1991年7月7日、パリで行われた「1992年春夏パリメンズコレクション」において、三宅一生は伝統的なざらざらした(きめの粗い)日本の織物から成るジャケットを発表した。
木の幹と同種のシックな明るい茶色のとけた素材によって伝えられた原始の手触りは、静かな気品(威厳)の印象をつくり出す。全体の見かけは、古代縄文人が着ていたと思われるもの、あるいは仏教僧によってずっと着られている僧衣に似た頭を入れる穴のあいた毛布のようなマント(ケープ)のうちの一つである。
斬新のカットは紛れもなく20世紀最高のものと位置づけた。このひとつのジャケットは自然にさらされて成長した野生の「シナノキ」の樹皮から得られた原始の耐久力を持つデザインの洗練された感覚と見事なファッションに溶け合っていた。
実際、この作品はある意味でしっかりと母なる地球に根を下ろしたシナノキの生命力への賞賛である。
織物自体は、原始布織工房(出羽の織座のこと)の会長である山村精によって作られたものである。
「この種の素材が、いつ初めて現われたのか」我々にはわからない。しかし、木の皮から衣服を作る慣習は、明らかに縄文時代にはすでに広まっていた。古代の人々は、このジャケットのようなシンプルな布切れを身に纏っていたと思われる。
1950年あたりまでそのうようなシンプルな織物は、日本のあちこちで作られ、毎日の農作業着やその他の仕事着として日常的に作り使われていた。しかし、最近ではほとんど消えてしまった。なぜなら、それを作るには長い時間と仕事を必要とするし、技術を受け継ぐ物も不足しているからである。ごく小量だけ、人里離れた田舎の村のおばあさん達によって作り続けられている。 「私は、この衣服の素朴な美に魅了されている人々のうちのひとりであり、それを後世にまで残すために熱心に働いている。」と山村は言う。
日本独自の美しい自然の特質がこの織物の中に織り込まれ、何千年にもわたって我々に伝え残されている。三宅は、その魅力をはっきりと出すのに成功した。ショーに出席したメディアと同様に観客は、もう一度ファッション業界での三宅の才能を思いおこし、そして、尊敬するに至った。(近藤ひさし 和訳/山村幸子)