京都観光タクシー同友会観光案内資料

【石清水八幡宮】《祭神・誉田別命(ほんだわけのみこと)(応神(おうじん)天皇)・息長帯比売(おきながたらしひめ)命((じん)(ぐう)皇后(こうごう))・比淘蜷_(ひめおおかみ)
                                                   075-981-3001

 859(貞観元)年、奈良大安寺の行教(ぎょうきょう)律師の奏請で大分の※宇佐八幡宮勧請(かんじょう)した。それ以後代々皇室の崇敬も深く、源氏が氏神として信仰したこともあって日本全国に八幡宮が分祀されている。山内は創立時から神仏習合し、護国寺をはじめ多くの堂宇が建てられていたが、明治の廃仏毀釈で取り壊してしまった。林立する石灯籠がその名残である。石清水八幡宮の名は、今なお男山の中腹に涌き出ている霊泉“石清水”に因んだもの。

エジソン記念碑 参道 南創門
社殿1 社殿2 社殿唐破風の彫刻
水若宮社 若宮社 社殿北東角が斜めにカット

社殿[重文] 1634(寛永11)年の再建。徳川家光の造営によるもので本殿・外殿・幣殿・舞殿・楼門・回廊からなる。丹塗りの社殿はいたるところ飾り金具や精密で彩色豊富な彫刻で飾られ、絢爛(けんらん)豪華(ごうか)な桃山時代の文化を伝える。本殿はよく見えないが、檜皮葺(ひわだぶき)、前後二棟の八幡造といわれる建築様式で、外陣と内陣とにわかれ、両方の屋根の接するところに有名な織田信長寄進の金の樋がかけられている。楼門は一間一戸、入母屋造とし、前方に(から)破風(はふ)の向拝付し、その柱が一段下がった石段上にあって、二階造りの楼閣のようにみえる珍しい建物。

石灯籠[重文・鎌倉] 書院の中庭にある、高さ2.26メートル、花崗岩製。竿に永仁3(1295)の銘があり、鎌倉時代の石灯籠が八角型であるのに対し、六角型であるのが変わっている。

石清水社 本社の東門より坂道をくだること200メートルの中腹にある。天御中主命を祀る摂社の一つで、当社の発生のもととなった清泉が今なお岩間から湧き出ている。社前には松花堂昭乗の筆で、寛永12(1635)京都所司代板倉重宗が寄進した旨を記した石鳥居がある。

影清塚 山下の表参道に出たところにあって、『都名所図会』巻五によれば、平家の侍大将悪七兵衛影清が主君のあだを討とうとしてこのところに隠れ、参詣の源頼朝をねらったところと伝える。

エジソン記念碑 昭和9年、エジソンの白熱電球の実験に男山の竹が果たした役割を永く顕彰するために建立。その後破損がはげしく、昭和59年、有志の人々によって再建された。電球のフィラメントに最も適した材料が、当社境内の竹材が最も優れていることがわかり、これを用いて白熱電球を完成したといわれる。こうして出来た白熱電球は、1000時間も輝き続け、これが実用的な電灯の完成へとつながった。

高良(こうら)神社 山麓の二の鳥居と頓宮(とんぐう)の間にあるお社。仁和寺の僧がこの社を八幡宮と誤り、山上へ登る人たちを憐れんだという吉田兼好の“徒然草”の話で有名。八幡の氏神として信仰されていて、毎年7月に行われる勇壮な“太鼓まつり”は、特に有名です。

頓宮(とんぐう) 山麓の一ノ鳥居にある当社の御旅所をいう。石清水祭や青山祭の行われるところで、むかしは四方に回廊があり、壮麗を極めたが、明治元年焼失。今の社殿は大正4年、回廊は昭和44年の再建。

◆石清水祭 石清水放生会といい、勅祭として815日に行われていたが、明治神仏分離令によって今の名にあらためられた。祭礼は915日の午前2時すぎ、三基の鳳輦が山を下り、山麓の絹屋敷で里神楽を奉奏し、ついで頓宮に入ってここで古儀による祭典を行い、その夜ふたたび山上の本殿へ還幸される。日本三勅祭の一つ。

■五輪石塔[重文・鎌倉] 頓宮の西側にある。高さ6メートルにおよぶ巨大な石造五輪塔で、大きさにおいては我が国第一といわれている。もとお寺の遺物であったが、寺が滅びて石塔のみが残ったといわれている。

※宇佐八幡宮 宇佐神宮ともいう。全国40,638社の八幡宮の総本社で祭神は(おう)(じん)天皇・比売(ひめ)大神・(じん)(ぐう)皇后(こうごう)。奈良時代から朝廷の崇敬が厚く、鎮護国家の最高神とし、天皇即位や、国家に変事が生じたときは、勅使をたてて加護を祈ったという。和気清麻呂(わけのきよまろ)が、皇位継承を企てた弓削道鏡(ゆげのどうきょう)の野望を、宇佐神宮の神託により、打ち砕いた話は特に有名。それ以後、国家重大時にはことごとく宇佐に勅使をたてたという。これが、伊勢神宮への伊勢使(いせつかい)に対する宇佐使(うさつかい)である。

資料 昭和京都都名所図会 竹村俊則著より

【八幡神について】

 八幡神とは応神天皇のこといわれている。『八幡』は『はちまん』であり、または『やはた』とも読める。宇佐地方には、弥秦(ヤハタ)神を崇拝する秦氏、応神天皇・神功皇后を崇拝する大神(おおが)氏の激しい勢力争いがあった。当時、没落していた宇佐国造(くにのみやつこ)家出身で僧侶・法蓮の活躍により、ヤハタ神も応神天皇も同体の八幡神だと断定したという。その結果、八幡神は応神天皇であると定まったという。石清水八幡宮は、宇佐神宮から勧請したものだが、本来は秦氏の氏神・ヤハタ神を祀っていたかもしれない。渡来氏族・秦氏の信仰する神が、天皇家の信仰する神に取り込まれているように見える。また、北九州八幡、京都八幡、宇治川上流の木幡、桂川上流の太秦、いずれも秦氏の足跡が地名となる。

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