龍馬脱藩の道
佐川、朽木峠
佐川への道
文久二年三月二十四日

 和霊神社          朽木峠 (その1) 

  神田の和霊神社を後にした坂本龍馬と澤村惣之丞は遠くに見える高知城の天守閣を眺めた。
 土佐山内家二十四万石の堂々とした天主閣である。 再び、生きてこの景色を見ることはないだろうと
 二人は思った。 
 高知城は山内一豊が築いた城で、高知市街のほぼ真ん中に位置する。 城の周りには上士が住み、
 龍馬や惣之丞達の下士や郷士は、城から少し離れた所に居を構えていた。 
 (写真 1) 高知城の天守閣。 南側からの映像   (写真 2) 天主閣。 東側からの映像 
 
  龍馬にとって、生まれた初めての脱藩の経験だった。 脱藩が藩にバレたら、後に残った家族はどうなるのか?
 龍馬は心配した。 多分、権平兄さんがうまく 処理してくれるだろうと、兄や姉を信じて西に向かった。
  朝倉を過ぎて、いの(伊野)、日高村を通り西に向かった。 最初に通った道は松山街道(現在の国道
 33号線)と思われる。その松山街道を西に向かい、日高村の日下、下分大橋を左に折れ(南に折れ)
 
県道291号線(谷地日下停車場線)を進む。谷地、永野を抜け、佐川に出る。現在、高知県内の龍馬の
 脱藩の道と
言われている。
 (写真 3) 日高村から佐川に向かう旧松山街道
   の名残
   写真の左側から右側に向かう堤がそうです。 
 (写真 4) 昔ながらの道が残っていました。
       朽木峠へ向かう道。 
   



 和霊神社          朽木峠 (その1) 

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