龍馬脱藩の道
周防の国 三田尻
三田尻港、御舟倉跡
文久二年三月二十九日
| 三月二十八日の夜、上関に泊り、二十九日朝、上関を出発した龍馬と惣之丞の二人は船に乗って 三田尻(現在の防府市)を目指した。 その夜、三田尻に着いた。 ここは長州、勤王派の国である。 船を下りて陸に上がった坂本龍馬と澤村惣之丞の二人は、お互いに顔を見合わせ、脱藩に成功 したことを実感した。 |
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| 三田尻の港から少し陸に入った所に、三田尻御舟倉跡がある。 江戸時代は、ここまで舟が入っていた。 この御船蔵から江戸時代、毛利家の城があった萩までを結ぶ萩往還の街道が整備されていた。 |
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| (写真 1) 三田尻の港 | (写真 2) 三田尻の港。 龍馬と惣之丞はここで 船から下りた。 |
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| 三田尻御茶屋の近くに、三田尻御舟倉跡が残っている。 江戸時代、上級武士は瀬戸内海から、ここまで 船でやってきた。 ここで船を下りて、近くの三田尻御茶屋の中に入っていった。 |
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| (写真 3) 三田尻御舟倉跡の案内板 | (写真 4) 萩往還の石碑。 ここから萩に向けて 街道が整備されていた。 |
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| (写真 5) 御船蔵の風景。 お城の堀のような 風景です。 この先は細くなっており、三田尻 御茶屋の近くの場所にたどり着きます。 |
(写真 6) 御舟倉の風景。 江戸時代には、かなりの 深さの堀だったと思われる。 昔は瀬戸内海(海)に つながっていた。 |
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