●シエナ美術展
● 2002.1.29.
● 京都国立近代美術館

★★★

<総論>

かのフィレンツェと同じトスカーナ地方の都市、シエナ。フィレンツェと並んで、イタリア芸術を牽引してきたという。街は戦災を免れており、1995年に世界遺産に登録されたそうだ。今回は、そのシエナが育んだ芸術の一端を、初期ルネサンスから19世紀に至る、比較的長いレンジで紹介している。

会場へ入るや否や、いきなり正面に1300年代の聖母子のテンペラの板絵が。一瞬にして、ヨーロッパの空気に満たされる。初期ルネサンスの素朴なキリストやマリアが並ぶ中をゆっくりと歩いていると、ここが京都だということを忘れてしまいそう。ヨーロッパのキリスト教芸術は、こうした「場」の演出力がすごいと思ってしまう。パンフレットにある通り、展覧会の年代構成は幅広い。初期ルネサンスの朴訥としたムードに浸っているのも束の間、一つコーナーを曲がると、そこには、暗く、人体のねじれたポーズが強調されたバロックの世界が。様式の変化が否がおうにも浮き彫りにされ、比較しやすいと言えば比較しやすい。目まぐるしいと言えば目まぐるしい。さらに次のコーナーを曲がると、こんどは陶芸品。マヨルカ焼きに代表される、色彩鮮やかなイタリア陶器が並ぶ。

ものすごい駆け足で、シエナ(あるいはイタリア)の芸術史を概観することになるが、もっとも惹かれるのは、やはり、敬虔なキリスト教徒の精神が宿っていそうな、ルネサンス期の作品。正直言って、ルネサンス初期の作家については、あまりよく知らないうえに、きわめて大勢いるので“個体識別”がほとんどできない。だから、全体的な捉え方をしてしまうのだが、それでもチマブーエの『荘厳の聖母』にも似た作品を見ていると、「法悦」という言葉が胸に去来し、泣けてくる。特別目玉といった作品はなかったようだが、それなりに味わいのある展覧会だと思った。また、この種の展覧会としては比較的安価な料金設定(一般830円)だったのも嬉しい。作家一人ひとりの解説板があったのもよかったと思う。あと、作家だけではなく作品についても解説板がつけられていれば、なおよかった。

<各論>

◎ サーノ・ディ・ピエトロ 
『聖ヒエロニムス、シエナの聖ベルナルディーノ、そして4人の天使をともなった聖母子』

チマブーエの『荘厳の聖母』を思わせる作品。保存状態が恐ろしくいいので驚いた。もちろん、修復したのであろうが。金一色の背景の前、幼子イエスを腕に抱いた聖母マリアがたたずむ。目は中空を見つめ、右に小首をかしげる。ちょうど、外で関連ビデオを流しており、聖歌が聞こえていたので、その“音響効果”もあって、しみじみと見入ってしまった。構図は例によって典型的なピラミッド構図。ふと、このマリアの前でひたすら祈りを捧げたいような気になった。シエナは、スペインのようにマリア人気が高いとのこと。

◎ ベルナルディーノ・フンガイ
 『雌狼の上に配置された、赤地に立ちあがる白いライオンをあらわしたシエナ市民団の紋章』

いわゆるイタリアルネサンスの絵とは、ひと味もふた味も異なる作品。雌の狼の乳房に、人間の幼子二人が吸い付いている。そうした絵柄からして珍しく、会場を見て歩く足が止められた。同じような絵がもう一つあり、そちらは画中の紋章がシエナのものになっていた。人間に乳を与える雌狼とは、いったいどういう意味なのだろう?

<補遺>

てつろうさんとJuneさんが情報を寄せてくださったおかげで、「雌狼の謎」が解明されました。

(てつろうさんからの情報)
ある日ヴェスタの巫女が軍神マルスに犯され、ロムルスとレムスという双子の男の子を産んだ。二人は王の命でテヴェレ川に流されたところを雌狼に救われる。そして、たくましく成長した二人は町を築き、どちらの名前をつけるかの賭けに勝ったロムルスの名をとって「ローマ」となった……。
そのため、二人の赤子に乳を与える雌狼の像は、ローマの象徴です。

(Juneさんからの情報)
雌狼に育てられたロムルスとレムスの権力争いにより、勝ったロムルスがローマを築きましたが、シエナ誕生の伝説によると、殺されたレムスにはふたりの子ども(アスキオとセニオ)がいて、この兄弟は逃れてトスカーナの地で国を築きます。国はセニオの名からとって「セナ」と呼ばれ、その後なまって「シエナ」になったそうです。それでローマの雌狼がシエナの象徴になったという訳です。