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私たちの暮らす信州には、古くから愛され続けてきた誇るべき建造物が数多く現存しています。先人たちが大切に使ってきた建造物を、後世まで伝えたいー。
JIA長野県クラブでは、県内各地を視察して、「信州の建築遺産」を保存しようという活動を続けています。
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1903年(明治36年)宮内庁御料局木曽支局として建設される。木曽は明治から昭和にかけて天皇の山として厳しく管理され、当初の建物 は宮内庁の管轄であり、木曽ヒノキの重要性が伺える。1927年 (昭和2年)5月木曽福島大火によって焼失するが、同年12月当初の様式通りに再建。ただし材料はヒッコリー、米松なとの輸入材を使用している。大火から約半年という短期間で再建をし、国の木曽に対する意味の重さを感じる。
大正から昭和初期における建造物の中で数少ない洋風建築で、玄関・階 段・天井・窓枠など木曽の森林を管理した皇室の威風を伝えている。明治41年木曽支局の下、贄川、薮原、福島、王滝など8出張所及び上松運輸出張所が設置されたが、現存するのは唯一この建物のみである。全国的に見ても旧青森営林局庁舎とこの庁舎のみが残され、当初の洋風の様式を現在に伝える貴重な建物である。

戦後、木曽の山は国有林として管理され、長野営林局庁舎として使用された。国の組織変更により、昭和32年長野営林局が長野に移転したため福島営林署として、平成7年上松営林署と統合し長野営林局森林技術センターとして、平成11年中部森林管理局となったことから「森林技術第一センター」と名称を変更、平成16年同センター廃止。
平成18年木曽森林管理局長より「国有財産の買受希望」が町に提示され、庁内での利用検討会議や地域協議会からの提案、保存をすすめる会の要望などを受け、平成21年買受を決定。土地と建物が町の財産として残されることとなった。しかし再利用の用途の問題、管理運営や耐震補強などの経費の問題など有効な利用方法が見当たらないのが現状である。

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