龍馬脱藩之道
高知城下

本庁筋
 (生誕地)

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   文久二年、28歳の春、自らの使命を自覚した土佐の郷士坂本龍馬は決然
 として脱藩、幕末風雲の渦中に身を投じた。
 
   龍馬の生家跡は残っていない。 ビルの谷間に、高さ3mの石碑が立っている。 
 場所は上町一丁目の電停の近く。
  (写真 1) 坂本龍馬誕生の地の
         石碑
  (写真 2) 吉田茂の書による
  坂本龍馬先生誕生地
   

 龍馬の生家から西に少し歩くと、才谷屋跡の碑が残っている。 龍馬の先祖はもともと才谷村
 現在の南国市に住んでいたが、その後高知城下に移住し、質屋を始め、豪商と称されるまでになる。
 坂本龍馬のビジネス感覚は、この
才谷屋の血筋かもしれない。
 脱藩の途中、龍馬は
才谷梅太郎の偽名を使っていた。
  (写真 3) 才谷屋跡には、喫茶店「さいたにや」
   立っている。
  (写真 4) 才谷屋(さいだにや)跡の説明文
  が掲げられています。
   


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