敬止館 三菱化学 黒崎事業所武道場


 三菱は、創業以来、武道をもって社員教育の一助としてきた。
全国の各事業所及び工場には、決まって武道場が設備されている。年中行事として三菱の各クラブが一同に会する武道大会が、日本武館で盛大に開催されている。

武道館
毎年9月三菱各社110チームが参加し今年で45回目

敬止館は北九州市の武道場の中でも古い歴史を持っており、三菱化学黒崎事業所は「敬止館」を地域に開放し、武道を親しむ人々との交流の場となっている。
敬止館について

昭和19年に九州専門学校の武道場として設立されたが、福岡商科大学 との合併(現在の福岡大学)で道場は放置され、その後昭和30年に旧三菱化成黒崎工場が譲り受けた。当時戸畑の高見神社の上にあったものを改装費450万円をかけ昭和30年2月10日に移築した。
範士として、池田 孝氏が招かれ、落成記念剣道大会は有名剣士を招き
開催され一ヶ月程滞在され指導された。

   ・  武藤 秀三        (三菱養和会会長)
   ・  小野 十生 ・ 堀口 清  警視庁師範
   ・  海岩夫範士 ・ 庄子宗光範士
   ・  宮田 正男   関東学生剣道連盟会長・三菱地所専務


32年硫安大会

前列左より 池田範士 鶴海先生 近藤先生 武藤範士 林範士 
木村篤太郎先生 江頭先生 小野十生範士 庄子宗光範士 山隅先生

敬出館
昭和32年の武道暑中稽古納会
数々の優勝旗と
昭和47年 数々の優勝旗と



「敬止館」の命名について
 柴田周吉(当時の工場長 取締役)のご努力により道場が完成して、命 名は、柴田氏が、「詩経」の夙夜敬止(しゅくやけいし)から取り敬止館と した。意味は ”朝まだきより夜遅くまで終始天を敬うのみ”であり、現在 の額は柴田氏の直筆である。
又、「寂然不動」の額は、三菱道場に掲げてあった岩崎小弥太の書の額で ある。
敬止館の特徴
 床はスプリング:剣道の踏み込みや柔道の投げ技等の衝撃を和らげる
 床下には16個の瓶:「床下共鳴瓶」と呼ばれ音響効果を良くする装置。
 バリアフリー:車椅子用のリフトを設置してある


班員
地域の皆さんと三菱化学剣道班員
教室
自由ケ丘少年剣道教室の子供達
正門
三菱化学正門より
桜
桜の咲いた敬止館
玄関
玄   関


剣道日本に記載される

 2000年 1月号:クラブ訪問No90 道場を守り続ける班員たち
 2000年 3月号:道場の伝統と剣道史(表紙の道場が語る剣道史)
 2001年11月号:表紙 
 2001年12月号:(表紙と敬止館はバリアフリー道場

道場を守り続ける班員 敬止館 道場の紹介
剣道日本で紹介 剣道時代
敬止館はバリアフリー道場 社内報ケミパルに紹介
バリアフリー ケミパル

 「道場を障害をもつ人にもやさしく改良」の見出しで、障害をもっているが剣道を愛好している人たちと、車椅子用のリフトを設置したいきさつが紹介されている。
剣道歴のある西脇さんは事故で車椅子を使っているが、一緒に勤務する化成フロンティアの社員が剣道をしておりコーチ役をしている。
フロンティアサービスは、障害者が「生き甲斐を持って<働ける職場づくり」を設立主旨としており、三菱化学全額出資の会社で社員70名ほどのうち45名が何らかの傷害を持っている。



敬止館に稽古にこられている地域の人の紹介
上津役中学生の皆さん:本城小学校の生徒(2002:4:1撮影)
中学
練習後先生の話を
中学
練習
中学
打ち込み
本城小
本城小学校竹森兄弟
上津役中先生
指導されている橋岡先生
敬止館の倉岡先生
倉岡先生

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