「前衛アーチスト」――円山応挙には、この言葉がいちばんよく似合う、と見終わったあと思った。これまで孔雀や鶴の絵などを断片的に見てはきたが、自分は応挙の何も知らなかったと痛感した。
円山応挙は江戸時代中葉に活躍した写生画の始祖とされ、写生を重視する京都画壇の系譜は応挙に始まるそうである。現在の京都府亀岡市生まれ。10代前半に上洛し、尾張屋という玩具店に奉公した。尾張屋では「覗きからくり」なるものに使用する「浮絵」という原画を制作する経験を積んだ。「覗きからくり」は、当時はまだ珍しかったガラスレンズを使った覗き箱の一種だったようで、描かれた絵が立体感をもって見られたものと思われる。浮絵は遠近法を用いて描かれたといい、したがって、応挙は仕事を通じて独自の絵の修行をしたことになる。
それが寄与したと感じさせる作品を本展では散見することができたと思う。たとえば、屏風画。屏風の折れ曲がり具合を周到に計算して、描かれたモチーフがより立体的に見えるように工夫されていた。あるいは、いわゆるトリミング的な画角で対象を切り取ったり、ほとんど抽象画のように対象物の要素をシンボル化して描いたり。江戸時代の画家とは、とても信じられない大胆な描き方をしたものがあって、「これは、ほとんど現代美術じゃないか!」と思わせられることも、たびたびだった。
本展では、そうした応挙の重要な作品がほぼ網羅されているというふれこみだったので、期待をもって鑑賞させてもらったが、期待以上だった。
●『龍門鯉魚図』
大きな白い画面に水墨と思われる太い筆跡で何本もの黒い筋が縦に勢いよく描かれている。全部で20本ほどもあろうか。やはり何本もの黒い筋を上から下へ描いて並べる李禹煥の作品とよく似ている。李作品との違いは、筋の長さがそろっておらず、筋が並べられた間隔もバラバラという点ぐらいで、あとはそっくりといってもいい。一見、何だろうと思うが、“仕掛け”に気づくや「あっ」と息を飲んでしまった。
画面右半分の黒い筋の何本かには、よく見ると何かの模様らしきものが描き込まれている。その、筋、筋でバラバラになっている模様をちょっと離れてまとめて見ると、なんと、いましも一匹の鯉が背中を見せて滝を上っているところに見えるではないか!(うまく説明できないのですが、おわかりいただけるでしょうか)。つまり、黒い筋(あるいは筋と筋のあいだの余白も)は滝の水の流れで、その黒い筋のところにだけ断片的に鯉が姿を見せているのである。その結果、一匹まるまるではない、いわば余白の筋が鯉を貫く描き方によって、水の流れが際立って感じられ、その流れのなかにいる鯉が巧みに表現されている。
応挙は、200年以上前の作家である。その「古人」にして、この大胆にして斬新な発想! 現代美術も真っ青ではないかと、しばらく呆然と見入ってしまった。
●『氷図』
これまた現代美術真っ青の一点。横長の画面の下半分に墨跡で勢いよく斜めの線が何本か描かれ、幾何学模様をつくっている。いってみれば、ただそれだけの作品である。
が、ひとたび、これが氷にヒビが入っているところだとわかった瞬間、シビレる感覚が体を貫く。なんと思い切った省略、大胆不敵な描写であろうか。ほんとうに江戸時代の絵なのだろうかと疑ってしまいたくなる。簡素といえば、これほど簡素な作品もないかもしれないが、強烈に印象に残った。
●『波図』
障壁画である。といっても、障子にはほとんど何も描かれていない。わずかに下のほうにだけ、きわめて薄い墨でひたひたと静かに寄せる波が描かれているのみである。これまた、「描かない」という描き方が大胆ではある。ミニマルアートといってもいいかもしれない。
障壁画なので、実際にはこの障子に区切られた部屋に見る者はいることになったはずだが、何とも心落ち着く、瞑想的な空間だったことであろう。静かな波に囲まれ、アルファ波が脳から発生したのではないだろうか。
●『猛虎図』
同じ題の絵が何点もあったが、ここでいうのは(なんと)大英博物館所蔵の軸画。正面から虎を見たところを描いている。が、大胆なトリミングによって顔の真ん中の部分だけしか描かれておらず、顔の端はカットされてしまっている。こういう絵は、見ると「ああ、そういう描き方か」ぐらいにしか思わないかもしれないが、いざ描くとなると、そう簡単にできるものではない。どうしても全体を描いてしまう心理が働くからである。こうしたトリミング感覚も、江戸時代ばなれしたセンスをうかがわせる。
●『雲龍図』
六曲一双の屏風画。タイトル通り、龍が画面いっぱいに描かれている。こんどはびっしりと描き込まれている。描写力自体は、たとえば若冲や雪舟のほうが上かもしれないが、屏風の折れ曲がり方を計算した作図は、きわめて巧み。龍の背がこちら側に盛り上がるところを山の部分にあて、雲の向こうに胴がくねり隠れるところを谷にあてており、実際の屏風の立体感とあいまって、臨場感にあふれる絵柄となっている。
省略するときは思い切って省略し、描き込むときはみっちりと描く。応挙という人物は、作品をつくるとき、とてもよく考えた人だったと思わせる片鱗がそこここに見られた。大胆にして緻密とは、円山応挙に当てはまる言葉だと思う展覧会だった。
(〜10/26)
<巡回展>
◎2003.11.3〜12.14 福島県立美術館
◎2004.2.3〜3.21 江戸東京博物館
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