龍馬脱藩の道
大洲城下
臥竜 大洲
文久二年三月二十七日
宿間村 長浜 ![]()
| 小田川を出た舟は、一里ほど進むと、本流の肱川と合流して伊予の国一の大河となり、長浜を目指す。 そして、昼ごろ、舟は大洲町(現在の大洲市大洲)に入る。その時、川の中に突き出る、おおきな岩山 に出会う。 臥竜淵(がりゅうのふち)と呼ばれる。 |
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| 竜が、その深い淵に臥しているとの伝説から「臥竜」と呼ばれていた。舟は、ここを通る度に、積み荷を一つ 投げ入れて、龍神の怒りを鎮めていた。 |
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| (写真 1) まもなく臥竜の淵に到着する | (写真 2) 右側に突き出た岩が竜の頭に 似ていると言われている |
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| この頃、龍馬の脱藩を知った武市瑞山(半平太) は龍馬について詩を詠んだ |
(写真 3) このあたりは、肱川の中でも水深が 最も深い場所と言われている |
| 肝胆元より雄大にして かんたんもとよりゆうだいにして 奇機自ずから湧出す ききおのずからわきいず 飛潜誰か識る有らん ひせんすたれかしるあらん 偏に竜名に恥じず ひとえにりゅうめいにはじず 武市瑞山 |
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| 昼食を取る為、一度舟を下りた龍馬と惣之丞は再び、舟に乗った。大洲城天守の下を舟は通った。 | |
| 伊予の大洲城は肱川沿いにあり、四層の天主となっている。 | |
| (写真 4) 肱川を下ると、左手に大洲城の 天主が見えたきた |
(写真 5) 四層の天主 |
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