龍馬脱藩の道
長州 下関
白石正一郎邸
文久二年四月一日
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| 三月三十日の朝、三田尻、招賢閣を発った龍馬と惣之丞は、陸路を通り下関に着いた。 下関の回船問屋 白石正一郎邸、ここが脱藩の最終地点であった。 三月二十四日に 高知を出発して以来、八日間の旅は終わった。 ここ下関で、龍馬と惣之丞は別れた。 龍馬は一人で薩摩を目指したと言われているが 定かではない。 文久二年六月には大阪に現れている。その後、江戸に上り、千葉道場に 顔を出している。 |
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| 白石正一郎は藩の御用商人で、回船問屋を営んでいた。 尊王攘夷の志が厚く、多くの 脱藩の浪士、勤王の志士達を援助していた。 出入りした志士の数は400人を越していた と言われている。 また、高杉晋作が奇兵隊を組織した時には、自宅を本陣として提供して、財政的な援助を 行った。 |
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| (写真 1) 下関駅の近くにある白石正一郎邸跡 | (写真 2) 白石正一郎邸と書かれた石碑が立って いる。 |
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| (写真 3) 高杉晋作 奇兵隊結成の地の石碑 | (写真 4) 白石正一郎 の業績を称える案内板 |
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| (写真 5) ツツジの花がきれいに咲いています | (写真 6) 裏側の映像です |
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