| 「ベルベットイリュージョン」──そんな言葉を思い浮かべる染谷亜里可氏の新作展。赤や濃紺のベルベットそのものを部分的に脱色することで絵柄を浮き出させる独自の制作法で注目を集めている作家である。先ごろ開催された東京都現代美術館の「MOTアニュアル days おだやかな日々」でも、選抜されていた。
豊かなイメージをたたえるベルベットに、脱色による白色でモチーフが描かれる。石像や道の写真、迷路のような矩形の模様などだ。が、それらは必ずしも明瞭ではない。茫洋とし、ピンボケである。そのため、潜在意識で見ているかのような感覚も覚える。とりわけ、立体感のある石像や遠くまで続いている道など、奥行のある絵柄の場合、ベルベットの中に異次元空間が広がっているみたいで、見入っていると快いめまいさえ感じてくる。まさに「ベルベットイリュージョン」だ。
素材としてのベルベット自体がもつ豊饒さに、幻惑的なモチーフのイメージが組み合わされるとき、謎めき魅惑的でゴージャスな世界が眼前と脳内に展開する。見えているのに見切れていない感覚。またベルベットの性質として、見る角度によって見え方が変わる様子。それらが相乗的に作用して、鑑賞者をなおさら作品の世界に引きずり込む。そんな超視覚心理体験そのものが、染谷作品のテーマであるように思える。これまで知らなかった知覚の世界への誘いである。
美術の世界では長らく絵画が王道を占めてきた。ところが20世紀に入って伝統のしがらみから脱却した現代美術が誕生し、「立体」という新しいアートのかたちが起こった。「立体」のパワーはすさまじく、いまや絵画を牙城とする「平面」は押されっぱなしの感があり、その結果、「平面はむずかしい」という声も聞かれるほどとなっている。しかし、染谷氏の作品は、そうした風潮に「平面」が一矢を報いたものといえそうだ。これまで誰も考えつかなかった“ベルベット脱色法”とでも呼ぶべき描画法を編み出し、「平面」の可能性に新しい地平を切り開いた。彼女の登場によって、「そうか、平面もまだまだいけるな」と思い直した人も少なくないのではなかろうか。
ただ一つ気になることがあるとすれば、今後の展開である。独特の制作法によって紡ぎ出されるイメージが強烈なだけに、どれだけマンネリに陥らずにすむかが問われることになるだろう。が、期待をもって見守りたいと思う。
(4月30日まで)
|