運動が苦手で体力のない私は実を言うと農作業は少々辛い。  中でも田植えの補植(欠株を手植え)程、腰の痛い作業は無い。    大嫌いだぁ〜いや、かつて大嫌いだったのだ、、    だが、ある日この考えが一変する。
私のあまりの仕事の遅さにゲンさんが近所のオバチャンをヘルプに頼んでくれた。(このオバチヤンは有名な必殺仕事人である。   村一番の反当たりの多収をあげ、なお且つ人情家でもある。)
しぶしぶの私に、オバチャンはこう話した。「由美子ぉ〜。ぬげ田(補植)は辛い。でも、この1株で、わらはんど(子供達)さ、新しいパンツ買ってあげる、、次の1株で美味しい菓子買ってあげるって思って植えろ!  へば、なんも、辛ぐねぇはんで。(そうすると、なにも辛くないよ)」と。    素直にうなずけた。
なんか、ジ〜ンと心に沁みた。辛い時、私を支えてくれる言葉。 
 
子供を慈しみ、日々の農作業を大切にこなすオバチャンは人生の先輩でもある。       
今でも忘れられない会話である。

                    「オバチャンは、愛も仕事も 村一番」
 
前述のオバチャンの凄い所はもっとある。何と稲と会話するのだ。  後に、ゲンさんや私が田んぼで稲に語りかけるのはこの
オバチャンの一見奇妙とも思える行為に感動を覚えたからである。 冷害時は「寒びべ。水こ入れるはんで、がりっと強くかがれ!(寒いだろう。深水にするから、しっかりと力強くなれ!)、、」と。   収穫前の穂肥には「けっぱって良い穂一杯付けでけれ。(頑張って充実した穂をつけてくれ)」。 また、病害虫予防には「なんど、みっつどかがれ!けっぱって虫だの病気だのさ負げねんでろ。(お前達、しっかりとしろ。頑張って虫や病気に負けないで)」など等。
  アホじゃね〜の!!との声が聞こえてきそうですが、また、そんなんでいい米が出来るものかって言われそうですが、、
私も止められませんねぇ。  
「稲に語る。あんたも私も、(新興)宗教か?」

農家をやっていると経費もかかる。農薬(これは普通栽培。ちなみに無農薬米では酵素や漢方など)や肥料、雇用人夫代、土地改良区代(田んぼの基盤整備)、水利費(水の利用)や機械代。トータルでかなり莫大である。  なかでも最も高いのはコンバイン。
車と同じで耐用年数がある。ゲンさんはかなり慎重で扱いが丁寧だと思うが(と、私は思っている)なんせ請負の刈り取りもこなしているからコンバインもフル回転である。今年我が家はコンバインの買い替えに踏み切った。
ご存知の通り、米は減収が確実であるが、何度も夫婦、機械屋とで話し合った末の決断だ。今までのコンバインの査定価格が高いうちに乗りかえるのだ。(毎年の整備修理費も年毎に高くなるのだ)  稲刈り時は私の父がシマ刈り(田の4隅を手刈りする)を手伝ってくれるが、その父も70歳を過ぎた。いつまでも現役で助けてはくれないだろう。そのため、コンバインの旋廻するスペースをも機械で刈れるタイプにしたかったし、機械屋も値引き率を頑張ってくれた。どのみちコンバインはローンである。早く支払い、早く終わりたい。
   (これって、考え方次第なんだけどぉ〜!? まぁ、日々頑張る 父ちゃんの意を汲んで賛成する。)
     
石川啄木「働けど、なお働けど暮らし楽にならざり。じっと手を見る」(だっけ?)を実感。                                        まぁ〜いいかぁ〜?!
              
 「とうちゃんに、天国と地獄の コンバイン」

「農家はバクチである。」と言う人がいる。「農家はバクチであってはいけない」と言う人もいる。  もちろん私も後者の意見に賛成だ。 生活の為にも収入が安定してなければいけない。  その為にはもちろん先見の明が必要だし、農作物に対して日々手間隙、愛情を注ぐ事が不可欠だ。   しかし、悲しいかな、どんなに努力しても豊作、不作がある。
私のの実家も農家だったから、(兄は青森市に居を構えているので今は父母がこじんまりと田のみを耕作)幼い頃から父母の手伝いがあたりまえだった。だから、収穫の苦しみや価格の上下には子供ながら胸を痛めてきた。
(その痛みの為、未だに私の胸は小さいままだと本気で思っているほどだ。) だから、できるだけ我が子に苦労を見せたくないとゲンさんも私も思っている。子供は子供の人生、夢があるのだから、、と親の職業を強制的に引き継がせることはしたくないと2人で話している。(まぁ、どちらか家に残るといえばそれはその時だが)農家だからといって慎ましく暮らすのが当たり前、、とは思わない。それでも海外旅行したりとか、ブランド品に囲まれたいとも思わない。  少しの余裕と、子供の望む道に進ませるだけのお金が残ればいいのだ。  
今年は我が子達も「今年のお米の出来はどうなの?」と聞いてくる。「お金あるの?」とシビアな質問も。   子供に要らぬ心労を与えたくはないが、少しはこんな風に家計や、家族の絆なんかも気に留める事も教育の一つかなぁと思う。  余りにも現代は欲しいものが手に入りやすい。また手に入れるために安易に犯罪に走ったりする。
我が子も同じだが、「我慢する」と言うのが死語になってきたように思う。  少しは心配させるのも良いかぁ〜?
         
       「ぺチャパイは、幼き心労 物語り
 
農家としても、人間としてもまだまだ未熟な私。
              農作業を通して色んな事を学ばせて頂いています

家族の支えや、農作業のお手伝いをしてくださる方の教え。また、ご近所のオバチャンの励まし。 
 PCを通じてご指導くださる方々のアドバイス。もちろん、主人(ゲンさん)との会話であったりと、、。  
         発展途上農婦の、さり気ない日々で感じた、気の向くままのページです。 
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