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― 管理人プロフィール ―
最後のページまでお越しいただいてありがとうございます。私と引越しとの出会いなど、ご興味のある方はぜひ
ご覧ください。サイトの公正さを保つため、私の勤務していた会社名は伏字とさせていただきました。また私の現在の
職業も秘密です。
おそらくどなたでもご存知の○○○引越センターというところで働いておりました。作業員、見積もり営業、配車など
引越しに関わる業務全般についての知識を持ち合わせております。また○○運輸株式会社という、これもまたどなたでも
ご存知の運送会社の下請けとして、個人の運送会社を経営していた経緯もあります。
仕事がら潰しがきくようにと、運転免許試験場に通い、運転免許試験場で取得できる免許はすべて取得しています。大型
特殊二種などはまったく使い道がなさそうですが、持っている人が少ないので知り合いによると自慢してもいいそうです。
また飛行機の操縦免許も所持しているのですが、けっして免許マニアではありません。お金持ちでもないです。自分では地道に
コツコツ派だと思っています。そしてなんと!アメリカの飛行機の操縦教官の資格を持っているのです。いつかアメリカに
永住することを夢見て、日々過ごしております。
若い頃には宅配のアルバイトや納品代行などもしていましたが、私の場合、何といっても引越しとの出会いが強烈でした。
私の引越作業員としての初仕事は地方からの10tトラック満載の荷物を6階の新築マンションへ搬入するというものでした。
6階ということで当然エレベーターがあるものと、男2名、女2名で一日かかっていいからやって来いというものでした。
しかしそのマンションには1階がなく、実際には5階建てだったのです。しかもエレベーターなぞありませんでした。
地方からの10tトラックの運転手は傭車といって、引越作業はやらない契約だったので、荷物をすべてマンションの
下に降ろしてとっとと帰ってしまいました。重量物はすべて私ともう一人の男の作業員とで上げなければならないという、
後にも先にもあれほどきつい引越しはなかったように思います。
普通4tクラスの引越しで3〜4名は必要ですから、人数不足は明らかです。しかも私は全くの素人だったので、ほとんど
使い物にならなかったと思います。その後も応援などは来ず、近くに販売機もなかったこともあって水さえ飲めずに、
運んでも運んでも一向に減らない荷物と格闘しました。何度も途中で逃げ出そうと思ったぐらいです。
朝一番から始めて、終わったのは夜8時ぐらいだったでしょうか。唇は脱水症状でガサガサに、目はうつろに、立っているのも
辛いほどでした。初日でそんな思いをすれば普通は辞めてしまうものですが、「今日の引越しは特別だ。」という営業所の
所長や他の作業員の言葉に翻弄されながら、気が付くと新人を教育する側になってしまっていたのでした。
引越しというのは仲間との共同作業です。みんなでひとつのことをやり遂げる、という充実感がたまらなく気持ちのいい
ものです。体力的、精神的にとてもきつい仕事ですが、とてもやりがいのある仕事です。体力を持て余している若い方に
ぜひ挑戦していただきたいと願っています。
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