name : これとも  age : 1937年生まれ

hobby
ラジコン飛行機(しかも手作り!!&けっこう本気)
career
大学では水産学部を専攻し、卒論は”KAMABOKO(かまぼこ)”。
卒業後、寒天会社に就職。仕事でポルトガルへ渡る。その後、メーカーの設計・製造関係を転々とし、ついに4年前、愛妻マヌエーラの長年の夢を叶えるべく脱サラ。コテージを始める。
message
「日本で唯一のポルトガルの雰囲気を味わいに来て下さい。本物のアズレージョズはここにあります。」
name : マヌエーラ   age : ひ・み・つ

hobby
人形集め(世界各国のお人形&最近はまっているのがピエロ)/お裁縫
career
専業主婦の傍らボランティア活動。雑誌やテレビでポルトガル料理の講習もしている。
message
「ポルトガルを知るならポルトガル料理から、ポルトガル人が作るポルトガル料理は日本でここだけ」「日本語べらべらよ!!」



2007年の秋に仲間入り、家族となりました。少しはにかみ屋さんで
やんちゃですが、最近、言われていることが理解できるようになってきました。
お出迎えできるかどうかはまだわかりませんが、ひとつ、よろしく!

name : シャンプー  age : 年齢不祥

message
「来てにゃ〜!!もしかしたら僕にも会えるかもにゃ???そうそうここで、耳寄りな情報にゃ。うちのコテージは、ペットも大丈夫にゃ〜。珍しいにゃろ。ママとパパも犬やネコが大好きにゃ、みんなでおいでにゃ。」
亡きシャンプーに捧げます。

このHPの完成後にシャンプーは亡くなってしまいました。このまま掲載しておこうかどうか迷ったのですが、いつまでも私たちの心に残る家族として、この場所にいてほしいので、作成時のままに掲載しています。

プーのポルトガルの話も見てね




マヌエーラはリスボン生まれのお嬢様。そんなマヌエーラが18歳のある日、「明日デートしませんか?」ベランダの下から誘ったのが惟友27歳、マヌエーラが見るはじめての東洋人の顔でした。彼は仕事で遠く日本から来た青年で、マヌエーラとは同じマンションに住む住人。最初のデートはたったの2時間、近くの橋までの往復でした。

それから2年、デートを重ね愛を深めていったのです。そしてとうとう惟友が日本へ帰る日となりました。惟友はマヌエーラのお父さんへ渡して欲しいと日本までの飛行機代を渡したのでした。今から30年以上も前の話、日本までの飛行機代は決して安いものではありません。マヌエーラは悲しくて一晩中泣き続けたのでした・・。

2年の遠距離恋愛中に送り送られたエアメールは300通以上、簡単に電話も出来ない時代です。プロポーズも手紙の上でした。惟友はマヌエーラのお父さんにクリスマスカードを送りました。「僕に幸せを下さい。」というメッセージ。そして婚約指輪を日本人形の中に入れてはるばるポルトガルまで送ったのでした。2人の熱い想いが始めは信用していなかった父の心も変えていったのです。

そうして晴れて迎えた日本到着の時、1966年12月24日クリスマスイブ・・・。惟友は友人に「荷物を取りに行くんだ」と車を借り羽田空港へと走りました。マヌエーラが日本の地をはじめて踏んだその日が31年の結婚生活の記念すべき1日目となりました。

慣れない日本での生活、つらいこともいっぱいあったけどマヌエーラは日本の風俗・習慣になじもうと努力しつづけました。今では3人の子供たちや孫やたくさんの家族に囲まれて幸せいっぱいの2人なのです。 めでたし。めでたし。