| 道分稲荷神社は大正4年10月創建された。 |
| 明治27年播但線の敷設と同じく福崎駅が設置され、それ以来駅前は |
| 長足の発展をなし、商工業者の移住する人々も年々増加、明治末頃は |
| 百戸以上の大字(おおあざ)を形成し、郡内枢要の商業地であった。 |
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| 今、その重要な機関を挙げれば、銀行や莚叺(むしろかます)製造工場に |
| 製材所、精米所、酒造所、印刷所、ほかに女子技芸学校(現、福崎高等 |
| 学校)病院、米穀検査所、莚叺検査所等々すべての機関をそなえ、 |
| 時の趨勢を考えれば将来に町制実施の市街地となるは、そう遠くない |
| と思われる。 |
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| しかし駅前は新開地ゆえ、崇敬すべき神社なく、信仰する祭祠なきは |
| この地の欠点と住民は常々思いながらも、祠創立の話、度々の議題に |
| あがるのみ空しく歳月すぐ。 |
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| 時に大正4年11月、大正天皇即位の御大典が行はれ、全国各神社で |
| 盛んに式典が行なわるにあたり、駅前地区に、熱誠な祠創立の機運は |
| 盛上る、祭神、宇賀御魂神を京都伏見稲荷神社より、又岡山最上稲荷 |
| 大菩薩の霊勧請し、御大典を永く記念し駅前住民の敬神の場となす。 |
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| 住民の商売繁盛や学芸向上の祈念の場とし近年は、万を数へる人出を |
| 見て盛大な夏まつりが行われるようになり、嬉しく思い祠創立に甚力 |
| された人々に感謝しこの文を綴る。 |
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| 参考
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境内6坪 |
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崇敬人員 |
500人(創立時) |
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創立時寄付金 |
351円50銭 |
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