養老五年(721年)、行基菩薩が開基。阿弥陀如来を本尊として現在地より、東三キロメートル菩提山(312M)に山寺としてあった。
天長元年 弘法大師が毘沙門天像を刻んで守護佛として安置。
当寺は 藤目城主の菩提寺としてつとに知られ、密性上人は顕密に秀いで藤目城主 斎藤下総守の帰依を受ける
弘治四年(1556年)長曽我部元親の讃岐の国乱入の折、藤目城は落城、当寺も兵火を受け焼亡する。
藤目城は四方堅として、東に弁財天、南に不動明王、西に地蔵菩薩、北に毘沙門天を配していたが
北方の毘沙門天は当寺の尊像で藤目城落城の折、奇しくも難をのがれて、再び当寺に奉祀された。
本尊 如意輪観世音菩薩は、半伽思惟の像容で六臂、法輪を転じ、一切衆生の願いを叶える観音である。
この如意輪観音は紀伊の郷にあった精光寺の本尊であったが、慶長七年(1602年)精光寺と辻が里の大善寺を合併し
美濃国 山下才治郎によって 再興されて 当寺に祀られ今に至っている。

↓藤目山

藤目山
極楽寺 縁起

菩提山

菩提山

極楽寺 外観

藤目山