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【室生寺】《真言宗室生派大本山》0745-93-2003

室生寺の紅葉 2010年11月

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 奈良時代の末、東宮(とうぐう)(後の桓武天皇)の病気平癒のため室生竜穴神に祈願した折り、その行場をもととして、興福寺の高僧・賢憬(けんきょう)が一寺を起こしたのに始まる。江戸時代に桂昌院(けいしょういん)の尽力で再興、1698(元禄11年)桂昌院の命令で興福寺から分離、真言宗となる。また、“女人高野"と呼ばれるようになったのはこのころと伝える。室生寺が、室生の山中深く営まれたことは、千年以上の古い建物や彫刻を今に残す大きな力となった。

※桂昌院 徳川五代将軍綱吉の母で、大奥を背景に権勢をふるった。仏教への信仰があつく、“生類憐れみの令"の実施は、彼女の力によるところが大きい。

宗務所 石楠花 楼門
金堂 本堂(潅頂堂) 1 本堂(潅頂堂) 2
五重塔 護摩堂 室生川から風景

■弥勒堂[重文] 鎌倉時代の手法が見られるが、創建年代は不明。

釈迦如来坐像[国宝] 檜の一木造。膝前や手首は別材。翻波式と呼ばれる衣文(えもん)が特徴。頭の螺髪(らほつ)は欠失。貞観(じょうがん)時代の作。

弥勒菩薩立像[重文] 弥勒堂の本尊。カヤの一木造。胸の前に細かな瓔珞(ようらく)が彫り出されている。貞観時代の作。

金堂[国宝] 内部は礼堂(らいどう)外陣(げじん)・内陣に分かれ、外陣・内陣部分は、貞観時代の建立とされる。礼堂は江戸時代。

釈迦如来立像[国宝] 貞観時代の作。金堂の本尊。像高338cmで、檜材の一木造、肩口から外側は別材。堂々たる重量感があり、流麗な細い衣文の線を刻む。板光背には唐草や法相華の中に七仏を描く。

十一面観音立像[国宝] 貞観時代の作。檜材の一木造。頭上の化仏まで同材で彫り出している。頭頂の仏面、右手首、左手肘先は別材。光背は明治の作。

帝釈天曼陀羅図[国宝] 金堂の釈迦如来立像の背後の板壁に描かれている。胡粉地に極彩色で、帝釈天およびその脇侍像を中心に小像を描く。

本堂(灌頂堂)[国宝] 鎌倉中期の建立。

如意輪観音坐像[重文] 本堂内陣の厨子に安置。檜の一木造で漆箔像。貞観末期の作。

五重塔[国宝] 平安初期の建立で高さ16m。屋外に立つ五重塔では国内最小。法隆寺に次いで古い。地垂木(じだるき)は丸く、四天柱(してんばしら)はわずかにエンタシスが認められるなど、平安初期の建築様式を示す。また、水煙(すいえん)を用いない相輪の意匠は独特のもの。平成10年の台風で大きく損壊。その修理の際、従来の平安初期建立説を確認。創建当初は現在の檜皮葺きではなく、板葺であった。

御影堂 五重塔から約400段の石段を上がる。単層宝形造で鎌倉中期の建立といわれるが、昭和54年に復元。

石楠花(しやくなげ) 4月〜5月かけていっせいに開花。

室生と神泉苑 室生寺の門前を流れる川は室生川。この室生川の下流が木津川であり、淀川である。この川が涸れると、山城平野の南部は農耕ができない。そればかりか、輸送路を奪われることになる。京の都にとってこの川の持つ意味は、ことほか重要であった。平安時代の初めから、雨乞いの信仰の地として、室生川のさらに水源である竜穴神社がえらばれ、その神に善女竜王(ぜんにょりゅうおう)神の神号が天皇から授けられたという。室生の祈雨(きう)の信仰はたいへんなもので、その善女竜王は、平安京の神泉苑の祈雨にも祭られたりしたという。

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