小樽文学館のご案内

開館時間
午前9時30分より午後5時まで(ただし入館は4時30分まで)
休館日
毎週月曜日、祝日の翌日(ただし土・日の場合は休まず振替となります)、年末年始

市立小樽文学館ご案内地図
小樽は、北海道では函館についで古くから開かれた港町であり、かつて北海道経済の窓口としてたいへんにぎわいました。市内の随所に残る古い町並や重厚な建築に、当時の盛況をしのぶことができます。経済的繁栄を背景に、文学・美術などの文化面においても才能豊かな少・青年たちが全国から集い、互いに励まし、批判しあいながら成長していきました。そのなかから小林多喜二、伊藤整をはじめ大勢の優れた作家が生まれたのです。

これらの作家の著作や文芸誌、また原稿、書簡などの資料類は、現代の私たちに遺された貴重な文学的財産といえます。その散逸を惜しみ、また損傷を防ぐための施設をつくりたいという市民の声が実を結び、昭和53年11月3日市立小樽文学館が開館しました。文学館では、収蔵された資料の保管に万全を期すとともに、将来にわたっての文化の糧とすべく十分に活用されるように努めています。資料の一部は、作家の業績を解説したパネルや、小樽文学史年表、写真などとともに展示紹介しています。これらの展示は小樽の風土と文学とのかかわりを考える糸口となることでしょう。収蔵資料は展示しているものも含め、閲覧研究室でご覧いただくことができます。
常設展示のほかにも文学にかかわる様々なテーマによる特別企画展を催し、文学講座や、作家と作品ゆかりの場所を訪ねる文学散歩を実施しています。これらの催しにもぜひ気軽にご参加ください。

小樽の文学者たち

小樽高商でともに学び青春時代を過ごしながら対照的な、しかしそれぞれに昭和近代の日本文学の本流を歩んだ二人の作家、プロレタリア文学の小林多喜二、知識人文学の伊藤整と、日本独自の発展を遂げた〈私小説〉の作家、岡田三郎が小樽をゆかりの地とする代表的な小説家といえるでしょう。個性と立場の違いをこえて、北海道、そして近代日本に対して問いかけた彼らの問題意識は、亀井勝一郎が小樽の地に育った文学的思潮として語った〈リアリズム〉という言葉に集約されるようです。
北海道漂泊の途上足をとどめた小樽で社会主義思想に初めて触れた石川啄木、北方の叙情を骨太にうたいあげた小田觀螢、庶民生活の哀歓を素朴に描いた口語短歌の並木凡平、劇作家の八田尚之、凡平に師事し、偏見と無理解に抗いながら〈アイヌの誇り〉をうたいつづけた違星北斗。詩人では、伊藤整に導かれ、より現代的な詩才をあらわしながら二十代半ばで世を去った左川ちか、清潔でゆかしい抒情に満ちた作品を遺してやはり早世した大野百合子、〈白鳥古丹〉より、時間に腐食されない硬質の抒情を築いた言葉の彫刻家吉田一穂、多くの作家が沈黙した時代、独自の口語体を駆使して状況を風刺し続けた小熊秀雄、また、高濱虚子の長男年尾を中心として小樽高商に集い、巣立った比良暮雪ら俳句グループ緑丘吟社の青年たち、近代俳句の伝統を忠実に守りつつ郷土俳句に新機軸を画した矢田枯柏、新興俳句運動の一大拠点『句と評論』を発刊する松原地蔵尊。「川柳は詩なり」の主張のもとに、理論、実作ともに全国的な新興川柳運動を展開した田中五呂八、五呂八の指導を受けたアナキズム川柳の八橋栄星。メレヨン島に戦病死するまで困難な戦いを克明に記録した川端克二、国策文学の一端を担わされながらも、被圧迫民族への同情を込めてその苦悩と願いを描き芥川賞を受賞した石塚喜久三、有島武郎と親交を持ち、かたわら数々の童話を発表、北欧文学の先駆的な紹介者となった宮原晃一郎、有島武郎の影響のもとに農業経済学の学究生活のかたわら、虹別開拓農民の悲惨な姿を通して農業世界の崩壊を予知した早川三代治。
これらの人々の文学は、明治開化以来の日本の近代化と軌を一つにした〈北海道開拓〉とは果して何であったかという問いを静かにあるいは鋭く投げかけ、昨日と明日をつなぐ海港小樽の浮標、すなわち今日私たちの指標ともいえるでしょう。