はばのヒミツ


このページは、あくまでも、勝手気まま、そして思いつきによるものです。

11月3日
☆クイーン +ポールロジャース 編
11月1日の日にう〜ん!何年振りになるんでしょうか?クイーンのライヴに行ってまいりました。皆さんもご承知の通り、フレディーはすでに天国の住人で、今回は何年ぶりかの再結成と言うことです。BBと言うビリヤード場のオーナーでもあり元全日本アマチュアナインボール選手権のチャンピオンでもある。(1992年)・・・・・(なんとこの年そしてこの大会があちきの初A級全国出場だったので最後まで見てました。何とこれまた偶然か決勝の相手があちきの尊敬する師匠の一人でもある神戸の原さんだったから尚のことです。)武村さんにお誘いいただき、喜び勇んで?出かける事に、でも武村さんは豊川からやって来るわけで、なんとその日その時間東名高速で事故があり渋滞しているとのこと、ちょっと焦ってらっしゃいました。午後3時ごろ家を出たとのことで、多分帰り家に着いたのはきっと午前1時を回っていたことでしょう。お疲れ様でした。お誘い頂きありがとうございました。1度で2度オイシイ、ライヴで、とっても楽しかったです。
話を戻しますネ。今回の再結成と言うことで、亡きフレディーに代わりバッド・カンパニー、フリー、ファームに参加していた、ポール・ロジャースが新ボーカルで参加と言うことでした。真クイーンファンの中には、えっ!ポール・ロジャースって誰なんてお思いの貴兄もおありでしょうが、古き良き、ポール・ロジャースを聞いてきた私たちでも多少戸惑っているんですヨ。ちなみにあちきは勿論両方知ってたから興味深々!どんなことになっとんねん・・・( ヽ(`д´;)/  うおおおお!?ってな具合に・・・・聞いてみてやっぱりポールは歌上手かったっす!でも今回のライヴでは、ブライアンもロジャーもヴォーカルやったりして、何やねん歌、歌えるやんけ、しかも、かなり上手い!(Σ(・ε・;) )おいおい・・って感じ。今回のライヴはブライアンとロジャーもポールもお互いに気を使ってんのかな?なんてところが随所にみられ、オクユカシイ部分も見れてなんか微妙な部分もあったりして、クイーンのライヴなのにフリーの曲や、バッド・カンパニーの曲やったり、しかもブライアンがギターソロやったりしちゃって、ポールもなんかぴちぴち皮パンにタンクトップ着ちゃったりして、ちょっと歌い方なんかもフレディー意識してたり、でもここはやっぱりプロって言うのか、自己主張って言うのか多少自分流にアレンジしてたりして、あちきはこんなクイーンもありかな?って思いました。でもポールがタンクトップでアコースティックギター持って歌ったらどこから見ても英製ブルース・スプリングスティーンだったような・・・
今回のライヴパンフにも書いてあったけどけっしてお金儲けの為じゃなく彼らは又ライヴやりたくなったんだよって書いてあった、あちきもそう思います。だって彼らはもう十分にお金持ちなんだもんネ。でも好きなことやって沢山のお金儲けができたら嬉しいよね。お金はいくらあっても困んないですもんね、ネッ!先輩!


          〜今回はやっぱり クイーンのユア・マイ・ベスト・フレンドを聞きながら〜

7月13日
☆アレックスのダーツ   〜入門〜 編 
ヴィールスにソフトダーツ(メダリストアヴァンティー)が入って2年になろうとしています。最初は空きスペースですこしでも売り上げの足しにでもなればなんて思っていたのですが・・・キャッツと言うダーツチームの子たちがヴィールスに来始めてからは感化されそれはそれは、玉突きで言うB級のころのようにナゲマクリの毎日に・・・そのかいあってかカウントアップも800点を超え少しだけ?面白さも解ってきたのかも?いまでは、ハードダーツにも手を染めおいおいもっと玉突き練習せえよなんて言う周りの声にも耳も貸さずにダーツに勤しむ日々を送っております。

       〜大塚 愛の さくらんぼ を聞きながら・・・なんでやねん!う〜ん!!・・・・〜

6月4日
☆アレックスのビリヤード  〜HRC〜 編 
あちきが元町のニュースカイに移って間もない頃でしょうか?前出の山本さん、尾崎さん、松井さんの勧めもあってなんとこの下手ッピーのあちきが名門HRC(兵庫ローテーションクラブ)に入会することに・・・(;´Д`)(;´Д`)当時は皆さん上手いのは勿論のことなんか皆さん怖そうでかなりビビってました。こんなあちきが入っていいものなのやら・・・・付いていけるのやら・・・練習量の割には上昇志向だったあちきは、それこそえい!やー!ってなカンジで怖いもの知らずにも飛び込んでしまったのでした。戦績はというのもおこがましいぐらいなもので付いて行くのがやっと??ほんとに付いていけてたのかも怪しいもので・・今となっては記憶の彼方に追いやってしまって、良い?思い出としてあちきの中で君臨しているのであります。まあいまだに当時のベスト(グリーンのカッコいい?やつ)を後生大事に持っているのと言うことからも解っていただけるかな?あちきにとっては思い入れの強い会であったことは言うまでもありません。

       〜ロード オブ メジャー の 親愛なるあなたへ を聞きながら・・・なんでなんで!う〜ん!!・・・・〜

3月9日

☆アレックスのひとり言  〜よし〜 編 

本日3月9日をもってよしがメインスタッフとしての最終日となります。あとは13日のマスターズの日の遅番と16日の遅番をアルバイトとして入って店番としては終わりとなります。今後はNBAの事務の手伝いをしてもらう事になっていますが、なんか寂しい気持ちでいっぱいです。今考えるとよしは最初ヴィールスに来はじめた時はまだまだビギナークラスだったのに・・・バイト時代から考えると約5年、メインのメンバーとなって約4年の付き合いとなります。これで付き合いが終わりじゃないしこれからも多分?師匠?と弟子?の関係?が続くものとは思いますが、なんか、きりの日がやって来ました。メインのメンバーになってからは、あちきの部屋に居候と言う事もあって家族みたいな感じで接してきたつもりなのでなおさら寂しさをかんじます。でもよしが自分で決めた道なので喜んで送り出してあげようと思っています。
よしがヴィールスに通い始めた当時は与座くんと言うライバルって言うか同じ会社で同じぐらいの腕の友達とよく一緒にきてました。二人ともビリヤードがうまくなりたいらしくしれはそれは???一生懸命??だったように記憶していおます。そのうちよしが週に何回かバイトに入りたいって言ってきたのでした。当時、ちょうどバイトを探していたので一抹の不安はあったものの入ってもらうことになりました。それから約1年が過ぎメインのメンバーを入れてもいいな〜なんて思い始めたときには、よしが適任?になっていたのでした。当時よしは当時の仕事に悩んでいるようだったので、あちきのほうから誘いました。本人もプロになりたいって言ってたしちょうど頃合がよかったのかも知れません。最初の頃はそれこそあちきに怒られてばかりだったけど(蹴られたりもしたかな?)そのうちだいぶ解ってきたのかうまく店も周りはじめました。よしはよしで辛酸も舐めてきたし。当時のヴィールスはB級全盛で高岡が全国のB級で優勝して来るし、松木君も東海のB級で優勝と一歩遅れた感があったのですが、ある日あちきにA級になってもいいですか?って言ってきたので他の子を見返してやれるようなA級になりなさい。って言ったような?言わないような?と記憶しています。それから彼も精進を続けたのでしょうとうとう名古屋祭のA級で優勝し(あちきはまだ少し早いかな?なんて思ったこともありますが。)マスターズのA級でも準優勝しSA級となったよしは見事に?第一段階の目標を達成しました。(優勝したくても優勝できない人は沢山いるし、優勝した事に自信をもって欲しいと思います。)優勝した瞬間はなんか自分のことのように震えが来たのを憶えています。そのあとによしと握手をしたのが今考えると師匠冥利ってこんな感じなのかな?って思います。ある意味自分が優勝した時のことよりもよく憶えているから・・・よしは今回はプロにはなれなかったけど、どうかA級で優勝したことで勘弁してくださいネ。そんなそんなよしが自分の将来のことを考え違う仕事をしなければならないようになってしまったことを。自分自身が少し悔しいです。せめて人並みの給料を出せない自分。なかなか社会的地位の上がらないビリヤード業界。今そんな事を考えても仕方のないことだけど・・・・もしかするとほかにも理由があるのかも知れないけれどそうなってしまったのも全て自分に起因するものなので自分で受け止めなければいけないものだって言う事は重々承知しているつもりです。せめてこれからの人?そして自分のために。
そんなこんなでいろいろ考えてるうちに今日が来てしまい、次のバイトクンも決まってない状況です。いつまでたっても変わらんナ俺って奴は!!!

    〜X−JAPAN の UNFINISHEDを聞きながら・・・ベストチョイスでしょ!う〜ん!!・・・・〜

9月28日
☆アレックスのビリヤード  〜誕生〜 編 その4

当時、神戸スカイ(長田のスカイレーン)の店長(マネージャー)は山本雅之さんと言う方で後に全日本14−1選手権でも優勝される方なんですが。ものすごく前出の中原正夫名人を尊敬されている方でした。あちきもよくご教授頂きました。玉の取り方よりもショット力?撞き方?に深い造詣のあるかたで、その考え方は今のあちきの玉に対する考え方にも色濃く影響を及ぼしていると思っています。ま〜よっしーなんかが聞くとなるほどなるほどなんて思うんじゃないかな?当時はまだあちきはB級で解んないことが沢山あったけど伝えたいって言う気持ちがこちらにもよく伝わってきてよく朝まで話していただきました。
そうこうしているうちに元町のニュースカイで人手が足りないと言う事で移籍?移動?バイトやったからどうなのかわかんないけど?ここで松井実名人と出会う事に・・・松井さんはなんかいつもお酒を飲んでるって言うか、いつもほろ酔いって言う印象のかたで、なんか素面のときよりもほろ酔いの時のほうが玉もよく入れるし、玉も生き生きとしているようなそんなかんじでした。グリップ(キューの持ち方?)に色々工夫されてて名人に返り咲きされた時は自分も応援に行っててなんとも言えぬ感動を覚えたのを昨日のように覚えています。またその時の名人が前出の山根さんだったこともとても印象深かったことと感じていました。結局2年防衛の後高橋プロに奪取されてしまいました。前回は檜山プロと時の日本のトップ(今ももっとパワーアップしてるけど・・・)なんかビリヤードにおける時代のハザマを生きてこられたって言う感じで、今考えると逞しかったナ〜って思います。

  〜JOURNEY の OPEN ARMSを聞きながら・・・カラオケの持ち歌です。う〜ん・・・・〜

6月22日
☆アレックスのビリヤード  〜誕生〜 編 その3

いろいろ考えたあげく、やっぱりビリヤードが上手になる為にはビリヤード場でバイトするのが早いかな??なんて考えた結果、やっぱり根性無しのあちきのことなのであんまり上手な人のいなさそうな・・・(今考えるとものすごく矛盾してたのね!)神戸のトーアロード沿いにあったというか新規オープンしたハスラー1と言うプールバーでバイトすることに。(今はもうないんやけど・・)ここでも色んな人に出会い色んな事を学びました。でもビリヤード以外のことが多いので今回は割愛します。又機会があれば是非是非書いてみたいですナ。そしてやっいぱりもっと上手な人のビリヤードが見たいって思うようになり自分がプライベートで通っていた板宿スカイホールの姉妹店?かな?長田のスカイレーンって言うボーリング場の中にあったビリヤード場でバイトをすることに。そこで山本さんという人に出会う事に・・・・・

  〜ALCATRAZZのHIROSIMA MON AMOURを聞きながら・・・う〜ん名曲です。〜

1月30日
☆アレックスの独り言  〜懐古〜 編 

先日、あちきが昔勤めていた会社の同期会がありなんとあちきもお呼ばれしました。(ありがたい話です。)当時はこれでもあちき出世レースの上位を走っていた??訳で・・・5年も経つとみんな出世しているわけで、そしてみんな結婚して子供なんかもいたりして、家を買ったとかそんな話があちらこちらで飛び交っているんです。なんか自分だけ時代って言うか?取り残された気分になってしまいました。それでいてみんなはいいよナ〜・・アレックスは!自分の好きなこと仕事にしててなんて・・ことをのたまうわけで、多分みんなはこれっぽっちも羨ましいなんて思ってないだろうナ〜なんてヒガミ根性が思わず出てしまいました。それもこれも今あんまり店が忙しくないからなんてことは十分理解しているつもりなんやけど、とても普通の人たちがある意味羨ましく思えた一日でした。でも僕にはもうビリヤードしか無いからのた打ち回ってでも、石に噛り付いてでもやるしかないのだ!だから・・・

  〜クイーンのMy Life Has Been Savedを聞きながら・・・なんか意味ありげやろ?〜

11月15日
☆アレックスのビリヤード  〜誕生〜 編 その2

神戸の大学へなんとか潜り込み。これで大手を振って玉突きができるぜ!なんて思いながら、でも有名な店はちょっと怖いし、なんて考えてたけど、当時須磨区の板宿って言う所にあったスカイホールって言うビリヤード場があったんやけど何も知らないあちきはふらっと入って(自分の住んでたアパートから一番近いと言う理由のみで)一人で練習しておりました。お昼すぎだったせいか、カウンターには寡黙そうなオジさん(スンマセン!!!)がひとりで座っておりました。撞いてるのはあちきのみ。視線を感じるっっ・・なんて思いながらも何も無かったかのように一人で練習をして初日は終了。まだ入学間もなかった為?学校へもちゃんと行ってたのサ。そして夜はアルバイト。(まだこのころは玉屋ではなく喫茶店や飲み屋さんでバイトしてました。)そして日課の様に午後に2〜3時間の練習をしておりました。自分の記憶では4日目にそのオジさん(スミマセン・スイマセン!!!(-"-;A ...アセアセ)ホントにスイマセン)が一緒に撞いてあげようか?って言ってきたのでした。本当に本当にほんと〜にぃぃぃぃ何も知らなかったあちきは、こんな真昼間から玉屋の店番をしてるようなオヤジが上手な分けないなんて言う訳の分からない先入観にトラワレて・・・( ┰_┰) ・・「いえいえ自分は一人で練習したいです。」なんて無謀にも、無知にも、怖いもの知らずにも程があるって言うぐらいにはっきりとお断り申し上げ。後々にその御お方があの伝説の中原正夫名人だったなんて、今考えても恐ろしくて恐ろしくてついつい悲鳴をアゲテしまいそうになってしまいます。この半年後ぐらいにまたまたやってしまうのですが(この時はほんと〜に他の人と話をしてて聞こえなかった('_'?)...ン?ですぅぅぅ)・・・後にも先にも2回もお断りしたのはお前ぐらいやなんて原さん(今後のあちきのビリヤード人生に深く深く関わって頂く大師匠)や尾崎さん(スカイホールのマネージャーでよく直々にご教授いただきました。)、山本さん(スカイレーンのマネージャーで本当に良くしていただきました。あちきは後々スカイレーンでボーイをする事になる。)と、とても沢山の方々に揶揄されたものです。こんな風に神戸のあちきのビリヤードはすぎていくのでありました。

   ・・・・・デイブ・リー・ロスが歌ってるシャイ・ボーイを聴きながら・・・・・
   ・・・・・・シャイって言う割にはなんて・・辞書を引いてみた。案の定沢山意味がありすぎて・・自分的解釈はノータリン小僧って感じかな?誰か教えてぇ〜・・・・・・・


11月7日

☆アレックスの趣味・・・読書編  〜その1〜

これを言うとほとんどの人は、「え〜Σ(='□'=)ウッソー!?」とか「信じられン・・」とか言ってどうしても信じてもらえないのですが、こう見えても学生時代から本を読むことが好きだったんです。いや!これホント。ここしばらくはあんまり読まなくなりましたが・・・ここではあちきが読んで記憶に残っているものを書いていこうと思っています。
今回は、三浦綾子の「道ありき」。これはあちきが高校時代、2年の頃に始めて読んだと記憶しています。ある意味恋愛小説ですね。少し宗教色が強いのが難点ですがそれを差し引いても良い本だと思います。自分のそれまで考えてた恋愛感?っていうものが変ったような気がします。何回も読み。その都度色々と考えさせられています。もうすでに4回ぐらい買い直してるかも?読めば読むほど恋愛?について考えさせられます。あ・・・だからあちきは、この年まで結婚できなかったのかも?今気が付いた・・・でも、ま、いいや!
これを見てくれた方で、気が向いたら読んでみて下さいネ。何か感じるかも?もちろん何も感じないかも。買うのはどうも?って言う方はあちきまで、お貸ししますヨ。できたら、感想なんか聞かせてもらえたら嬉しいです。

            ・・・・・XのUNFINISHEDを聴きながら・・・・・
・・・人を好きになるのは簡単。でも人を本当に好きになるのは難しい。・・てか?・・・

 

10月26日

☆アレックスのビリヤード  〜誕生〜  編

それは、あちきの高校の同級生、山崎晴男クン当時17才(実名でごめん。大坂さんではありません。ちなみに。)がビリヤードにハマッテイルと言うことで、たびたびあちきをビリヤードに誘い出し、最初あちきは嫌々?ながらもお付き合い?さすがにハマッテイルと言うだけあってそうそう勝てません・・・それであちきは頭に来ました。練習してやる。何かにつけて良き?ライバル?これ以降も続く・・・(予備校までも・・・)でも練習熱心じゃなかったけどネ。これがビリヤードを一人でいく結果となったのでした。そして一進一退?一喜一憂?を繰り返すのでした。予備校時代は難波にあった大劇というビリヤード場へも通い(勉強セ〜よ。と自分に言い聞かせつつ足はビリヤード場へ・・・)やっとのことで神戸のK学院大学に滑り込み?いや、潜り込み。今考えたらイレイチみたいなもんですが・・そしてココに運命の出会いが・・・・?

   ・・・・・マリノのIMPACTを聴きながら・・・・・あ〜懐かしい・・・それは高校時代・・・・・

8月28日

☆アレックスの趣味・・・音楽編  〜その1〜

ホームにもありますが、音楽的にはやっぱHM・HRかな?大好きですネ。それは、今を遡る事20ウン年前あちきが高校時代チョットしたことで停学をくらっていたときの事でした。せつの悪友がヒマだろうと一本のカセットテープ(当時はスタンダードでした。)を持ってきました。このテープがあちきとHM・HRの出会いとなるのであります。それは、ナにかと尋ねたら・・なんとラウドネスの魔界典章(字、合ってたカナ?間違ってたら誰か教えて・・・)当時インザミラーを初めて聞いてナンジャこりゃぁぁ〜と思ったもんです。こんなもん好きになるかよとまで思ったもんです。でも、でも、でも、デモォ〜聞きこんでいるうちに・・・(じゃあ何で聞きこむの?とは聞かないで下さい。)ツボはまったというか、そちら側へ傾倒していくのでありました。それはまるで真面目な女子高校生が、初めて知ったXXXのXXXXにオチテイクがの如く。・・・それ以来貪るように聞きあさり。(当時好きだった女の子が、ホワイト・スネークのファンだったと言う事も???それがメインかぁ?あり。その子の影響も多大に受けたのでした。)当時は大阪を中心にHM・HRのブームがあったり、ホワイト・スネークの前座にデビュー当時のボン・ジョビが来日したりと今考えたら変革期だったのかも知れません。(ボン・ジョビはアンヴィルの代替だったと記憶しています。・・・)当時あちきが好きだったのは邦楽では、らウドネス、マリの、44マグなムそして後にバうワウ(ヴァうワウ?)洋楽はさぁ大変です。マいケル・シェンかカー・グるープ、アいアン・メいデン、オじー・オずボーン他、他、他とまだまだいっパイあるけどネ。当時はまだレコードだったけどいっぱい買ったネ〜。最近までに頑張ってCDに買いなおしてるけど絶版のものもあるから・・・寂しい限りです。
           
       BON JOVI の CROSS ROAD を聞きながら?
 ・・・・BED OF ROSESって床上手って意味なのかなぁ〜なんて考えながら?・・・・・

8月23日

☆アレックスのビリヤード  〜誕生前夜〜  編

あれは高校2年の春、あっしのご学友に連れられて大阪の石橋と言う所にあった当時アイゼン石橋店(今は撞球館石橋店)に行ったのが初めてだったと記憶しています。16だったかナ?なんとなく当時悪ガキの遊びの中にビリヤードは確かに存在していたと思います。あちきもご多分に漏れず何の違和感もなく入っていけた?と記憶しておりやす。それはもう、くわえタバコ、ミスキュージャンプは、当たり前の超ビギナー&ウットオシイ客(ガキ)であったに相違ありません。当時はそんなに魅力も感じておらず、ただ回りに流されて一緒にツルンデタって感じで・・行ったり、行かなかったりで、でもそんな中、何時も2番台(花台のとなり)で練習していた若いサラリーマン風の兄ちゃんが、ぽん・ぽん・ぽんと球を何事も無く入れていく姿を見て上手いな〜なんて見ていたものです。それは、良く見るとなんと15個の球を1から順番に入れていくではありませんか?心の中ではこいつは変態ちゃうか?なんて驚愕した事を覚えています。(その御仁は後々に店の人に聞いたら当時ORCに入会間も無かったらしい現在はアマ連の理事長をされている山根隆生さんだったということです。)そんなこんなで内輪だけの遊びのビリヤードとしてあちきのビリヤードは、過ぎていくのでありました。そして、礼の御仁の練習風景が、あちきの脳裏に住み着いていたかどうかは?記憶にありません。ただあちきのビリヤードがその当時確かに胎動していたと確信しています。いや、胎動していたでしょう、う〜ん、胎動していたんじゃナイカナ?胎動していたかも?しれません?胎動していてくださ〜いい。
           LOUDNESSの誕生前夜を聞きながら・・・神様・仏様・高崎様・・・ 


8月20日

☆なんで、アレックス?

現在のあちきのハンドルネーム?として使っている、アレックスこれは、某T師匠がご病気で臥せっているときに、ナにか差し入れをしようと言う話になって、ビリヤードのビデオを持っていこうか?ってI嶺くん(ヴィールスの常連でアレックスの友人)と話をしてて、USオープンのビデオのパロディーを作ろうか?って話をしてて、ミカ・イナミネンVSアレックス・ハバグヤンなんかどう?なんて話してて、結局作らなかったんやけど・・・その話をT師匠にしたらオオウケして、それ以来師匠はあちきの事をハバグヤンとかアレックスと呼ぶようになってしまったんです。羽場ちゃんと呼ぶ事もあるけど、そんなこんなで、じゃ自分でも使おってことになったんです〜。でもみんなは、人前でではアレックスって呼んじゃだめヨ。ハズカシイから・・・


8月14日

☆ビリヤード・ヴィールスの店名の由来

今となっては仕事となってるけど、まずはビリヤードのことから、店名の由来かな?これは、知らない人が大勢を占めると思うけど、暴露しちゃいましょう。昔?今も活動してるのかな?シーナアンドザロケットって言うバンドがあってそのギターをしてた、鮎川誠って言う人がその又昔に在籍していたサンハウス。(誰も知らないだろうナ〜)知る人ゾ知るみたいな、ある一部の方々には、伝説となっているバンドがあって、その曲名からいただきました。なんかカッコ良くて、このバンドは、羽場の好きなHM・HRのバンドでは、ないのですが、今でも大好きです。声を掛けてくれればヴィールスにて、お聞かせしますヨ。
         VIPERのTheatre of Fate を聞きながら・・・(酒井康調に・・)

戻る