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★現場見学については廃棄物対策豊島住民会議の方で受け付けています。(詳しくは住民会議HP参照)
★07年夏に現場を見学した高校生がレポートを寄せてくださいました。
豊島見学記 香川県立善通寺第一高等学校 3年 森公平
暑い!今年の夏は本当に暑かった。野球部主将として3年生の夏の大会を終えた私は、将来は環境問題に携わる仕事がしたいと漠然と考えていた。そんな折、四国新聞の「豊かな島再生願い」「豊島で島の学校」という記事を目にし、ぜひとも豊島を見学してみたくなった。産廃について聞いたことはあったが、豊島がどんな島なのかも知らず、どのような経緯で産廃問題が起こったのかなど全く知らない。高松港発7時40分。小さい高速艇にゆられて豊島へ到着した。自然公園指導員の市村康さんはにこやかに迎えてくれた。市村さんは豊島の歴史や豊島の自然、産廃問題の経緯等を詳しく丁寧に教えてくださった。驚いたのは、豊島に「産廃の島」「ゴミの島」というイメージを持っていた私だったが、それは島のほんの一角のことで、豊島はその名の通り、水や農作物の豊富な自然の豊かな島であった。住民はこのマイナスイメージに苦しめられてきたことも教えてくださった。
とはいえ、50万トンという大量の廃棄物が持ち込まれたことは事実であり、平成12年の直島町の産廃受け入れ表明と公害調停成立により、ようやく平成15年より中間処理事業が始まり、大変な手間のかかる処理と何百億の県費や国費が投入されている。県庁前立ちんぼうや県内100ヵ所座談会など、ここに至るまでの住民の方々のご苦労は並大抵のものではなかっただろう。しかし、豊島問題はまだ終わったわけではない。平成15年からの4年間でようやく3割の処理が終わったとのお話であったが、このペースでは国の補助金が打ち切られる平成24年には、まだ3割の廃棄物が残り、財政の厳しい香川県が果たして処理しきれるのだろうか、と不安に思った。このような事件が今後起こらないためにも「自分さえよければ」という意識を変えること、まずは目の前のできることをやっていくこと、そんな積み重ねがこれからの未来を作る土台になるのではないだろうか。
豊島から帰った私は、今自分ができることを考えてみた。インターネットで香川県のホームページを見ていると、環境配慮モデル事業所に認定された企業が目にとまり、高松の四国リコー株式会社香川支社を訪問した。驚いたことに社員の方々の個人机が無く、コピーやファックスしたデータはすべてパソコンに送られ、ペーパーレスオフイス化を実現しており、産業廃棄物は工場もオフィスもリサイクル専門業者に委託することで、100%再資源化を達成している、とのお話しであった。未来の理想の経営スタイルがここにある、という印象を受けた。また、三豊市詫間町の株式会社グリーンテックでは、詫間町の「ごみはすべて資源に」という方針に積極的に協力し、石炭代替燃料の製造販売や研究開発に努めていた。環境と経営の両立は難しいことだが、私は将来、大学で環境学と経営学を学び、ぜひとも環境や社会に貢献できるような仕事につきたいと考えている。 |