昭和14年2月には、《敵機を受けるか、鋼鉄出すか》という標語のもと【鉄製普及品回収令】が発布。 4月には【映画法】が公布、6月には料理屋などの午前0時以降の営業が禁止され、遊興営業も時間が制限され、ネオンも禁止される。
国内は戦時色がますます強くなり、前年から続く綿製品や金属製品の製造制限が徹底され、 さまざまな生活用品の代用品などが続出し、更に配給となるものが出始め、世の中は慢性的な品不足になってゆく。