小樽文学館の、夢喫茶のカウンターには古いメールボックスが置いてありまして、そのわきにこのように書いてあります。

短い小説、詩、ただの手紙でもよろしいのですが、このメールボックスに投函してみませんか?
ここにある原稿用紙、ペン、スタンプ、封筒もご自由にお使いください。

ただし、あなたの投稿はどこにも届きません。

メールボックスのカギは、管理人K氏が保管しております。彼が週にいちど(たぶん木曜日)ボックスを開きます。K氏はそうとうに気紛れなので、読んだ原稿、あるいは手紙をどうするつもりなのか、誰にもわかりません。この文学館のどこかに貼りだしてしまうか、あるいはホームページhttp://www4.ocn.ne.jp/~otarubun/のどこかに置くか。

そんなことでよろしければ。投函する人、いるのかな?

で、意外なほど集まった原稿(手紙)は、ここに書いたとおり、夢喫茶のスクラップ帖に貼ってしまいましたが、ちょっとおもしろいので、このページを新設し、こっちにも貼っておくことにしました。私も、と思われた方は、ぜひ小樽文学館にお越しになり、夢喫茶のメールボックスに投函していってください。このコーナーは電子メールは受けつけませんよ。念のため。

いつかまた会いましょう 平成15年1月26日、したため 昨年亡くなった祖父へ

小路 嘉史


石を蹴って しゃがんで また石を蹴って 頬杖ついて 雀が上を渡り 蟻が下を見下ろす きれいな風だな 初春の喜びを話そう 朝焼けの 外人坂

米花


Dear 和晴さま。 今日、2人でここに来られたことを本当に幸せに思います。
何より本が好きなあなたが、ここの古本コーナーから出てこず、時間がどんどん過ぎても・・・
1泊の北海道旅行の大半の時間をここで過ごすことになったとしても・・・
ここに来て本当によかった。

‘02.12.11.  玲子


今年のテーマは、感動した作家さん3人に逢うことに昨日決めたのです。この3ヶ月の間にお一人には会いたい。その方は札幌の西野カイワイに在住の小檜山博氏。昨年JR車内誌で対面してからというもの、大ファンになってしまったのです。先生も私も生命のあるうちにお会いして、ファンになったキッカケetcをお話ししたいものです。あとは2003年中にお会いできる、感動できる本や小説、エッセイと出会いたいと思っているのです。今年の夢なのか課題なのか?今日は不思議な空間でコーヒーをいただいたので、まだ誰にも話していないことをついつい書いてしまいました。 失礼致しました。

2003.1.9.(木)  ペンネーム まあちゃん


コワレモノ注意           いしも


小林多喜二を見て、彼が小樽にのこしたものの大きさを感じています。多喜二がタキさんに思っていた恋心も私にはよく分かる気がします。
過酷な時代であっても人を好きになるエネルギーは、人間をも愛する力になったのではないでしょうか。当時としては、英語まじりの手紙も、多喜二の人柄があらわれているような気がします。


2002年 10月23日(水)
札幌からJRで友人と小樽へ来ました。雨模様の中、一瞬晴れたので虹が海の上にかかっていました。文学館は15年以上ぶり・・・近代的建築物でないのがまた良い味で・・・『コーヒーどうぞ』のはり紙もうれしく・・昭和喫茶・夢でいただくコーヒーも良い味でございます。ごちそうさま。また機会がありますよう祈りつつ―*


おたる文学館 殿 “コーヒーおいしかったです”
「寒いね」「コーヒー飲む?」「ン・・」「あったかくっていいね。」
コーヒーを両手でつつみ、女は男の顔をみた。ユラユラと湯気がたっているように一瞬みえた。あたたかさにゆるゆるとけていく・・・とけてとけて、とけて、水たまりが二つ残っていた。

2002.10.22. 宗琳


小樽文学館様
この前に来たときは、こんなんじゃなかったよね。この前って言っても、2〜3年前なんだけど。そのときは本当に「資料置き場」って感じ。さらっと通り過ぎてサヨナラしました。
今日はいっぱい楽しませてもらいました。お勉強とお茶と古本あさりが、1カ所でできるなんて、とっても幸せ。喫茶コーナーの雰囲気もたまりません。札幌から友達と2人で来ました。また来ます。より楽しい企画を期待してます。

2002年10月22日  かおる


私は、小樽へ来て2度目です。初めての時も、ちょうど10月下旬の今頃でした。昨年は温かかったので、今年は寒いのに驚きました。小樽の冬は、東北と比べるとすごく寒いです。私が、小樽へ来るきっかけは小林多喜二です。彼のことがもっと知りたかったのです。小樽というところは、私にとって、何か大切なことを教えてくれた街でもあります。たぶん、北海道で一番愛する街・・・かもしれない。
私は、文学が好きです。でも、細かくは知りません。難しいことは知りませんが、好きと言うことは確かです。私は、学歴もない、知識もない・・・。でも、理解できるところまで学ぼうと思っています。北国の文学者は、深いですね。文学館は2度目ですが、おちつくところです。私は宮城から来た者ですが、文学館はあるけど、小樽の文学館の方が私は大好きです。小樽は、坂と海と、税関と古い建物があって、私の心を優しくしてくれたり、何か考え、教えてくれる。自然の厳しさも、すべて、です。宮城は寒いけど、小樽ほど厳しくはないですね。でも、宮城も好きです。(ふるさとは、遠きにありて思ふもの)室生犀星の詩のように、私も、こう思えるのです。私の文章が雑になり読みにくくなり申し訳有りません。字も下手です。私の手紙を読んで頂いてありがとうございました。私は、読むのも書くのも大好きな人間です。


坂道に 深い歴史が層を成す 足元近くを ゆらゆら流る   札幌市 イノクニヒコ


うちやま さちこさま お元気ですか?わたしは元気です。今、わたしは東京の下北沢に住んでいます。たまに曽我部ファミリーにばったり会うことも・・・。曽我部さんの5thアルバムとてもよいですね。最近こればかり聴いてます。わたしは、毎日楽しくやってます。いつか遊びに来てください。 お返事オクレ


小樽行きの鈍行に鴎の群れがついてくる。古本の掘り出し物と夢・喫茶を探しに来たら、J.Jカフェの隣だったんですね。欲しいものはすぐそばにある。見ようともしなかった。古本市にあと一冊欲しい本があって、“店主”がいない。コーヒー一杯分待って“店主”が戻らなければそれまでの縁。鴎の群れの中に今年生まれた若鳥がいて、なぜこの列車を追うのかわからないけど追ってくる。隣に座っていたおばさんが切符を失くしたと云い、リュックに挟まっていたのを見つけて「年とったァ」と云えば連れ合いがこんな時だけ年とったァと云うしょと笑う。コーヒーと縁を待ったときだけペンを取るのは気取り以外の何ものでもない。何者でもない私は、今日、ご挨拶と、タマガワ氏にお礼を云いに来ました。ありがとう。

平成十四年十一月三日 P.S.これは、手紙です。 てんてん猫


OPEN HERE,OPEN HERE@Express


◎本な人々の方程式(仮説)
 1.取り出しても本を元の本棚に戻さない奴
 2、もうけのために本を大量に持っていく奴
 3,カバーをかえる奴
 4,ゴミ同然のものを引き取らせる奴 + 私 =嫌な常連客 ハ・ハ・ハ・ル・ル

米花


フト 立ち寄って見ました。コーヒーを飲みつつ 書いています。いいですねえ。穴場です。
   ゆっくり ゆっくり時が過ぎて行くかな?
   自分の読みたい本を持って、コーヒーを飲みながら過ごすのも 超おススメ
   家が近くだと 毎日くるかも。 本持参で!!


小林たけじさん 
色々な詩を、あなたは、かいていますね。あしたは、3月3日「ひなまつり」ですが、たけじさんのお家も、(子どもの、)ひな人形かざったのですか?わたしの家は、たまーにかざってます。それにしても、この文学館!ひろいですね!こんなところが家だったらいいな*たけじさん!天国でもすてきな詩をたくさん作って、天国の人たちにきかせてあげてね!
*今、おねえちゃんに、「たけじ」じゃなくて「たきじ」だよ!て、ききました。まちがってごめんね、また、来るね*

2003年3月2日(日)はれ  むかいだて さえ


雪に反射するまぶしい光に少しだけ目を細める。
運河沿いにこぼれる白い真冬の日差し。
電車に乗り一時間と少し、今日はひとりで歩く。
あれから何度となく四季を超えても、忘れることのない記憶。忘却は人間にだけ与えられた能力だと誰か言っていたけれど、私の体も、心も「忘れる」という行為自体を忘れてしまったんじゃないかと思う。
山に囲まれ、遠く海の見えるこの街に二人でやって来たのはもう4年も前のことだ。彼が「たまには外へ」と誘ったのだ。朝から2杯目のコーヒーと共に本を読んでいた私は「え」と顔をあげた。自分でも感じていたが以前のように感情がぶれることがなくなりつつあった。静かに、彼以外との誰とも接さず暮らす日常を、私は大切に思っていた。ただそれは彼のためではなく、私自身の精神的な安定を保ちたいという願いからだった。声を荒らげ突然泣き出すことも、夜中いなくなったままどこかへ泊まり歩くことも(それはたいてい友人の家やホテルなど安全な場所であったにも関わらず)彼の望む行動ではないと知っていた。だけど、そうでもしないといられなかったのだ。「何故」なんて理由はわからない。この世の中にある事柄のなかで「何故」なんて説明できることなんて本当にあるのだろうか。彼は本当に心配してくれていたのだろう。そういう人だった。じゃあどうして、外へ連れ出そうとしたの?
案外、彼は落ち着いている様子に見える私を試したのかも知れない。本質はそんなところになかったのだけど、なにしろ彼はそれほど頭が良いとは言えなかったから。誠実であることだけがとりえの人だったなあと、彼の笑顔を思いかえしていた。死んでしまった人には何でも言えるから不思議である。彼が近くにいた時には、素直に話したり、優しくもできなかったな。結構私は彼のことが好きだったんだろうと、今になって思う。
幼い頃、風の高熱で左耳が聴こえなくなったのだ、と聴かされるまで、私は自分の聴力を普通一般のものと信じていた。ピアノの音階も、右手を少し伸ばして届くかどうか、くらいの高さになるとさっきまで聴こえていた音とは違う「じー」という音の振動へと変わった。少しづつ大人になるにつれ、音が「じー」へと変わるのはそのせいだったのか、と分かった。
周囲の子ども達との遊びにはいつまでもなじむことができなかった。「明里ちゃん返事してよ、いっつも気づいてくれない。遊んであげないよ」と言われても、一体私はどう応えれば良かったのだろう。「ごめんね。次はちゃんと返事をするよ」と応えたところで、私の耳がよくなるわけでもない。
そう言えば、どうしてあの頃私の周りの大人たちは、私の耳が聴こえないことを隠そうとしたのだろう?「この子、左耳が聴こえないんです」とそのひとことをみんながいってくれたなら、もう少し私は世界と仲良くできていたのかも知れないな。
そんなことを思いだしていたから、ぼおっとしていた私には彼の口がまるでぱかぱかと上下に動いたくらいにしか写らなかった。「え」というと彼は近づき、もう一度、どこかへ行こうという趣旨のことを繰り返したのだ。私の、左耳に向けて。
外へ出るなんて嫌だ、と思った。勝手にひとりで出かけたらいいのに、とも。こんなに早く死んじゃうなら、もう少し優しくしていたのにさ。あの頃の私は横柄で、傲慢で、可愛さと呼べるものはかけらもなかった。自分の全てがうまく進まないことを、自分以外のせいにばかりしていた。あの人がいないと何もできなかったのに、あの人がいるから何もできない、と思いこんでいたから。
あの頃の私を可愛いと言い続けてくれた彼に、もう一度だけ会いたい、と思った。

札幌市厚別区・・・・・・・・・


何もないお休みの日は、かならずここに。コーヒーのニオイのする文学館も、いいものですね。前は、古本屋のようなニオイのする場所で、それはそれで私は好きでした。今日は、とても天気が良くて「もうすぐ春」 何かいいことがあったわけではないけれど、春が近づくと妙にウキウキしませんか?私は、春生まれなので特に今の季節が一番大好きです。
あなたは、どの季節が好きですか?


私は来た 夢でなく、夢の中へ
だれも知らないまま だれにも知られずに でも確かに 私は来た。
夢をたどって、夢の中へ 多喜二の夢を確かめに


東京から来ました。小樽はとても素敵な街で満足しています。いろいろなお店を見てまわり、この文学館には絶対に立ち寄ろうと思っていました。来てみてびっくり!!本当にびっくり。こんな居心地の良い場所は東京に見当たらな〜〜〜い、残念なことに。小林多喜二さんは、拷問されて亡くなったこと初めて知ったことにもびっくり。(無知でゴメンナサイ。)又北海道に来た時も絶対にこちらに遊びに来させて頂きます。

2003年3月11日


Dear 洋様  
私の声、今のあなたに届いてますか。私の姿、今のあなたには見えていますか。
遠く遠くに行ってしまった洋くん、
私は今も冷たい水の中をもがいている。浮かび上がることもできもせず。
つめたいよ、つめたいよ。早く私を見つけてよ。ここにいるよ。ここにいるよ。
遠く遠く はるか遠くにたたずむこんなにちっぽけな私です。
でもあなたに向ける愛はだれにも負けないの。苦しいの 一人じゃ生きられないの。
私はバカです。

2003.3.9 まりあん


ミヤビさんお元気ですか?私は今あなたに連絡する勇気もなく、ここで手紙を書いています。
もう一生会うことはないかもしれないけれど、あなたへの感謝の気持ちは決して忘れません。少し昔のことになりますが、半年間本当にお世話になりました。
さよなら。─永遠に。


“なんだ、こんな風に使うのか”以前したためた手紙と違う手紙が小さなノオトにファイルされていた。彼は怒ったやうな口調だったが、耳は火照っていた。
“もう少しまじめに書けばよかったかな”雪どけの日射しが彼を包み込む。独り言はそこで終わった。

米花


大好きなみんなへ愛を込めて
今日のように青く晴れた空を見ていると「あしたも頑張ろう」って気分になります。
例えあした良いことがなくてもそう思えることがうれしいしたのしい。
またあしたも生きていたい。もうすぐ暖かい春がやってきます。
また逢いましょう・・・

2003.3.2.


傷こそが、光に転化するのが、この世界の魔法であることを、伝えてもらったこと。
全てに、感謝したいと、今、心から思う。  ありがとう。
無数の物語が、出会い合って、輝きを強め、一つの大きな音楽となる可能性を。
そして、北の果ての真白な原っぱで、猫たちが幸せでありますように、どうか。

2003.03.04


新次郎様へ
長生きしてくれてありがとう。 病気になってくれてありがとう。 一緒に暮らしてくれてありがとう。 一緒に暮らせて良かったと思わせてくれてありがとう。
新次郎さん ありがとう

2003.3.29. Yukie*


通称─こむら返り 睡魔を襲う者、一種の「食物連鎖」? 水、寝耳に水、その方がまだましであったァ!  ハイッ、治りました、ンが、左踵付近が妙に痛い。神経痛?
皆さん、田宮虎彦の「銀心中」という小説御存知ですか?その小説の中に温泉の場面がありまする、私は今すぐにでも温泉につかりたい!湯けむり・山奥・露天風呂
ああー 温泉に行きたい・・・


こんばんわんこ。せい園中の新3年生のOとSとSです。今日初めてここにきました〜
年上は、かっけ→人ばかりでもう毎日がたのしかったのに、今は私たちが最高学年で毎日がつまらんちゅら・・・   ラブメール


自己紹介をすると、小樽潮陵高校ピー年の者です。今日は・・・なんとなく来てみました。
将来の夢はバックパッカーー。かんたんに言うと、旅行者なんですが、やっぱり行きたいのはインドとか、Asiaでしょう。南米は殺されそうでこわいですからねーーー・・・ヨーーーーロッパの治安はどーーーなんでしょう。中国は冷たい人多いらしいし、やっぱアジアかなーー。安宿見つけて泊まったり。2年位・・・。た・の・し・みーーーー。
なんで、そうゆう旅行本よみまくっております。長くなりました。また書きマフ。バイプウーーーーーーーー。

BY 潮陵最高。


K氏へ  いつも働いてくれてありがとう!これからも、がんばってくださいね。
私は、いたずらが、大好きです。

arisa


ここはとても好きなところで、企画もあなどれなくて、年に一度はここに来るためだけに汽車に乗ってる気がします。ところでワタシは中学生の頃、多喜二が好きなヘンな子どもでした。何故かわかりませんが。アナーキストでもないけど、自衛隊もオマワリも嫌いな中学生でした。ホント、何故だ?周りはベイシティローラズに熱狂してたりしたのに。水をごくごく飲むようにいろんな本を読んでいて、それは今もちっとも変わらなくて、一人暮らしなのに本棚が4つあるえらい部屋です。地震のでかいのがきたら圧死だな。
そして、月日は流れて「不惑の四十」とか言われる年齢になったのにあっちにぶつかりこっちにぶつかり、穴に落ち・・・10代の頃とちっとも変わらない(質は違うが)悩みの多い日々なのにオドロキです。大人ってもっとカッコ良く生きてるように見えていたのに・・・
死んだ星をひろいあつめて、缶にしよう。タルホみたいに「そんなもんいらない」なんていさぎよくなれないから。
2度と光らない星を時々ながめてチェシャ猫みたいに笑う夜。遠くからさらさらと、風が吹い てくる。心はしゃらんしゃらんと鈴みたいに鳴るので、ねむれない。

2003.3.22.Megumi.S.「誰かの好きな人が人殺しになる世の中は嫌だ」


「意外と・・・」には、見えないようにフタをして、「かわいいな」だけ、大切にしまっておこう。君は私が振ったことさえ気づいていないみたいだけど。

小樽の街、きれいなので また来たいと思います。

2003.4/5 AM10:47  倉松 智恵子


私は小樽3回目なんだけど、大好きです。でも小樽に来た最初の動機が・・・
私の好きな人が小樽に住んでいたそうだから。 坂とか海とか。

2003.3.23 PM4:38 ナツコ


Dear 妖一様 貴様のplayにホレたぜ!!クォーターバックとして、泥門のリーダーとして最高に楽しいことやってくれるテメェが大好きだ!糞<ファッキン>大好きです!てゆーか糞ラヴ・・・。はふん*これからもアメフトがんばれっつーか秋季大会優勝しなかったらブッ殺す!!

From 長谷川&栗原。


あえて言葉を借りるなら、「ブルジョアにまみれた生活」を送る、一会社員の女です。
拓銀に勤めていらしたという多喜二さん、ブルジョアとプロレタリアの間で心を揺らしていたのがわかるような気がします。これからあなたの本を読んでみようと思います。

二〇〇三.三月三〇日


熊本は開花が間近か 北海道は積雪がある。日本といえど違いは大きい。
いい、おもしろい* 小林多喜二展、おもしろかった。世の中には色んな人がいるものだ。

2003.3.18


ねえ、君、私は今北海道に来ています。あなたは、暑さに参っているのではないですか?―ここに来れば、少なくとも、人間として、基本となるリズムというものを、考える事が出来ると思っていたのです。
私は常に孤独です。一体、何を求めているのか、今もわかりません。
ただ、あの街に帰ろうとも、旅に出ようとも、私の居場所というものなどどこにもないのですよ・・
たまに耐えられなくなります。孤独はつらい。大勢でいる孤独の方がもっとつらいですがね。あなたに会うまでに強くなっておこうと思うのですが、今にもくだけそうです。
負けたくない。逃げたくない・・・  それでは、またいつか、会いたいから夢にくらいは出て下さいね。お元気で、体に気をつけて下さい。

明日香


Tea Room 夢 御中 K氏様
初めてこちらで一服させて頂きました。プラスチックのカップで飲むコーヒーなど大した期待はしていなかったのですが、予想に反して香り良くおいしかったです。国松登氏の写真下にあるひじ掛椅子が座り心地良くやや落とした照明も好みに合いました。
谷崎潤一郎と、久生十蘭をMixして毒気を薄めた様な雰囲気でしょうか。(トカゲはもう少し陰影のあるところにいた方が良いですね)
いわゆる観光小樽でない、人間が生きているという確かな匂いというか足跡に触れられたような気がします。時間と空間をじっくりゆっくり味わえる場所でした。いつか又御縁があったら伺わせて頂きたいです。

平成15年5月4日 札幌市 H.Y子


生前のエンゼルさん、雪が降って少々残念のやうな気がしますが、これもまたいいかな?と桜ももう散る頃に思い直し始めました。彼女とは二、三回会っただけで、それほど親しかったわけではありません。ただ落ち着いた、彼女が出すコーヒーが好きだったというだけです。彼女が懐かしくなるとき、私は何をしていたか?不謹慎にも浮気をしていました。名前は忘れました。今、彼女の娘が近くに住んでいるそうですね。今度訪ねてみましょうか?

“夢”の壁にいるトカゲより 5.9.Fri/正午2:38


陳さんへ お元気ですか。私は元気です。今、北海道・小樽に滞在しています。陳さんが今度日本に来たときに、また一緒に行きましょうね。
忙しいでしょう。また、落ちついたらメールください。

有希枝より


文学館に来て、足踏みオルガンがひけるなんて思ってもいませんでした。
私はピアノは弾いたことが
ありますが、オルガンは・・・。昔は弾くだけなのに手も足も使わなくてはいけなくて大変そうです。それに比べて、今はなんでも楽してばかり。なんか、一度だけでも「タイムマシン」で昔に行けたらなんて思っています。
小樽に来るのははじめてなので、今度はもっとゆっくりとしていきたいです。

さお&かずなより


小説というものを書き始め、それが自分の心の内を省みる作業だということを知った。しかしなかなかうまくかけないので、星の数ほど出版されている「文章読本」の類を読み耽った。
「小説の書き方」という本の中に伊藤整氏の評論を読み、わたしは心から彼の文章に納得した。
そして書き続けている。これからも私は書き続ける。この世に生身の人間が生き、考え、悩み、志をする限り。

平成15年6月21日記

 純平


心に刻み込むような思い出
色あせることのないあざやかな記憶を
私たちはいくつ持っているのだろう    Hi


Dear →My friend
空に浮かぶ月のよう
ぼくらの願いはひとつだけ
大空高く、限りなく
海ほど大きなこの思い
さよなら あの日の夏
さよなら 二度と戻りはしない
胸の奥にしまっておく。
今日と昨日の「記憶」をたどり
ぼくらは「エイエン」にこうやって生きてゆくのだろう
さよならいとしい人 さよなら「また〜」はもうこない
ありきたりな毎日から、道を踏み外すこともしばしば
ささいなことから大げんか
さよならMy friend,My story・・・


小樽に来ました。第一にここ文学館に入りました。これから館内を見て歩きますので、何が目に飛び込んでくるか楽しみです。
このメールボックスも目に飛び込んできたその一つです。

愛知県 石橋安男


いく枚の写真、いく千の夜長のおしゃべりにも勝るのは
旅先からの一葉のはがき


おばあちゃんありがとう。
今ここでチョコレート3個私の手にくれました。
さっき横断歩道でボタンを押したっていた私の傍らにあらわれたおばあちゃん。ボタンを心配そうに見つめていたので「押してますよ」と答えた私。
そしてここでまたお会いしましたね。
なにげなく笑顔で会釈した私たち。ボーっと座っていた私に、おばあちゃんは帰り際チョコをくれました。
「ひとつ食べなさい」「わーこんなに沢山、悪いですよ」
「いいからどうぞ あなた小さいから」とおばあちゃん
「わーうれしい ごちそうさまです」と私。
小さいからって・・おばあちゃんから見たら私まだ小さいんだな。
ここは不思議とゆっくりできる場所です。
ありがとうございます。
おばあちゃんに。文学館のこの場所に。今日一日に。

2003.5.17


はるばると小樽へ来た。
初夏なのに 運河のかなたに
さえざえとした、鎌のような日がてらしだされていた。

典一 妙美子と北の旅から   2003.6.5.



03.6.3.火.AM10:41
今日は修学旅行生がいて、普段は内装・雰囲気・音楽だけが空回りで、前の本棚が威圧的に立ち並んで、開放感のある窓だけが頼りだった時と変わりない、よーするに「活気」が感じられない(中学生も分離してるしー訂正、高校生《準自由》化しちゃったし)、でも今日は「活気」がある。
フーズボール効果・インタラネット効果もあるけれど、今日はよい気分。
外は風強し、でもスカッとした青空だ。“つつじ”もきれいなことだろう。では、いってきます。


米花


大阪からここまで、ちょっとした機会があったので遊びに来ました。昨日は札幌で、観光地すぎるところは嫌だったので、市のはずれにあるモエレ沼公園というところに行きました。ピンクフロイドのCDジャケットグラフィックをやっていたヒプノシスの感じがして、とても!!!よかったです。人もいないし。今日は、ここと、小樽の街を楽しみにやってきましたが、一緒に来た両親は私とは違うものがみたいらしく、私は、トワイライトで輝いてた頃の小樽の面影探しにきました。今、光ってるところはいいんです。それよりも、少しくすんだ、見つけてあげないと、見ようとしないと見えないであろう光を見に来たのでした。でもなかなかみつからないので、もすこしぶらぶらしてみます。ここは、インターネットで調べてびっくりするほど魅力的だったので来ました。なんだかコーヒーのいいにおいがしてきています。栗コーダーカルテットの音楽もひびいています。こんなところが大阪にもあればナアと思いつつ、気づいたらここに1時間半以上いてました。あと30分で待ち合わせの時間だけど、コーヒー飲んでたら小樽の街が見れないからどうしようと思っています。小林多喜二氏のデスマスクや死に顔の絵、写真は強烈でした。泣きそうでした(同情じゃなくて、だんだん怒りそうになったので)。いろいろ書きたいけれど、誰に届くわけでもないこの紙とインクと気持ちは、こっそりふうをしてMailのとこに入れます。

2003.5.17. 杉谷紗香


愛しい人へ
あなたと自由に会えなくなって、胸にぽっかり穴があいてことに今ごろ気づきました。ふと気づくと目頭の辺りがゆるんでいる自分がいます。
“どうか元気で幸せで笑顔で”それだけを願って愛してきたのに、あなたの姿を、笑顔を見ずにいられない自分がいます。
あなたの声を思い出します。また会いたい。もっと素直な気持ちで互いに向かい合えるようになりたい。このたびを終え、本格的な夏を迎える頃、あなたへの愛しさをもっと伝えたいと思います。あなたは不器用で気持ちの返し方もほんとにさりげなくて、でも、そこがまた愛しくて。
優柔不断だからーと言っていたあなただけれど、互いにかけがえのない存在であったと思うのです。幸せの形は人それぞれだけれど私にとっては、あなたとの時間こそ“幸せ”でした。
今、この手紙を書きながらこの瞬間にも笑顔で、少しでも明るく過ごしてくれていたらいいと思います。あなたの幸せを願える自分を幸せだと思います。   智子


旅のはじまりに(北海道の)筆坂さんのニュースに接しました。旅行中、そして今日も彼のことが頭の中を巡ります。私の亡夫も亡き後に男の性の汚さを見せてくれました。それだけでなく社会的な裏切りのあったことも。
でも私が喋らない限り誰も知らないこと、私は私のお墓まで持っていくつもりー
そのことを思いつつ人間て悲しい者 淋しい者と。でもその感傷に浸っていてもどうしようもないこと、性の解放って?人間らしく生きるって?
小林多喜二様は命をかけての計らいを。せめて私も小さいながら前をみつめて生きていきます。
筆坂さん、悲しいことです。


てつやくんへ
大好きです。私は神様がこの世の中にいるとはこれっぽっちも思っていませんが、あなたに出会えたことを神に感謝しています。これほどまでに、自分以外の人間を大切に思えたことはないでしょう。あなたも私のことを愛してくれるんですね。こんなに幸せでいいんでしょうか。幸せすぎて、ばちが当たってしまうのではないかと心配してしまいます。私はあなたと一緒にいられたら、それだけで幸せなのです。たまに、そのことを忘れ、欲張りになったり、わがままになったりしてしまうダメな私だけど、きらいにならないで下さいね。大好きですこれからもずっと。今度は一緒に来れたらいいですね。そしてこの手紙を見て、笑い合えたらまた一つ幸せになれるはずですね。


北海道に来て27年になります。小樽には何度も来ていますが文学館のこのコーナーに来たのははじめてです。以前絵画展を見に来ました。今日は韓国文学展を見にきて、小樽の文学者のことを知りました。若くしてなくなられたことを思い色々考えさせられました。私も小林多喜二の死には怒りを覚えました。

2003.7.27.(日) Y.S.札幌在住50代前半(女)


小樽にきました。
今日はどうしてか、突然小樽に来たくなった。
だから来ました。
実は、自分は小樽で生まれ出、今は石狩で
生活しています。今まで 小樽→石狩→函館
→石狩と、どうしてか港町(?)が多い。
どうしてか海がすきなのは そのせいかな?
小樽や函館の風景、というか雰囲気が好き。
歩くだけで安心できる。
いろんな映画もロケに来てますが、本当にステキ。
私もここを舞台に映画とりたいです。
今、仕事しながら夜間学校で現代美術の
スクールに行っています。
いろいろ考えるけど、やっぱり自分の思う方向へしか
進んでいかないので、信じて進むことにします。
まだまだやることいっぱいだ。
小樽にある「天国の本屋」のロケセット見に来た
けど、もう見れないんですね・・・。残念・・・。
石狩でエキストラとして参加したので、作品が
とても楽しみです。では、またゆるりと遊びにきます。

リツコ
2003.10.25(Sat)


てんぐ山っていいよね。
心が落ち着くんだ。
雪っていいよね。
白くてぼくの頭を冷やしてくれる。
気付いた時にはスキーをやっていた。
人生の半分以上は雪上。
雪の国にいてよかった。
ありがとう。色々な人たちに感しゃ

ココに、時を刻む音はない
  ただ、ゆるやかな曲が流れるのみ
それが、時を動かす
         それが、時を止める
どうしょうもない焦燥感
        ただ ただようだけの
        安息
  そこにとどまる「時」
       ここにとどまる「安息」
    ならば
   陰にて陽が輝くのは理
   人は動きだそう 時はとどまる
       時は失せるしかない

・・・・by「たいくつなひととき」


仕事で帯広へ行った主人。それで娘とふたり
小樽へ遊びに来ました。年度も訪れているの
に知らないことだらけ。ここへも初めてです。
足踏みオルガンが初めての娘。楽しそうで
す。美味しいおそばもいただきました。店の
方もいい感じ。思わずインスタントカメラも
手に入れてパチリ。線路あともパチリ。あ
たたかな晩秋の小さな旅もなかなか良いもの
です・・・ さぁてと、これからどこへ行こう
かな? お土産も欲しいね!! AとSより


ゆみかはひろしを愛しています。
この先、何があってもずーっと・・・
この思いだけは生涯変わることが
ないでしょう。
そのことを覚えていて下さい。


 なんだかあたたかくて、面白くて、興味深くて・・・と、とっても楽しかったです。
 伊藤 整さんにたいへんきょうみをもちました(笑)
 図書の研修で来たのですが、来てよかったと思います。
 また来たいなぁ・・・。寒いけど。雪がーーー。


あぁ、本が読みたい。受験っていやだ。
本を読んで読んで、それだけで終わる人生はだめ
なのか?勉強はいやだ。この時期になってまだ自分が
何をしたいのかわからない(将来について)
今やりたいのは本とマンガとゲーム。最近はずっと本を
読んで、机につく時間がみじかいったらありゃしない。
何で こんなに本があるのだろう。もう本当にしっかりし
なけれゃ。本当にだめだ 自分。
  帰って勉強、がんばります。

2003.11.8
小樽はとっても
ひさしぶりだ


2003.11.8

取材ではじめて来ました。
雪が降ってきて寒いです。
なんかここの部屋いいかんじ。
気に入りました。イモリ(?)とか。
オルガンとかイスも。この8つくらいあるイス
1つ欲しいくらいです。(エ)
もう少しで帰るというかこの文学館を出ます。
また来たいですね。
帰ったらレポートのまとめです。(汗)

では。
medamagumi(もち、ペンネーム)


 自分が確かにここを訪れたという記録を残しておきたくてかきました。
 外は雪が降っています。
 20年以上生きてきても確実に断言できることなどほとんどない。
 今私が生きていること
 いや、少なくとも、何らかの意思によって生かされていること
 そして、私は 文学など芸術にこの上ない悦びを見出すということ
 私が自分に関して言えることはこれだけだ。
 これからどうなるこわからない。
 未来のいつか、またここに足を踏み入れることがあるかもしれない。
その時は私に向けて、等身大の今の自分を書き残しておこう。
 それでは、 しばしの別れ・・・
  2003.12.18  大西千鶴


 午後、ゆっくりと長時間、静かな中で、この小樽文学館を過ごせたこと、本当に幸せでした。夫と二人北海道旅行中です。
今日は、夫とスキー二日目、私はスキーは一日にして、一人小樽へ行ました。
 旅行すると文学館は、好きで行きますが、この小樽文学館は、日本一すばらしい文学館でした。この古いままでいて下さい。
 貴重でふるえがきそうな資料が、さりげなく展示されています。
 学生時代読んだ多喜二や整、その頃の私を思い出させてくれました。
 小熊秀雄の「蹄鉄屋の歌」は、つい最近読んだばかりで、良い詩!!と感動したことです。
 多喜二のデスマスクが、本当にあるなんて初めは信じられませんでした。
 ふれてもよい(デスマスク:多喜二の顔)のほほを、そっとなぜて、「あなたの思いやあなたのことは忘れません」と伝えました。
 本当に、幸せな時を過ごすことができました。ありがとうございます。
 二千三年の終り、今年一年仕事上「悪いことのみ多かりき」でしたが、終りはすばらしい時。
 文学館のみなさまにお礼を申し上げます。
            熊本より   2003.12.28


もっと落ちつけ、日本人。


k氏様
始めてここに来ました。
そうとう気まぐれだと書いてあるので、どんな人かは知りませんが。私、アニメ好きなので、よくわかりませんが、あなたはどーですか?
これだけしか書きませんが、また来たら書きます。
では。

刹那・燐
P・N


立春もすぎたというのに、北海道はまだまだこれからが冬本番ですよね。7カ月の次女が先月インフルエンザにかかってしまい、外へ出るのがすっかりおっくうになってしまいました。
それでももうすぐ3才になる長女は「どっか行きたぁーい」とヒマをもてあましています。吹雪っていても2児を連れて遊びに行けるステキなところ…それは文学館!近くて安くてコーヒーのみながらインターネット見放題ゆったりのんびりできる私の隠れ家なのです。長女は「ブンガクカンにスタンプしに行きたーい」と。この間スタンプで遊んだのを覚えていたようです。時々子ども故場にそぐわない大声を出し他のお客様にごめいわくをおかけすることもあるかとは思いますが…場にあった声の大きさや行動を身につけさせたいと思っています。親子ともども努力しているつもりですが、目に余るようでしたらつまみ出して下さい…。
 明日からは雪あかりの路ですね。いつもは日没後外に出ることはありませんが、明日からは毎日ちょこちょこと外へ出て雪あかりを楽しみたいと思っています。
H16.2.5 K.K
 p.s明日は長女の3才のB.Dです。○が上手にかけるようになっておもしろい絵をいっぱいかいてくれるようになりました。


平成十六年 二月二十五日
 一年振りの街は今年も楽しいです。マフラー巻いて手をつないで。言葉に触れ、風景に触れて、素敵な温度の街です。また来年、来ようと思います。その時もよろしくお願いします。それでは。
 追伸、素敵な音楽事典を購入させて頂きました。ひとつ、倖せになりました。


 まずはお礼を。ありがとう。泣いてしまいましたよ。笑顔にもなりましたよ。人生。今、僕の恋人が変な顔をして近づいて来ました。可愛い恋人です。
 私は今春札幌に転勤になります。新しい職場は真駒内で、食に関する本を扱う図書館です。4月24日オープン。いつかいらして下さいませ。お待ちして居ります。
 何か仕事でご一緒出来る事があれば素敵だなと今空想しています。いつかまた。

2/25日浦


2004.7.11 肌が、キレイだね、とか、若く見えるよね、とか、年齢の割に落ちついてるね、と言われる事で安心していたんだ、という事に最近気付きました。 少しだけ運が良くて、内身よりも努力よりもひいき目に見えていた。 だけど、ようやく等身大に見られる様になって、焦っています。 ありのままの自分をありのままに受け取られているだけなのに。そんな当たり前の事が恐怖です。 生まれつき、ずいぶん(分不相応に)良質の仮面をつけつづけていたようです。 当たり前に裸な自分が恥ずかしい。 24歳にして、これから行き始める気がしています。 ステキな事です。

Sumi


今回は、宿泊にてここにおとずれました。なぜにここに来たかとゆうとチェックポイントだったからです。これからてんじをみてみます。仕事がんばってください。(みなさん)


2004.8.17 只、文字を連ねれば作品になると云うモノじゃない、今日、昼、暑い陽差しからのがれて入ったココで、思ったコト。 戦いの跡が残っている、赤く残っている、それでこその文学だと思う。 当たり前の事で、ムズカシイコト。 P.S. 小林サン、写真を取る気にはなれません。貴方をブジョクするような気がしたからです。マッスグに見るのさえ私には恐かった。目にではなく心にヤキつけました。 ありがとうございます。


2004.8.17 歩みのままに流れ流れて 私の道は小樽を通った。 その心「あやめしらず」。 自由にて狂操に駆られた、初夏にも似たこの八月の日。

川端優樹


2004.9.4 今年の二月に来て以来、二度目の来館です。古本屋には非常によく赴くので楽しいです。良く行く店のコーナーもありなんだか少し嬉しかったです。あと、感激したのが、たばこと文学コーナー。たばこ愛好家の自分としてはとてもおもしろかったです。見たこともないようなかっこいいたばこ。 古本は三国志演義の本を頂こうと思います。 先頃、北方謙三の三国志を読み感動したばかりです。呂布の死に際、感銘をうけました。以上。


2004.9.4 拝啓 初秋の候、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。 約半年振りに貴館へ立ち寄らせて頂きました。古本屋の世界は私にとってノスタルジーではなく新鮮さを感じさせてくれました。不思議ですね。ポスターが素敵でした。どなたの作品なのでしょう。 また小樽に遊びに来た時お会いしたいと存じ上げます。冷たい風が吹き始めます。お風邪など召されませぬ様。それではまた。失礼いたします。敬具

トモコ


2004.9.10 くもりのちあめ 長野県からフェリーでやってきて、昨日はびえいの丘を一日中サイクリング。で、今日おたる。外は突然の雨の今、軽く地震がありました。なんだかこの部屋は不思議です。雨の音も地震で物がゆれる音も心地良い音になります。 今回は一人旅。何かに感動してもこれを共有する人がいないってのはさびしいです。(そのかわり自由があるが……) でも今度はお気に入りの人をつれて訪れたいです。

K・F


2004.9.16 大学で学芸員の授業をとっていて、そこでここの館長さん(注:これは館長ではなく、副館長、すなわち私、玉川のことです)のお話をききました。とてもおもしろい方でした。 古本屋物語、すてきな企画でした。私はいわゆる学生街に住んでいるのですが、そこにも多くの古本屋さんがあります。古本屋の持つ独特のオーラは私をひきつけます。ひまそうな店主の様子を観察するのも実は結構おもしろかったりします。 無事大学を卒業してしかも運よく博物館につとめられたら、私もこんな暖かい企画をしてみたいものです。退職後は古本屋経営が理想ですね(笑) 梶井基次郎の”れもん”を買って帰ります。では、またおもしろい企画を期待しています。

小野槙子


2004.9.20 多喜二は私にとって青春の原点でした。今、私は人生の終点を見すえて「今」を生きていますが、その人生の途上で、小樽(私にとって二度目の)で多喜二が歴史に身を投じたことの端所となった拓銀の横に、この文学館があり、その筆説に彼のコーナーとそのデスマスクの置かれている、この国の現実に「悪くないじゃないか!」と言ってやりたくなりました。(アルコールの勢いでちょっと文脈が……!)小樽に栄光あれ! 多喜二を教えてくれた都美さん、ありがとう!

M・O


DEAR MAI あなたに出逢ってもう2年になりますね。私は初めてあなたに逢った時、正直「このコとは仲良くやっていけるのか?」と、感じました。しかしそんな不思議な所に私はのめりこんでしまいました。もしあなたがこの手紙を読んだのなら、返事を書いて下さい。私はあなたが悲しくて泣いているときも、おもいきり笑っているときもいつもそばで一緒にいてあげられる人になりたい。そう願っています。

LOVE From noo


2004.10.3 小樽のお寿司はおいしいって言うじゃない?……残念!!!小樽のお寿司は……とってもおいしいですから!!小樽切り!!!!

バイオリン侍


2004.10.3 津東高修学旅行 三重から来たかいがありました。いい思い出になりそうです。北海道初上陸!

金森尚規


2004.10.3 沖縄生まれの私にとって同じ日本でも北海道は別の国に思えますね。南から北へやってきました。

ガンダムマニア 長谷川健


2004.10.5 ゆきばあちゃんへ ばあちゃんがいなくなってたぶん5年位たちます。うちのばあちゃんから聞いたけど、昔ばあちゃんはかなりいやな奴だって聞きました。こんな事をかいたら、おこられそうで、こわいです。あんな話されると、夜ばあちゃんが出てきそうで、かなりこわいです。でも、こわい時はいっつも心の中でばあちゃんに、助けてを言ってます。いっつもありがとう。今月の10日にばあちゃんがうちにひっこしてくるの。かなの部屋はせまくなるけど、かなはがまんします。今はかなは中2になりました。あと新しいいとこもふえたよ。それからバトミントンのキャプテンにもなりました。学校は、毎日楽しいよ。 これからも、お父さん、お母さん、じーちゃんとばーちゃんやみんなの事みまもって、定じいちゃんと仲良くして下さい。

おたる文学館にて。かなより


2004.10.5 未来の私へ あなたは今、バレーボールが好きですか?今の私は大好きです。妹背牛中学校バレー部の、キャプテンです。私の夢は、プロバレーボール選手になることです。今は、夢にむかってがんばってます。あなたも今、バレーボールにうちこんでいることをねがってます。ずっとずっと、バレーボールをやっていてほしいな。 絶対に、プロバレーボール選手になっててね。

2年、宿泊研修にて まなみ


2004.10.5 じーちゃんへ。 せっかく体調が良くて、家に帰ってきてみんなでごはん食べてたのに、そこでものがつまってたおれてビックリしたよ。そのあと家でつまったモノをとろうとしたけど、とれなくて、病院いったケドだめだったんだね。ショックだったよ。じーちゃんには、もっと生きててほしかったよ。今度は7回きにみんな集まるからね。泣いてちゃだめだよ。宿はくがくしゅうにて


2004.10.20 初北海道だー!!自分は広島人じゃけん 方言の違いをしっかりと体験しました。じゃけんは北海道で使うと目立ちます。楽しい旅行になりますように 広島より来た

ゆり


2004.10.20 10年後の私へ 今私は修学旅行で旅をしています。初めて小樽に来ました。青春しています。あなたは今たのしいですか? 私は今とてもたのしいです。幸せです。きっと10年後も幸せにくらしていることでしょう。すてきな大人になって下さい。

広島県 S・K


2004.10.23 こんにちは、韓国から来た”イ”と申します。今日は学校の授業として小樽の色んなところを見てまわってます〜^^ 来年の2月になったら国に帰りますけど・・・T_T 帰るまえまで日本での思い出をいっぱいつくりたいんです!!がんばろぉぉ〜!!


2004.10.24 今日はお母さんと前に来た以来、2回目です。今日は、朝から時間を気にせず、のんびりできて嬉しいな〜。小樽の喫茶店のコーヒーはとてもおいしいし。 いつもは家族としか小樽に来ることがないけど、今日は一番の仲良しと来て、これからまた小樽の中をふらふらしようと思います。 自分の生まれ育った一番好きな小樽の良い所を知ってる限り、教えてあげたいと思います。今日の景色を東京に行っても忘れないでね〜!!

ともこ


2004.10.24 今日は、初めてともとJRで小樽に来たぜ。いつもは、愛車のスカイラインで来ていたのに訳あってJRなんだ。二人で歩いて周囲の景色を見ながら今こうしてここにたどりついた!俺は11月から東京に転勤となり、1年?2年?3年?と生まれ育った北海道を去る。3年後、俺は27才。ともは23才。 また出会いいつまでも仲良しでいれたらいいと思っているし、次出会えた時は結婚しよう!3年間の間に好きな人ができても文句は言わないし、お互いの人生でただすれ違ったのだと思う。オレはともに出会えた事は、自分を成長させる為には、必要不可欠な存在なんだ。絶対幸せにしてやるから長い目で待ってろ!!

From Yasuni〜!


2005.12 夢じゃないかしら。と最近良く思います。 私はロンドン大に進学が決まり、彼はこの不景気に、仕事、仕事、サッカーでたのしそう。母も自分の才能を活かせた日々を送っていて、祖母のヨウサイのうでもなっています。自慢話はするもんじゃないと思います。(でもしたい。)だから自分の手元に残らない、ココで発散します。わたしは今、幸せです。幸せだと自分に言いきかせることで、ますます幸せです。単純な自分が好きです。ミジンコ万歳。年末で、死ぬ程忙しい和ちゃん。クリスマスもちっともかまってくれなくて、泣いてしまったけど、電話−それもたった5分の−で「大丈夫?大丈夫?ごめんね・・・本当に大丈夫・・・?」というのに感動・・・というか、うれしなきして、腰をぬかしました。銀行相手だから大変なのヨネ・・・。年末のバカチン。和ちゃんをいじめるナー。・・・でも仕事がないよりは、イイコトなのだと思う。一人じめできそうにないけど、いいや。いつもニコニコしてるけど、私の前だけではおこってネ、泣いてネ。ステキな2人でいられるとイイネ。誰にあてたわけでもない、シュカのヒトリゴト。シュカ。


本にかこまれた生活いいですね。あの世にいってもかこまれたいです。よく無人島に行ったらどの本を持って行くかと言いますが 私は二冊、時刻表と広辞苑ですね。
今日は母がガンの手術をして5年目のささやかなお祝いで小樽へやってまいりました。母子2人旅を楽しんでいます。いろいろなことがありましたが、私はお母さんの娘として生まれ、育ててもらったことに誇りと感謝の気持ちでいっぱいです。お母さんのことを心から愛しています。お母さんこれからもずっとずっと元気でいて下さいネ。また、10年目のお祝いの旅を楽しみにしています。清水節子さま 永井雅子


おじいちゃんへ お元気ですか?おじいちゃんは今何をしていますか?どこにいますか?私は毎日元気にすごしています。おじいちゃんがいなくなってはじめてもっと一緒にいればよかったと思っています。沢山お見舞に行かなくてごめんね。私はいつまでもおじいちゃんが大好きです。遠くから私を見守っていて下さい。これが最初で最後の手紙ですね。悲しいけれどこれからもがんばります。美帆より


2005.1.9 今日は突然小樽に行きたくなり、やってきました。我が家の近くのバス停からは1時間弱でついてしまいました。あっという間だなぁ。今は札幌に住んでますが、地元は室蘭。だからなのか海の街はなんだかおちつきます。ここの文学館は沼田元氣氏の本?により知り、いつか行ってみたい!と思ってましたら、偶然発見。嬉しくなって入った次第です。高校時代に勉強した筈なのに、小林多喜二氏がごう問の上で亡くなったのは全然忘れてました。ごめんなさい・・・無情だなぁ・・・としばしぼーっとしてしまいました。今、我が家は「明日はどっちだ」状態です。正直どうしていいかわかりません。けれど今の気持ちは”おいしいもの買って行って夕はんに食べよう”なので大丈夫なんだと思う。もうちょっと遊んでから帰るから安心してね。>夫 それではまた遊びにきまーす。いつか。さわこ。


2005.1.10 私の将来のだんな様へ 私は現在22才です。今は母と妹と雪まつりを観に札幌に来て、日目は小樽に来ました。北海道は高三の修学旅行以来ですが、冬の北海道もまた素敵です。きっと一緒に見に行くでしょう。そしてこの文学館に来てこの手紙を一緒に読めたらもっと素敵ですね!聖子


2005.1.22 何度でもくりかえし、確かめるように戻っては、ほっとする、故郷とは違うけれど、すてることはきっとないでしょう。私にとって小樽は、いつまでも懐かしい、大事なまちと思っていました。そして今日ここに座り珈琲をいただきながら、事の次第を知りました。忘れていたのでした。思いだしてよかった。また来ます。ありがとう。あい


2005.2.5 未来の私へ 私があなたにいつ会うかはわからないけど、今の私は幸せですよ。1度、高3の時、こんな不幸なことないとあなたは思ったと思うけど、あなたがそこから決意したこと、間違ってなかった!!わたし今自信持って言えるよ。あなたが迷って迷って、本当にあってる道なのか正しい答えとか、後悔とか、いっぱいのこと、多くの人に支えられて、今、正しいって、この道を選んで良かったって言える。私幸せだよ。何回も何回もくじけたり、もうダメだッ!て思ったよね?でも、それでも私1人じゃなかったよ。誰かそばにいてくれたんだ!おぼえてる?わすれないでね。あなたの回りの人のこと。その人たちに感謝の気持ち忘れないでいてね・・・それでは、H17.2.5(土)を生きる今の私より愛を込めて・・・かおりより!


気づくのが遅すぎたね、私達。北海道で、あなたを想う。かしこ


好きな人へ ようちえんの時の、あなたのことをいまでも忘れてはいません。あなたも私のことをおぼえていてくれたなら、私はとてもうれしいです。


好きな人へ ようちえんの時から好きな子がいました。そのひとにまたあえたらうれしいです。このごろわたしの母にその子の母から電話がかかってきています。またあいたいな。


あえない友だちへ もう一回だけでも、あえない親友とあいたいな。またこっちへ来てください。もうすぐたんじょうびだね。わたしはあなたに、たんじょうびカードとプレゼントをおくります。またあいましょう。さようなら


あえない友達へ もう会っていないのは5年近くになりますね。またいつかどこかで会えるのを、私は楽しみにして待っています。体に気をつけて会える日まで元気でね。さようなら 友達より


2005.2.20 伊藤整様 「若人詩人の肖像」や「雪明りの路」に描かれる、無口な少女、でも瞳は自分だけの何かを一心に見つめている少女・・・。セーラー服の高校生の頃から、私は自分や周囲の小樽の少女たちのイメージをそれに生き生きと重ねていました。少女期の終わりに、あなたが少年期の終わりに書いた詩の数々に出会い、今ではそんなみずみずしい日々から遠く遠く歳を重ねています。でも、ふとした時に帰っていくのはあの頃の私。そしてあなたの詩の世界。心のいちばん奥にある。心の種のようなものが人それぞれにありますね。「雪明りの路」の純粋があなたと同じに保たれているのかもしれない私は自分も、周囲の人も少し苦しくしながら、これからも生きて、そしていつか老いて死んでいくのでしょうか。でもいくら苦しくてもその種はすてられない。なぜかって、その種が心にひっかかっているからこそ私は私で、また生を続ける力の源になっていること。あなたならわかってくれますね。またこの懐かしい空間にきます。恵子。


小林多喜二様 冷たかる 小林多喜二のデスマスク 靭く強く生きし 人の顔はも 沖縄県糸満市 玉城陽子


2005.3.6 小樽文学館 私の生まれたふるさとでもある小樽(手宮でS16年6月生れ)何度足を運んでいるかわからない私です。孤独な気持ちのとき、淋しい時、バスかJRでこのごろでは末娘とよく連れ立って南樽方面から歩いたり、どんどんあたらしい店の増えていくのを喜んでいいのか、また余りにぎやかにはなってほしくない思いもあったり。両親特に母も小樽の生まれなので、私は大好きな町になっています。娘も好きといっていつもガラス製品やトンボ玉にはまったり、文学も好きな私と娘、この建物にも何度か立ち寄っています。多喜二、伊藤整、小熊秀雄など興味は尽きない私たちです。「夢」という喫茶店のオルガンなどいいですね。少し水彩画を描いていますので、國松登先生が小樽出身とは知っていましたがうれしいことでした。いつも来てみるたびにあたらしい発見をして帰る私です。昨年2月に母を、今年1月に父を(94才)亡くしてゆき灯りの路の際2月12日は娘と2人の骨を抱いてずーっと街を歩いて行きました。感無量でした。また小樽を訪れたら寄ります。サッポロシ遠藤


2005.3.8 小樽を離れて36年。1年に1・2度、実家に戻るとついふらっと立ち寄ってしまう私の部屋が文学館。何の展示があるかも調べることなくごく自然に足をふみ入れるとなつかしい香りと時を逆にたどる不思議な感覚がよみがえる。こんなLetterを書くつもりはなかったのに、またふらっと来るであろう未来の自分に宛てて書いている。いらっしゃい!今日の気分はいかが?また少し疲れているね。東京の空気にあきたらまたおいでよね。Atsuko shimazaki

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