縁起
貞観6年(864年)慈覚大師円仁により開山されました。まだ、平安時代のことです。
東北地方には、慈覚大師開山の寺院が数多くあります。ですが、多くは言い伝えられて
いるというもので、当寺も、言い伝えと思われます。
当寺は、二本松市細野の鏡石という所に建立されたため、鏡石寺となったようです。
その後、何箇所か移転されたようですが、正確な史料はありません。
現在の亀谷の地に移転した理由は、あきらかにされています。
亀谷に移る前は、竹田の池の入り御蔵場山にありました。
当寺の前の道は、昔の奥州街道だと言われますが、ここを参勤交代の行列が行き交った
そうです。その行列の中でも、仙台藩は二本松前藩主時代の遺恨により、火縄銃に火をつけた
まま通り、秋田藩も、槍をぬいたまま通って行ったそうです。
そこで、当時の藩主が苦慮の上、鏡石寺を上野の寛永寺に擬して亀谷の地に移しました。
寺内に徳川三代将軍家光公の御廟を設け、門表には三つ葉葵の紋を用いました。
この後、各藩は馬を下り、最敬礼で通って行ったと言われています。
当寺は、小本山と言われ、近隣の天台宗の本寺格でした。江戸時代のことです。
二本松のお殿様から、十五石のお扶持を頂いておりました。そのため、檀家さんのいない
祈祷寺でした。
現在、第二十二世の住職が、1999年に晋山いたしました。