おもしろ 三沢 メモ
 2003〜2006




10、SOUND 2
今私の住んでいるところは、ベースのすぐ近くです。フェンスの向こう側はアメリカです。
ですからからアメリカを見たいと思うなら見れるのです。
沖縄などのニュースで、フェンスの向こう側が外国と言うのは不思議な所だなあと感じましたが、
ここに来て別に特別ではない所であることに、慣れてしまいました。
景色もアメリカを見れるのですが、もちろん音も自由に聞こえてきます。
みなさん、目をつぶって、ここはニューヨークやロサンゼルスに来ていると思ってください。何か聞こえてきませんか?
そうです。パトカーのサイレンです。まるで映画か、テレビドラマの刑事ものを見ているように、サイレンが聞こえてくるのです。
昼となく、夜となく、なにごとが起こったのかと鮮明に聞こえてくるのです。
ある音声を聞いていた時、パトカーのサイレンが聞こえてきました。
その音声はN,Yからで、話している方は日本語でした。私はサイレンがN.Yから聞こえているのか、ベースの中の音なのか、分からなくて
私は一体どこに居るのか分からなくなり、錯覚を起こしてしまいました。不思議な感覚です。


9、SOUND 

三沢に来たばかりの事、夜中に、急に大きな音がして目がさめました。時計を見たら二時半です。何の音なのかわかりません。
あまりに大きな音で、気になり眠れません。しばらく続き、今度は音が変わりました。どうやら飛行機の移動していく音のようです。
地元の人に訊いてみらた、どうやら貨物機のようです。アメリカに飛ぶための準備で夜中に飛行するようです。
また、ある夜のこと。突然ドオ〜ンと大きな音がしたました。何かと思い窓を開けて近所を見渡しました。でも、誰も騒いでいません。
よぽっど警察に訊いてみようかと思いましたが、私一人であわわてていたようなのでやめました。
隣人に訊いてみたら、うん、いつもなんかあるのよ、とのこと。あまり気にしないほうが、三沢ではよいようです。


8、幻の車 1

ご存知のように三沢にはベース(米軍基地)があるので、外国人とその家族も市内には住んでいます。
その中の子供たちは、市立の学校に通っている子もいます。ランドセルを背負って日本人の小学生と一緒に下校している子を見ました。
普通に溶け込んでいました。
しかし、あるとき私は目が点になりました。市内を車で移動中、うっ!どうしてこんな車がここを走っているの?
なんとアメリカの国で走っている、スクールバスが信号で止まっているではありませんか。
毎年3月に遣わされるマーリン子供アメリカチームの、LAで見たことがあるのと、三沢基地のイベントで基地見学用に使っていたのが、
同じバスです。でも市内を走っているとは思ってもいなかったのでびっくり。
いつも突然現れるので(実際には14時過ぎ頃)、デジカメを用意しているうちに青信号で行ってしました。
ドライバーは黒人のかた、生徒はいませんでしたが。いつか写真におさめたいな。


7、ミサワ生まれです。

やっと春らしくなってきましたね。あんなにあった雪は何処えやら消えていきましたが、
季節は確実に春です。動植物も素直に春対応です。
三沢はベースと航空自衛隊と民間機の飛行機が毎日飛び交っています。
来た当初、夜中の2時に突然の飛行機の音で目がさめましたが、今は気にならずよくねむれています。
  気にならない方を発見しました。ある日のこと、家の中にいた時、どこからか「ホー、ホーホケキョ・・・・・(もう一度)ホーホーホケッキョ・・・」
の声。うぐいすだ!裏の竹林あたりに止まっているのでしょうかすぐ近くのようです。
あっ、また鳴いている、今度はうぐいすの谷渡りまでしている。
三沢でうぐいすを聞こうとは思っても見なかったのでひとりで喜んでいました。
そこへ、突然、ガアーーーーーーーという地響きと共に戦闘機の爆音が響いてきました。
「(あっ!うぐいすが飛び立って逃げていくよー残念。)」と思いました。が、、、、。なんとそのうぐいすは爆音に負けずに、
澄んだ美しい声を、何事も無かったかのように平然と奏でているではありませんか。
このうぐいすは三沢生まれだったんですね。きっと卵の中の時も爆音を聞いているので慣れていたのでしょか。
どんなことがあっても、びくともしない基盤を持っているのは強いですね。
神様の言葉は変わることの無い硬い土台です。揺り動かされないようにしっかり立っていきましょう。


6、ジャパニーズ・テイスト

 ある日、八戸から三沢行きの電車に乗ったときのこと。
時間は21時過ぎでしたが、高校生くらい(私にはそう見えた)の男の子3人が先に車両の隅に乗っていました。
外国人です。三沢行きだからベースの子かなと思い、
ヒアリングの練習になると思って同じ車両の反対側の隅に座りました。
出発前に何やらおしゃべりしています。ちらっと見ると、片手にスナック菓子を持って、議論の真最中でした。
「オイ、お前のその味、なんの味だ?」「これはーー。うん・・・・?・・?・・。なんだ。のりとソースの味だよ。へんな味だ。」
「ちょっと食べさせろ。うーーん。・・・・・・・・。変な味だ。どうして日本人はこんな味が好きなんだろうね。」
パクパクパクパク・・・・・・・・・・・・・・完食!
連想ゲームの用にわたしの頭の中に浮かんだものは、たこ焼き味かお好み焼き味のスナックを食べている様子です。
外国人と日本人の味の違いはありますよね。でも、おいしいものはおいしいですよね。
 
アー、あの国のあれを食べたいナー。天国にはどんなお料理があるのかたのしみです。
あっと!!天国では飲んだり食べたりしない体に生まれ変わるんだっけ!!
神さまといっしょだもの、お腹の満たしよりももっとすばらしい神さまの愛で満たしてくださるんですよね。
以前、近くの黒人教会の牧師さんが、クリスマスが過ぎて年末前に、アメリカの食べ物をたくさんくださいました。
ハンバーガーヘルパー、お米調理用のソース、果物の缶詰など等。
食べ慣れないせいか、ちょとわからない味でした。特にソース類は。缶詰はデルモンテ製だったのでおいしかったですよ。


、JAPANESE FUTONN !

FUTONN以前、礼拝場所として借りていた町内に、大きな振り子時計が2階から下がっている、とても目立つお店ががあります。
そして、なにやら英語の看板があって、読んでみてうん?とうなってしまいました。なんと、「フトン」屋さんだったのです。
オーダーメイドで、King、Queenサイズができるんですね。お店の奥さんにお話をきたら、
米軍基地(ベース)の外人さんが日本の柄の生地で、お布団に寝ると気持ちいいので、注文に来るそうです。
でも困ったことに、生地は日本サイズなので、工夫して四苦八苦して作る、ほんとにオーダーメイドしているんだそうです。
外人さんは結構難しいオーダーを言ってきて、何度も作り直すことがあるそうです。
でも、心を込めて一生懸命オーダーどうりに作って、出来上がってくると、とっても喜んでくれて、
次にお友だちを紹介してくれて、連れてくるそうです。

ちなみに、ここの奥様は英語が話せないのですが、身振り、手振りの日本語で、接客しているそうです。
案外判ってくれるよ、とニコニコと語ってくださいました。
コミュニケーションがとれたなあーと思ったら、ものずごく怒って来て、
少しほころびたカバーに苦情をいいに来るときもあるそうです。
でもいつものとうりにニコニコと日本語で穏やかに話すと、繕いが済むまで待ってくれるそうです。
外人さんの対応は日本人とちょっとちがうようですね。


 4、 あいさつは「こんにちは」

三沢にきて、いいところだな〜と感じたところに、住んでいる人たちがあります。
はじめは、Nチャンの保育園のお友だちやおかあさん。ご近所の方にも、段々なれてきて、ごあいさつしてます。
でも、み声新聞を配達しに、初めての場所に行っても、住人のかたに、「こんにちわ」と声を向こうからかけてくれます。
雪かたずけをしていたら、散歩中のご夫婦からも、横から「こんにちわ」と。初対面なのに不思議です。
これは、子ども達もみんなです。なんてあいさつができているところなんだろうとおもったのは、最初は子ども達からでした。

しかし先日、他の遠くの市に新聞を配ってきたときは、小学校のすぐそばでしたが、
あいさつしてくれる子ども達はいませんでした。

やっぱり三沢はあいさつの国です。神さまはあいさつを通して関わりを開いて下さっておられるのでしょうか?
これが「シャローム(平和がありますように)(ヘブライ語)」という神さまの、祝福の言葉と変わったらいいな。

3、「(ジェントルマン)

9月24日、三沢に遣わされて早、2ヶ月。この日は初めてのカリスマ聖会でした。
朝から準備に追われて、会場セッティングで目が回っているような忙しさでした。
しかし、聖会はとっても神さまのご臨在があり、祝福の時でした。
やれやれ、かたづけも終わり、さあ、家に帰って弘前聖会に行く準備だ〜とばかりに、気ばかりあせって、
車の荷台のドアを閉めたかどうかの確認をしていませんでした。
それは、メイン道路に出て、右折時に起こりました。ガラガラ〜ン。。ん・・・??。。
バックミラーを見ると、なんと荷台のドアが開いているではありませんか。と、落ちたのは、
そう会場から運んできた教会の椅子なのです。
すぐに車を寄せて、椅子の回収に道路に戻ったら、3客の椅子が散らばって落ちていました。
椅子を両脇に抱え、対向車を気にしつつ、中央線で車の通り過ぎるのを待っていました。
ところが、私の前に来た車がなかなか動かないのです。
えーどうしたのかな〜?と運転席を見ると、外国人さんでした。
親切にも、か弱い(??)日本の女の子が椅子を抱えて居るのを見て、渡るまで待ってくださったのでした。
いつもだったら人が居ても危なくないようだったら、車は優先で通り過ぎるのですが、
危ないと思ったのか、女性が荷物を抱えているのを見て、大変だと思ってくださった外国人さん。
思わず、優しい〜、ジェントルマンと心のなかで言って、感謝して渡りました。

三沢に来て感じた事の中に、車がわりとゆっくり走っているなあーと思わせられました。
2〜3台並んだトップの車が優しく走っているように思えるのです。
制限速度をきちんと守って走っているだけなんですが、だいたい、運転席を見るとやっぱり外国人さんです。
見習わないといけないな〜と、あらためて感じました。


2、「二ヶ国語だあ〜。」

三沢にはご存知のように、米軍基地があります。当然外国人がいます。で、英語を話すのです。
私は英語が話せないので、苦手なのです。
でもここに遣わしてくださった神さまは,ご計画を持ってここに来させてくださったのですから、今は感謝しています。

引越ししてまず、住所変更にいきました。運転免許証の書き換えに警察署に行った時のことです。
私の後ろに続いて入ってくる人の気配は感じていましたが、どんな人かは見ていませんでした。
私は左に行き、そのかたは右に行ったようでした。受付用紙を書いていたら、
後ろでガハハハ--と言う笑い声が響いていました。振り向くと、外国人.それも、迷彩服の軍人さんでした。
当然応対している警察官の方も英語対応です。それも楽しそうに笑いながら話しているではありませんか。
当然基地の町ですから、これがあたりまえなんだと思わされてしました。

また、携帯電話を申し込みに行った時のこと。某会社に説明だけ聞きに行きました。
そしたら、なんと私の通っていた高校の町に住んでいた方が受付に居ました。
三沢支店に来て約一年とのこと。どうしてまた、三沢に赴任したんだろうと思いましたが、ひとまずその日は帰りました。
翌日、再びそこに行ったら、昨日の方は、外国人を相手になんと英語で応対していました。
三沢に来た訳が分かりました。英語が出来るからなんですね。

以前住んでいた所だと、英語、外人とう言うだけで、スタッフがあたふたと右往左往するのに、三沢では、
すぐに英語対応が自然な感じでされています。私は英語が話せませんが(いえ、話せます。信仰告白、信仰告白)、
はなせ(る)ない人を送ってくださる神様の計画は、おもしろいです。.


   1、 「ここは、いったいドコ??」
 

米軍基地(ベース)のゲートを出て、まっすぐ進むと、アレっと?思わされました。
看板の文字は英語あり、中国語ありで、ようく目をこらして、読んでいくと・・・・ああ、何屋さんか!と分かるお店が続く通りがあるのです。
この通りのカラーも、色あせかけた(すいません)ピンクで、どこか、アメリカの通りの一角と言ったところです。
マーリン・アメリカチームに行った時の、ロサンゼルスにいるような、錯覚を起こしそうになってしまいました。

 でも、ここだけではなく、日本語の次に英語が書いてあることがいっぱいあるのに、気がつきました。
と言うことで、次回は「二ヶ国語だ〜!」です。...


おもしろ 三沢 メモ


初めて、ミサワに来たのは、記憶の新しいところでは、4年くらい前でした。そのときは夜のこともあり、
自分で車を運転していなかったので、ミサワの町並みを知りませんでした。 

 しかし、今回、「住む」こととなり、よ〜うく観察するとなく目に、耳に味覚にとびこんでくることに、
毎日発見と、おどろきの連続を受けています。 

と、言うことで、「おもしろ 三沢 メモ」を書いてみることにいたしました。
一回目は「ここはいたいどこかな?」と思わせる「通り」がありましたです。