室町PUNKS
その名を告げるべからず
written by デルタ
月夜。俺は帰ってきた。
「兄ぃ、大変なことになってしもうたな」ニキビ面が発する目立つ甲高い声が、彼を呼び止める。彼は、−−これから先の騒擾の予感を包み隠し、曖昧に頷いた。
「兄ぃが知ってる男衆は、みんなして稼ぎにいってしもうてる」
そうだろう、これほどの稼ぎ時はまたとない。毎日のように騎乗が徒がこの町に入って、陣営を組んでいく。その隊列を追うようにして大量の荷駄が近江から丹波からやってくる。入れ替わりに、貴人が御所侍がしずしずと都を去っていく。
それよりも、明日からも生きなければならない。生きるためには、逃げるか、それとも戦いの中に糧を求めるか……どちらにしても、戦いを避けられない現実と受け止める点では違いがなかった。
「あいつら大丈夫かな?」今日は下京のどこかで花祭りの寺の境内で歌っていたはずの仲間たちを思う。小競り合いがあったというが……。
言い争うつもりはなかったのだ。ただ、彼らのように戦い自体を現実から排除していく、ためには自分たちが無力だということに、先に気付いていただけで。心は同じはず。
俺だって知らないわけではないのだ、かつて見た光景の中にも。−−遠い異国のことであるにしても俺は知っている。路地を軒先を盾に取り銃弾を放つ少年、生まれてからの20年たらずの間に幾度も積み上げられた物語。幼い頃には、爺さんの、南洋での彷徨をいつも聞かされてきた。
−−ああ、うっとおしい。髪を乱すほどに踊って、自分を確かめたい。
「おどってくらあ、トメ、つきあうか!」
「あいよ」
ニキビ面も、眠そうな顔から一転、顔を紅潮させて、外に向かう。
洛北のさらに外れ、賀茂の流れのほとりにある破れ寺
崩れかかった倉の黄ばみ気味の白壁に、オノの影を映し、足指が月を掴み、跳ね上げ、踊る。彼にとって、たったひとつ確かなもの、それは踊ること。
ガキの頃から、踊ってばかりいた。
あちらでも、……今から5世紀後になるあの頃、
学校をさぼっては、ボロラジカセを殴りつつ、ガード下で踊り
大学の試験帰りにもストリートでバク転を決め
勤めの終わった夜にも、ネクタイを取るや、無人のオフィスビルの窓ガラスに姿を写して、列を作って、ステップを確かめていた。
そこに人影がよぎった。
見事なもんやな
白刃を擬して、三人ばかりの腹巻姿の足軽が、彼を囲んだ。不意のことで、彼は、手を挙げることもできない。……おとなしく従うよりなかった。
漠然とだが、予想していた通りだった。こ奴らのネグラへひきづりこまれ、こづかれつつも、聞かれることはただふたつ。
−−残りの4人は、どこに落ちたのじゃ?
−−国々の守護たちの旗分けは、いかになるか知らぬか?
幸か不幸か、俺はどちらも知らない。そんなことより……。
不意に、いらだちがよみがえる。昨夜からひきづっていた澱みの正体だ。
戦いの下で起こる狂騒について、何も知らない、何も感じないような野郎どもに、毒を盛ってやりたかった。
「生憎ね、俺は知っているのさ」
竹の鞭を持った方が、こちらではなく後ろを振り返る。僚友と顔を窺い合うようすだが、それでもやはり、彼のいわんとすることを悟ることができないようだ。
「これから先、京が滅びるほどの争乱になる、そうじゃないな、争乱にしてしまうのだよ、あんたたちが」
「ほざけ、ウヌのような蒙昧の輩に何がわかりょうぞ」
「信じないとは、幸せなご性分で」
さすがに嘲っているのは伝わったのだろう、鞭が肩の肉に食込む。痛みと、裂けた肌のヒリヒリした感覚が、耐えられない。
けれど、彼らの名を−−恐らく本当の名を元にして、また偽名を作ることだろう、こちらは、告げるわけにはいかない。まして彼らが、どこへ落ちていくかなど、推測はあるが、絶対に。
「生憎ね、俺は知っているのさ」
もう一度繰り返した。
知っていることが数多すぎる。そのお陰で悟った教訓もたくさんある。例え自分の体験でないものが大半だとしても、知らずに奔流へ突っ込んでいく勇猛さだけの武者とは、この俺さまとはデキが違うのさ−−。そう言えたらこの痛みさえ快感になってしまうだろうに。
けれど、現実には。彼ら、この時代の足軽さえ知りたがる具体的なことは何一つ知らないのだ。優越感と屈辱とが入り交じり、笑うしかない。
哄笑。もう笑いが止らない。
そう、俺には、俺たちには何もできないのだ。何かをなそうとしても、世間が巧に緩衝して、ウヤムヤにしてしまう。だいいち、誰も俺たちを信じない。”知っている”ことこそが、空元気への最大の近道になるだけ。戦が始まって以来の、自分たちの空回りが、今となると滑稽だ。
あの、右耳の上で髪を括った少女の道化た歌も、殺し合いを前に気持ちだけ高ぶって「僕は荷担できない」といった小柄なあいつも、全ては生きるための方便と高飛びを決めた女も……俺の武者震いも含めて、なんという、思い上がったことを考えていたのだろう。
それでもいってやるよ、お前たちよりよっぽど重大なことを知っているんだよ。
この戦に勝者はいないのさ!!
半日こづき回され、殴られした末、彼は今度は路傍に放たれた。彼の、はじけて止らぬ笑いと、「何でも知っている、500年先まで知っている」と繰り返すウワゴトに、真面目に取り合うだけ損と武者たちがやっと気付いたのだろうか。
彼も、やっと気付いた。「言ってはならない秘密」では、なかったのだと。
彼ら自身に現実感のある話でなかったから……、秘密を明かしてもああして興味を持たなかったのだ。信じずただ怖れるだけの輩に何を言っても無駄なんだと。あいつらが、俺たちを捕らえようとしたのも、俺たちの”知っている”ことを信じているからではない。俺たちのいう内容が、お話として怖い−−それも自分が傷つくのでなく、自分たちの地位が揺らぐ不吉な預言を封じたかっただけなのでは。
本当にこの戦の真実を知りたい人たちに、俺たちの言葉が届いていない。
みんな聞いてくれ。
今から先、お前さんたちの何代も後の人たちも、同じように、戦争を食い物にしようとした。だが、みーんなシンジマッタ。戦争は、どんどんデカクなる化け物だ、いつかは、お前さんたちも彼らと同じように呑まれちまう。
最後に笑うのは、何人もいねえんだ。その化け物と、その化け物の飼い主と、……。
夕闇が近づき、嘴の細い鴉が二羽三羽、いつものように西の山を指してユラリと羽を翻す。市からの帰りらしきお使いの小僧が、彼をいぶかしんで一瞥をくれ走り去る。
幸い、今日は小競り合い一つさえなかったのだろうか。見慣れた夕刻の光景に、彼は我に返って、今度はうつろな笑みを浮かべる。
全ての言葉が、それなりにリアリティーとともに万民へ届いていた、あの頃。
あの頃にたどり着くには、一体なにが必要なのだ?あれか、これか、と浮かんで消える。
テレビ?ノンフィクション本?百科事典?それとも法律?隣人愛?はたまたシミュレーション計算用のスーパーパソコン?、
あの頃に居たはずの、俺自身が、”それ”の正体を知らないのだから、
ほーんと、世話がない!
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| 本編情報 |
| 作品名 |
室町PUNKS
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| 作者名 |
デルタ
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| 掲載サイト |
ほしあかりのゆくえ
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| 注意事項 |
年齢注意事項
/年齢制限なし
性別注意事項
/性別注意事項なし
表現注意事項
/表現注意事項なし
連載状況
/完結 |
| 紹介 |
万年アイドル候補生のモリアミは、なんの弾みか、室町時代の京の都へと流れ着いた。同じ境遇の仲間たちとバンドを組み、当代一の歌姫の名を勝ち取っていく。が戦乱の前にはその絶頂は儚かった。応仁の乱の前兆に怯えながら、彼女たちは、最後の舞台を目の前にして……。
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