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John
「さくら」という名前の女の子がよく出てくるようですが
What`s the Deal
with Cherry Blossoms in Anime?
2001年1月26日
質問:
桜がANIMEではよく登場します。例えば『X』では画面一杯に桜が全開ですし、「さくら」という名前の女の子もANIMEではよくみかけます。桜は何か特別な花なのでしょうか。
回答:
ANIMEで桜がよく使われる理由を説明する前に、まず桜が日本文化においてどれだけ重要なものであるのかを述べておきます。
侍たちが自身を桜になぞらえるようになったのは中世のことで、さらに遡って奈良時代(西暦710-794年)では桜よりも梅を愛でることのほうが多かったようです。
平安時代(794-1185年)になると「もののあはれ」という美意識が生まれます。ものの本によると、もののあはれという概念は、「自然の移り変わりや人の一生に、はかなさの美を見て取り、それに共鳴、共感する思いのことであり、普通そこには悲しみのニュアンスが含まれるが、状況によっては感嘆や畏敬、それに喜びの想いもともなうことがある」美意識のことだそうです。
江戸時代の国文学者・本居宣長(1730-1801年)の定義によると、もののあはれというのは、純化された高邁な感情のことだそうです。もう少しくだけた言い方にすると、いつかは消えていくものに感ずる美の意識とか、美を感ずることができる繊細な魂とでも言えるでしょうか。
桜はというものは、もののあはれを現すものとして日本ではとらえられてきました。貴族文化が栄華を極めた平安時代においては、詩や絵画や文学は日本の四季の移り変わりを描いていくことで純粋さと美を表現していました。桜がどう侍文化と関わっていくようになったのかははっきりしませんが、おそらく貴族が侍にとって代わられていった時期、具体的に言うと平家の台頭期から源平争乱、そして安土桃山時代にかけて(1147-1568年)の時代にもののあはれと桜のイメージが侍たちにも浸透していったのだと思われます。
誇り高い生き方をして、心残すことなく死んでいくことに究極の純粋さをみるという、いわゆる武士道の極意の現れとして受け入れられていったようです。桜はほんの数日ではかなく散っていきます。それも、花が散るときは、自分の命にまるで未練などないかのようにいっせいに散ります。侍階級の人間は、死ぬべき時が来たら潔く死ぬようにと教育されて育つため、桜の花にはかなさの思想をみてとったようです。
これを日本語では「いさぎよい」「あっぱれ」とか言いますが、前者は勇敢とか純粋、後者は輝かしさとか優美さのことです。誇り高く求道的な侍は桜ともののあはれのなかに、自らのあるべき生き様を詩心とともにみてとったのです。戦士にして僧であり詩人でもあるという孤高にして真に荘厳なるサムライというイメージは、以上に述べた日本人の抱く桜のイメージと密接に関わってくるものです(訳註1)。
ANIMEにおいて桜は頻出ですが、これは日本の古来の価値観を表す記号とも考えられます。CLAMP原作による映画『X』に桜が頻出するのもそうで、この映画ではかむいが桜の花びらをつかまえる場面がありますが、あれはかむいがやがて戦いの末に死んでいくであろうことにくわえ、草木も動物もいずれは時とともに散っていく運命にあることを暗示したものです。
同じCLAMP原作による『カードキャプターさくら』の第10話でも、クロウカードから桜の花びらが舞い出てきます。あわててさくらがそれを伏せるのはただの偶然なのか、それとも命には終わりがあることを象徴した演出なのか(訳註2)。『サクラ大戦』でも、風に舞う桜の花びらが印象的でしたが、これはおそらく主人公・真宮寺さくら、それに彼女が所属する花組のもつ純潔さと乙女の美しさをさりげなく表しているだけでなく、さくらという娘が誇り高いサムライの娘であることを暗示するものとして桜のイメージが使われていると思われます。
ANIMEに桜が頻出する理由としてもうひとつ、失われた伝統や文化への郷愁ということも考えられます。経済大国への道を歩んだ'80年代より'90年代の初頭にかけての時期に、桜のイメージがANIMEに現れるようになりました。『うる星やつら』や『鎧伝サムライトルーパー』がその例です。この頃はまだ、桜がANIMEで使われることは珍しいことでした。いわゆるこのANIME黄金期は巨大ロボットものが一世を風靡した時期にもあたり、そこに自然界のイメージ、それに日本の伝統文化を象徴する桜のイメージを入れ込むことは新鮮に映ったのでした。
近代化、西洋化とともに日本という国は古来の伝統を失って(捨てて)きているとは言えると思います。ANIMEにおいて桜が現れるようになったのも、日本的なるものを視聴者に訴えかけようという思いからであるとみても、そう外れではないと思います。例えばあの宮崎駿もしばしば言明しています。かつて日本の子どもにはあった無垢さ、それにかつての日本にあった自然への畏敬の念を今のひとに伝えようという思いが自分の映画作りにはある、と(訳註3)。
それから「さくら」という女の子がよく登場するのは、まず、それが日本ではよくある名前だからでもあります。女の子ではありませんが、『うる星やつら』にはチェリーという僧侶が出てきますが、これは錯乱坊という本名にひっかけた英語の駄洒落です(さくらんぼ → 桜 → Cherry)。
訳註1: ここにあるサムライ理解の出典は新渡戸稲造による『武士道』であろう。この解説に映画『ラストサムライ』を観たことのある向きは既視感を覚えることと思う。トム・クルーズもこれの信奉者らしいが、訳者にいわせればこの本は明治に入って欧米人向けに用意された幻想の日本である。
訳註2: 愛妻を亡くしたある学者の娘・さくらはある日、地下書庫で奇妙な本を見つける。魔法のカード達を収めたその本からさくらは誤ってカードを風にとばしてしまう。すべてを回収しないといずれも世に災いをなすおそれがあるということで、その本から現れた珍獣ケロによってさくらは捕獲者ことカードキャプターに任命される。以上が第1話のあらすじで、問題の第10話では花を司るカードを回収するべくさくらは奮闘する。(『さくら』については「小狼はゲイなのですか」も参照)
訳註3: でも宮崎作品に桜が登場したことってあるんだろうか。
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