準備中
1930(昭和5)年に誕生した湘南電鉄デ1型が戦後改番された形式。戦中の大東急合併時に、ほぼ同一仕様のデ26型、京浜電鉄デ71型、デ83型と共にデハ5230型となり、京急分離独立時にデハ230型となった。大きな窓と浅い屋根で軽快な印象を与え、登場当初はクロスシート車もあったが1939(昭和14)年にはロングシート化されている。1963(昭和38)年から行われた改造でアルミサッシ化と全室式片運となった。2両単位で編成を組んで晩年は空港線(昭和51年まで)や大師線(昭和53年まで)で活躍、1978(昭和53)年春のさよなら運転を最後に引退した。
現在では油壺マリンパークに249号と250号が、新宿の鉄道模型会社に268号が保管されているほか、京急ファインテック(旧京急久里浜工場)構内に248号がデ1型に復元されて保存されている。
*進行状況*
ライト類を点灯させるべくキットを加工中です。点灯可能な四角いテールライトの製作には骨が折れました…。