回答:
成長、進歩そして進化という主題はANIMEの本質のみならずアジア文化そのものに非常に深く関わってくるものです。進化テーマはANIMEにみられる顕著な日本的特徴でもありますが、我々西洋の人間はそのことを見落としがちです。幼年期の終わり、それに成長という主題は文学では馴染み深いものですが、それは人類に普遍の体験だからです。ANIMEでもこうした主題はさまざまな形で描かれます。
思春期特有の内なる殻を打ち破って大人になろうともがき戦う様を象徴的に描いた『少女革命ウテナ』、文字通り「進化」がキーワードになる『ポケットモンスター』、悪が次第に善に目覚めていく『ドラゴンボールZ』、機械化による不滅の生命を描いた『銀河鉄道999』、いわゆる「ニュータイプ」の台頭を描いた『ガンダム』などなど。多くのANIMEで進化テーマが扱われるのはアジア、とりわけ日本人のもつ精神的宗教観とかかわっていると見立てることもあるいは可能です。
成長というものは生物にとって不可避のものです。西洋と違って、アジアそれに日本は人間の都合で土地をやたら切り開くということはせず、伝統的に自然というものに畏敬の念を持ってきました。このことは日本庭園、盆栽や花道が芸術にまで高められていることからも分かることです。日本を含めアジアでは精霊や物の怪、例えば化け猫や狐にまつわる言い伝えや畏怖の念が古くからあって、自然へのこうした信仰は生きとし生けるものたちの成長や進化への信仰につながったと考えられています。
それに、アジアの宗教とりわけ仏教の教えでは、人間は絶え間ない修養を積んで自らを高め、この宇宙それにすべての生命と一体になるものであるとされています。輪廻転生という考え方があって、これによると生けるものはみなすべて死の後に転生するのであり、より上位の生物に生まれ変われるかどうかは前世での行いで決まるとされています。
こうした進化の最終段階となるのが、涅槃の境地です。西洋の宗教においては、命は一度きりであって、転生を繰り返しつつより高次に向かっていくという考え方はとりません。進化や成長テーマがANIMEにおいて西洋の文学以上に頻繁に現れるのはこうしたアジア的宗教観が背景にあるからではないかと思われます。
進化テーマにからんでいるものは実は他にもあります。個々の人の進歩についてのアジア的な思想のことで、これは教育と格闘技の両方によく表れています。西洋においては、ひとはその天性のものによって優劣があらかじめ決まっていると考えますが、アジアにおいては個々の人間が自らの意思で変えていくことができるという考え方が非常に強いようです。
このことは最高最強の格闘家になるための修練ぶりや、生徒たちにとにかく何でも勉強させようとする日本の教育のあり方からもうかがえます。アメリカン・ドリームというものが、つまりは努力の末に富と名声を獲得することを指すのにたいして、アジアにおいては精神的完成をめざして自己を高めることを理想とします。
アジアにおいて、人間は権力や富ではなく精神的、肉体的に洗練かつ勇敢さを身に付けるべく精進するものとされます。個々の人間の能力は生れおちた時に決まっているとする西洋の考え方にたいして、能力は個々の精進によって獲得するものとするのがアジア的な人間観のようです。
そういうわけで、進化という概念はアジア文化における根本的な思想であり、西洋においてよりも遥かに重要かつ大切な考え方であるということです。進化テーマがANIMEに頻出するのは、つまりは汎アジア的な人間観、世界観がにじみ出たものであると考えられます。
訳註 思春期・青春期の人間を消費層のコアにしていることから自然と進歩や進化という概念が好んで使われる、という回答ではいけないのでしょうかジョン様
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