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<長崎三彩に魅せられて〜 陶郷 三彩の里

長崎三彩「壺」

長崎三彩「大壺」

長崎三彩「額皿」

 
上/三作品は代表作の一部
 

 長崎三彩は1950年代に長崎市で生まれた。 造ったのは、第二次世界大戦に命をかけた特攻隊の生き残りである。
 江口 洋(えぐち ひろし)当時30代。 戦後の混乱期の中で生き方を模索していた江口は、父親の茶碗屋を手伝いな
がら海外で出合ったペルシャ三彩の大胆な色彩を忘れることができなかった。
 そして、ふる里の歴史に残る幻の「長与三彩」に着目し、復興に成功。 「長崎三彩」と命名した。
 その後、江口は社会復帰を目指す身体障害者の授産施設「三彩の里」を建設。 江口没後もその技術は、長男・司に
継承され、多くの作品が生まれ続けている。

 

上/長崎県大村市原町「三彩の里」

 
先代 江口 洋(号・望洋)の生涯

<江口 洋>

1922(大正11)年

 11月14日、母親の出身地島原で生まれる。
 父親は、佐賀県久間村西山(現 塩田町)出身で代々200年
も続いた「志田焼」窯元。病気などで閉じ、佐世保市での
警察官生活などを経て長崎市へ移住。
 信奉する歌舞伎「忠臣蔵」の天野屋利平から「天野屋」
の看板を掲げ、雑貨商、行商を営む。
 頭脳明晰で商才に長けた江口は、磨屋尋常小学校
市立
商業学校を経て東京へ出る。

1943(昭和18)年

 早稲田大学政治経済学部在学中に、学徒動員令で「14期
飛行予備学生」として入隊。 のち「特攻隊」へ編入される。

1945(昭和20)年

 国のための死を考えた香川県詫間航空隊特攻基地で終戦。
 生き残る。
 正八位従七位海軍飛行中尉で除隊。原爆で被災した故郷
長崎市へ復員。
 生活の為に有田の食器を仕入れ販売。学業の傍ら、繁華
街の一角に茶碗屋「天野屋」を開く。

1947(昭和22)年

 長崎経済専門学校研究科(現 長崎大学経済学部)卒業。
 長崎市で本格的に父祖の窯業再興を目指す。

<作品「壺」>

1956(昭和31)年

 佐賀県有田のロクロ士・奥川忠右衛門に師事。
 長崎市田上に「秀山窯」を開き、2代目「秀山」を襲名。
 外地で見た「ペルシャ三彩」の大胆で明るい色彩に感銘、
ふる里に伝わる幻の「長与三彩」に注目し、その復元に成
功する。「長崎三彩」の誕生である。

1961(昭和36)年

 「三彩」製法特許と「長崎三彩」の意匠・商標登録。

1971(昭和46)年

 病気(ガンの宣告)を機に、障害者でもある一人息子のた
めに生き方を模索。陶芸の継承を兼ねた陶郷の里づくりを
考える。
1974(昭和49)年  長崎県大村市原郷へ「秀山窯」を移し、三彩の里≠ニ
呼ぶ。 身障者を公募し、陶芸指導を始める。
1976(昭和51)年  社会福祉法人「三彩の里」開設。

1980(昭和55)年

 長崎県の壱岐島(現 壱岐市)に身障者授産施設「壱州窯」
開設。
1988(昭和63)年  欧州旅行中に客死。享年65歳。
 
後継者 江口 司(三代目 秀山)

司の代表作品

 江口 洋の後継者である長男・司(1950年生)は、父に触発されて大学を中退し、陶
芸の道へ進んだ。多治見や九谷の著名な陶芸家に師事。
 ふる里に戻って父の下で三彩の技を極める。「三彩の里」理事長としての激務をこ
なす傍ら三代目「秀山」としても活躍し、日本伝統工芸展を始め、数々の陶芸展で入
賞を果たしている。
<左写真はアテネの国際展入選作品>
     

<長与三彩>について

 「長与三彩」は江戸時代、大村藩領内「長与村」で
生まれた磁器。緑・黄・紫などの鮮やかな紋様と大胆
なデザインが特徴で、長崎に入ってきた中国・清時代
の康熙三彩に学んだと言われる。
 伝世品、いわゆる流通品が極めて少なく、「幻の焼
き物」と言われるが、郷土史研究の越中哲也さんは「
現存するのは50個もあればいい方で、大村藩のお庭焼
きだったのではないか」と指摘する。
 では、「長与三彩」は、本当に長与村で生まれ、村
内のどこで焼かれたのか。
 大村藩村記によると、江戸時代、長与村嬉里郷に「
皿山」があった。 寛文7(1667)年築窯され、安政6年
(1859年)まで約190年間に渡り「長与焼」が焼かれた。
 波佐見焼きに学んだと見られ、皿、椀、鉢など日常
和食器が中心だった。
 「長与三彩」と呼ばれる伝世品は、器の形、成形技
法、生地などが「長与焼」と一致し、しかも、三彩の
発色を試したと見られる破片が数回発見されたこと、
また、郷村記に「寛政四年・・・珍敷焼物伝来」の記載
があり、この皿山で焼かれたものではないかと伝えら
れてきた。

<ナガサキ・ピース・ミュージアムより引用>

<筒型花生>

<蓋付椀>

<鼇甲手猪口>

 

<提供:諫早市教育委員会>

 
 

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