霊性センターニュース抜粋『必要なことは、ただ一つだけ』

『必要なことは、ただ一つだけ』(1)
著 ルドルフ・V・デ・スーザ OCD/
訳 九里彰(カルメル会司祭)

導 入

 東京の中心、そこは激しい交通、セメントの建物、絶え間ない騒音、大気汚染の真っ只中ですが、 他の多くの建物と同様、事務所や店舗や駐車場やエレヴェイターをそなえた一つのビルの中に、小さな禅メディテイション・センターがあると聞いたことがあります。 そのセンターの所長は、或る時、参加者の一人から、「ここは、沈黙や精神集中するのにふさわしい場所とは思えません」と言われました。所長はこう答えました。 「ここで瞑想できないならば、どこへ行っても瞑想できないでしょう。都会に住んでいる人にとって、瞑想を学ぶ場は、都会なのです。交通の騒音そのものは、 もはや森の中の騒音以上に障害とはならなくなるのです。すべては、それらに対する私たちの姿勢にかかっています。 そしてそれこそまさに、私がここで教えていることのすべてなのです」。 それは正しい答えだと思います。しばしば私たちは、一つのことを自分自身の角度から見ますが、同じことに対して他の視点があることを忘れてしまいます。 実のところ、私たちを幸せにしてくれる唯一のものがあるのです。それは、或ることを自分の視点から見ても、それについて判断せず、判断するにしても、その判断を人に押し付けないことです。

 巨人のような足取りで急速に発展していくこの科学技術の世界において、私たちみなが、人生に必要な、人生を生き生きとさせてくれるものをすべて保持できないことは、止むを得ないことでしょう。 せわしいこの世界にあって、絶えず心やさしく生きることは、ほとんど不可能のように思われます。仕事に出かける時は、職場につくや否や何をすべきであるかと心がはやります。 しばしば過去に起きた事柄も思い起こします。私たちは、昨日の中に、あるいは明日の中に生きているのです。これは、心やさしく生きることの正反対です。私たちが現在の瞬間を見失う時、 人生における私たちの存在の場を見失うのです。しばしば私たちは、一つの時間に一つのことだけに注意を払わない時、その日が惨めなものとなることに気づきます。 病気の種類や病人の数が私たちの周りに増えていくのを目撃する時、これらの現象が生じているのは、一つの時間に一つのことだけをすることに失敗したためであると思い起こすべきでしょう。 緊張、心配、不安、神経過敏等は、体と心と霊の健康に悪い影響を大きく及ぼしてきたのです。イエスがマリアとマルタの家を訪問した時、非常に興味深いことが起こりました。 マルタが奉仕の仕事をしていた間、マリアは熱心にイエスの話しに耳を傾けていました。しばらくして、不安と心配の感情をコントロールできなくなったマルタは、 自分だけに奉仕させていたマリアについてイエスに文句を言いました。この時、イエスはこう答えました。 「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。必要なことはただ一つだけである。マリアは、よい方を選んだのだ」。

 この本には、修道者や司祭や信者に向けて私がさまざまな機会に語った12の講話が含まれています。 私は、これらの講話を黙想会や一日静修に仕えるように配列し直しました。以前の本『人里離れた場所に来なさい』は、多くの人に好評でしたが、 この本も多くの方に役立つであろうと確信しています。

 ここでは特に、五つの外的感覚を取り扱っている第7から第12の6つの講話について触れておきたいと思います。しばしば私たちには、 五感が私たちにとってどのような意味があるのかという問いに、ほとんど注意を向けない強い傾向があります。実に6つの講話は、 私たちの日常生活を霊的に高めるまったき体験のために、これらの感覚をどのように使い、 そこからどのように善益を引き出すかという問題に全面的に光を当てています。

レロイ・サントス氏とマイケル・モリス神父に感謝します。彼らはこれらの頁に忍耐深く目を通し、私の講話に関して貴重な修正を示唆してくれました。

(無断転用・転載を禁じます、本稿は毎月「カルメル霊性センターニュース」に掲載されています)



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