お寺の掲示板(2002年「真宗」6月号掲載)



伝道掲示板
勇気ですね、一番困るところに自分を置くという勇気です   
                          
                          安田理深


どんな問題でも自分の問題として考えるのが信仰というもので
はないか   
                          安田理深

我々がだまされるのでない 我々が自分自身をだますのだ  
              
                            ゲーテ




   掲示伝道も歩みの一歩



 かほく市高松は、ぶどうの産地として知られ、金沢から車で約40分、能登教区との境に位置する。今般お邪魔した浄専寺は、

高松の中心で、約7千人が暮らす高松地区にある。高松地区では、近辺の当派五カ寺の門徒からなる「高松門生徒会」(大竹

智之会長(注:2002年当時)・浄専寺門徒)があり、毎月七月下旬に暁天講座を開催するなど、住民の門徒としてのつながりも

深い。

 浄専寺を訪ねてまず目についたのは、門のかたわらに掲示板と共に掲げてあった聞法会「生きることを学ぶ会」の大きな看板で

あった。本堂に入ると、今度は、正面内陣側を除いて張り巡らされた法語の多さに驚き、圧倒されながらお話を伺った。
 
 浄専寺で毎月開催される聞法会では、候補衆徒の喜之氏が担当する「五劫思惟の会」(注:現在は「
いのち願いに聞く会」に名

前を変更)で『仏説無量寿経』を読み、「
生きることを学ぶ会」では真宗の僧侶にこだわらずに講師を招いてお話を聞き、住職が担当

している「
大地の会」では「正信偈」を学んでいる。また、二月(注:現在は三月)には安田理深師の無窓忌、七月(注:現在は六月)

には清沢満之師の臘扇忌も営む。
 
 「
寺は仏法・教えに照らされて自己が問われる場です。地域のみなさんといっしょに学び、仏法に照らされて自己をあきらかにする

道を共に歩んでいきたいと思います。それ以外に教化はありませんし、教化は聞法以外にありません
」と、住職は自身の姿勢を語

る。
 
 喜之氏は「
社会問題など、どのような問題も自分の問題として感じ、考えて欲しいと思います。そのような促しをする場が寺であ

り、私たち僧侶の役割であると思います
」と話す。

 「生きることを学ぶ会」の参加者には若い人も多い。「
色々な生き方をしている人に会うことで、また教えを聞くことで自明のことと

していた自身にまず目を向けて、自身の姿をあきらかにすること、そして生き方を学ぶことが大切です
」と、両氏とも聞法の意味を

強調する。
 
 掲示板の法語については、二枚ずつを掲示し、住職が、一枚を安田理深師の言葉から選び、もう一枚は自身が出会って問いか

けられているような言葉を選んでいるとのこと。掲示伝道も、門徒に押しつけるのではなく、自身の歩みの一歩一歩になっているこ

とが窺える。
 
 先の大竹氏は「(浄専寺は)生きることを聞くために足が向く、まさに道場という言い方がピッタリ合う感じがします」と語る。
  
 寺は、住職自身の聞法の場となってはじめて、門徒にとっても聞法の場となる。住職の「
まず聞法者でありたい。求道者でありた

」という強い願いが感じられた。
                                                    
                                        〈坂本 学通信員〉





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