STARTING

アーサー王伝説の概要

ここでは、アーサー王伝説をご存じないかた向けに、
物語のあらすじなどを書きました。
もっと詳しいことを知りたい方は、
ぜひこのサイトのリンク集で、研究系サイトへ飛びましょう(^-^)



◆アーサーの出生◆
今からおよそ1500年前のブリテン島。
イングランドの王、ウーゼル・ペンドラゴンは、コーンウォールのティンタジェル公ゴルロイスの妻イグレインに横恋慕し、魔法使いマーリンの力を借り、魔術によってゴルロイスの姿を借りて彼女と床をともにしました。
その時、イグレインは身ごもり、のちに男の子を出産。
しかし、その赤子は生まれてすぐに、魔法使いマーリンとウーゼルの約束により、マーリンがいずこかへ連れ去ってしまいます。
その後、その子供はアーサーと名付けられ、騎士エクターの息子として育てられました。



◆石に刺さった剣◆
やがて、ウーゼル王が亡くなり、後継者がいなかったために争いが起こりますが、ある時、カンタベリー寺院に、剣が刺さっている不思議な石が現れます。
その剣には、「この石から剣を抜いた者は全イングランドの王である」と書かれており、イングランドじゅうの王や領主や騎士たちが剣を抜こうとしますが、誰にも抜くことができませんでした。
その頃、15歳のアーサーは兄ケイ卿の従者として騎士見習いをしていましたが、馬上試合で剣を持って来るのを忘れた兄のために宿へ戻る途中、その「石に刺さった剣」を見つけ、何気なくその剣を抜いてしまいました。
アーサーが剣を抜いたことを知ったエクター卿は、アーサーが自分の子ではなくケイの弟でもないということをうち明け、また、マーリンはアーサーの父親がウーゼル王であることを明らかにします。
こうして、アーサーは即位しましたが、即位に反対する王や諸侯との内戦が始まりました。
反対勢力の中心であったのは、オークニーとロージアンの王、ロットですが、彼の妃モルゴースはアーサーの異父姉でした。
戦は長く続きましたが、アーサーはマーリンの助言とベンウィックのバン王たちの協力を得て勝利を収めたのです。
その後も、内外の戦乱を数多く勝ち抜き、特にブリテン島にとって脅威であったアングロ・サクソン人を壊滅的にうち破ってからは、平和な一時代を築きます。
彼の王国は「ログレス」、都は「キャメロット」と呼ばれたと言われています。



◆エクスカリバー◆
ある時、剣を折ったアーサーは、マーリンに導かれ、ある湖を訪れました。
不思議なことにその湖面から、白い衣をまとった女性の腕が突き出ており、そしてその腕はひとふりの剣を握っていました。
その剣はエクスカリバー。
アーサーはエクスカリバーを湖の貴婦人から譲り受け、生涯その身に帯びることになります。
また、エクスカリバーの鞘は、身につけている限り、どんな傷を負っても一滴の血も流れないという魔力を持っていました。


◆円卓の騎士◆
アーサー王の時代を象徴するのが「円卓の騎士」です。
円卓とは、文字どおり、まるいテーブルのことで、その席につく者は身分の上下に関わりなく対等であるという意味があります。
席の数はさだかではありません(文献によっては、13人説、24人説、150人説、1600人説‥‥‥(^_^;)
が、その席に決められた騎士の名前が、テーブルの上に金文字で浮かび上がっていたといわれています。
騎士たちは、戦乱の時期にあっては、アーサー王の戦士として勇敢に戦い、また、平和な時代においては自ら冒険・探索の旅に赴き、時には困っている婦人のために、あるいは名誉をかけて馬上槍試合に臨みました。



◆アーサーの血族◆
アーサー王の母イグレインには、前の夫ゴルロイスとの間に3人の娘がいました。
長女モルゴースは、オークニーとロージアンのロット王の妃となり、4人の王子、ガウェイン、アグラヴェイン、ガヘリス、ガレスをもうけました。
アーサーが即位したばかりの頃、アーサーはモルゴースを姉とは知らずに床を共にし、男の子、モードレッドが生まれます。

末娘のモーガンは、父が死に母イグレインがウーゼル王と結婚した頃、幼い内に尼僧院に預けられて育ちました。
その尼僧院で魔術を覚えた、とも言われています。
後に彼女は、ゴールのウリエンス王の妃になり、王子イウェインを生みます。
やがて、モーガンは、弟アーサーを亡き者にして自分の夫も殺し愛人アコロンを王位につける計略を企てました。
その企みはいずれも成功しませんでしたが、モーガンはアーサーのエクスカリバーの鞘を奪い、湖へ投げ捨てました。
身につけていればけっして持ち主は血を流さない魔力を持った「鞘」は、こうして永遠に失われたのです。

モルゴースの5人の息子も、モーガンの息子イウェインも、円卓の騎士の一員となります。


◆聖杯の探索◆
アーサー王の妃グウィネヴィア(ギネヴィア)は、円卓の騎士であり湖の騎士と呼ばれるランスロットと恋に落ちます。
ランスロットは主君の妻であるグウィネヴィアにまことの愛を捧げることを誓い、事実、グウィネヴィアの名誉のためにあるいは彼女の命を救うために数々の冒険を成し遂げました。
しかし、ランスロットはある時、カーボネックの王女エレインをグウィネヴィアと思いこみ(エレインは魔法でグウィネヴィアの姿になっていたのでした)愛を交わして、息子ガラハッドをもうけます。
ガラハッドが成長して騎士になり、円卓の騎士に加わった時、不思議な聖杯が出現し、それを目の当たりにした騎士たちは、聖杯の秘密を求めて冒険の旅に出ます。
しかし、その冒険は過酷なもので、多くの騎士が命を失いました。
聖杯は、まことに汚れのない騎士だけが見ることを許されると言われています。
ランスロットはグウィネヴィアに対する恋心ゆえに、聖杯を見極めることは叶わず、一方、ガラハッド、パーシヴァル、ボールスの3人は聖杯探索の旅を成し遂げましたが、その後ガラハッドは、神への祈りの生活の果てに昇天します。



◆円卓の崩壊◆
ある時、ガウェインの弟アグラヴェインは、王妃グウィネヴィアとランスロットの不倫の仲をアーサー王に告発するために、ふたりが王妃の部屋で密会していた現場を取り押さえます。
ランスロットは脱出しますが、その時に、アグラヴェインを殺し、モードレッドに重傷を負わせました。
王妃は反逆罪に問われ、火刑に処されることが決定。しかし、刑が執行される寸前にランスロットが駆けつけ、王妃を救い出しました。
ところが、その時ランスロットは、刑場を警備していたガヘリスとガレスを殺してしまいます。
ガヘリスとガレスはガウェインの弟であり、この日は王妃の刑に賛成したと思われたくないという理由で、武具を身につけていませんでした。
しかもガレスはランスロットを慕っていて、騎士叙任を彼から受けた騎士でもあったのです。
この二人を殺されたガウェインは嘆き、怒り、ランスロットに復讐を誓います。
アーサー王は甥のガウェインとともに、ランスロットの居城を大軍で包囲しました。
一方、王妃を連れて逃れたランスロットの元へも彼を慕う騎士たちが数多く集まっていました。
ランスロットはアーサー王と戦う気はありませんでしたが、ガウェインの怒りの前に戦は避けられず、多くの兵が死にました。
ガウェインはランスロットに一騎打ちを申し入れ、激しい長時間の戦いの末にランスロットはガウェインに重傷を負わせます。
そんな時、アーサーが戦の間、国の留守をまかせていた息子のモードレッドが反乱を起こしたのです。



◆アーサー王の死◆
アーサー王とモードレッド両軍の最初の戦で、ガウェインが命を落とします。
ガウェインは死の床で、ランスロットに謝罪と、王への助力を願う手紙を書きました。
アーサーとモードレッドの戦が続く中、ある時、アーサーがまどろんでいると、その夢の中に死んだはずのガウェインが現れ、「和睦を申し入れて戦を中断し、ランスロットの援軍を待つように」と告げました。
しかしその和睦は成功せず、最後の激しい戦いが始まってしまいます。
両軍の死骸が累々と横たわる中で、アーサーはモードレッドを殺しますが、モードレッドが振り下ろした剣で瀕死の重傷を負います。
アーサー王は自分の傷の重さを知り、側近のペディヴィアにエクスカリバーを湖に投げ入れるように頼みました。湖に剣が投げ込まれると、水中から腕が現れて剣を受け止め、三度振ってから、再び、剣と共に水中へ沈みました。
アーサーはペディヴィアとともに水辺に降りていくと、そこに一艘の舟があり、その中には3人の貴婦人がいました。
その貴婦人のひとりは、アーサー王の姉モーガンで、アーサーの頭を自分の膝へ乗せながら、
「弟よ、どうしてなかなか私の所へ来なかったのですか?頭の傷がすっかり冷えてしまっています」
と嘆きました。
アーサーは、ペディヴィアに「私はアヴァロンへ傷を癒しに行く」と言い残し、アーサーを乗せた舟は湖の彼方へ去っていき、やがて見えなくなりました。


◆墓碑銘◆
アーサーが去ったのち、グウィネヴィアは尼僧となり、そのことを知ったランスロットも俗世を捨てて神に仕える生活を送りました。
アーサー王が本当に死んだのか、あるいはアヴァロンへ旅立ったのかは誰にも解りませんが、グラストンベリ修道院に遺されていたというアーサーの墓にはこう刻まれていたと言われています。

『ここに、過去の王にして未来の王アーサーは眠る。』


◆伝説◆
5世紀から6世紀にかけての、アングロ・サクソン民族と先住民ブリトン人(ケルト民族)の攻防は、歴史上の事実です。
結果として、サクソン人はブリテン島・イングランド(イングランドとは、アングル人の国という意味です)の支配者となり、ブリトン人はウェールズやスコットランド、海を越えたブルターニュへと追われました。
しかし、ブリトン人たちの英雄、かつてサクソン人をうち破った戦将の記憶は、たぶん、根強く語り継がれていきました。
そして、その記憶こそが、のちの「アーサー王の伝説」へと変化していったと思われます。
アーサー王伝説は、その後およそ千年の間、欧州各地に伝わっていき、各国の、それぞれの作者による「伝説」「物語」が創られていきました。
ここに書いた「あらすじ」は、15世紀のトマス・マロリーの物語を元にしました(でも、できるだけつっこみと私情はまじえないように我慢しました。笑)が、作者や著作によって、本当にずいぶん味わいが違います。
これから古典のアーサー王伝説をお読みになる方は、ぜひ、少なくとも2冊以上は読み比べてほしいなあ、と思います。

目次へ戻る