龍馬脱藩の道
梼原 太郎川
那須俊平の家
文久二年三月二十五日 夜

 朽木峠(その2)   梼原、宮野々関 

 3月25日夜、龍馬と惣之丞は、梼原太郎川にあった那須親子(俊平、信吾)の家に宿泊した。
 那須邸は、梼原村の高知寄りにあった。
 地元に残っている逸話によると、当時那須家に立道久代という十八歳の女中がいた。その口伝に
 「ある日、坂本龍馬という侍が、もう一人の若い侍と来て泊まり、夜通し酒の酌をさせられ、恥ずかしくて
 困った。そして龍馬は歌を歌った」という。
 (写真 1)太郎川、旧道の近くにある那須邸跡
  を示す表札
 (写真 2)那須邸跡に設置されている、ここが那須
  父子の邸跡だと書かれている との説明文
 (写真 3)今では何もない、那須邸跡
    写真の奥に見える小道から下りてくる
 (写真 4)この場所の南側には幕末当時、道場が
   建っていたとされる
   
 (写真 5) 那須先生父子址の石碑  (写真 6)那須邸から少し離れた所にある那須
  俊平、信吾親子の墓
   

 朽木峠(その2)     梼原、宮野々関 

トップページに戻る    更新記録に戻る