西岡文彦氏といえば、私には、多摩美術大学の「助教授」や、さまざまな美術関係の本を書いている「著述者」のイメージがこれまで強かったが、本来の顔は「版画家」である。その版画家としての氏の作品をほとんど初めてまとめて見る機会となったのが本展。
西岡氏の版画の技法は「合羽刷り(かっぱずり)」といわれるもので、紙にモチーフのかたちを切り抜き、その切り抜いた紙型の上から絵の具などで着色し、絵柄が描かれる手法である。もっともシンプルな版画法で、西洋風にいえばステンシルである。
マルチタレント的な西岡氏であるので、多忙な日常生活が推測され、はたして制作にどれほどの時間と集中力をつぎ込むことができるのだろうかと、なかば懐疑的なものを抱かなくもなく個展会場を訪れたが、実際に作品を目の当たりにすると、事前の想像を上回るクオリティの高さに、ちょっとガツンとやられた気持ちになった。
作品群は大別すると2種類。ひとつは現代アート風にさまざまなキューブやキューブの組み合わせを幾何学的に描いた試みのもの。いまひとつは、鳥や川や植物など自然の事物をモチーフとしたもの。私には後者のほうがよく感じられた。
たとえば川は、太めのマジックで書いたぐらいの線で、ゆったりと小さくうねる水平線で表現されている。ゆるやかにうねる水平線は適当な間隔をあけて何本も置かれ、滑らかな水の流れを自然に感じさせ、柔らかでリズミカルである。そこに、やはり太めの線で描かれた鶴が立っていたりする。メルヘン的なポエジーと同時にコンテンポラリーな印象もあって、伝統と現代性がやさしく違和感なく融合しているさまは見事。メルヘンの方向にも、コンテンポラリーに垢抜けた方向にも、どちらにもこれ以上ころべば嫌味になるところ、絶妙のバランスが保たれている。
大正・昭和初期の版画家、川瀬巴水(かわせ・はすい)の作風を彷彿とさせるテイストで、叙情性と洗練とが同居した味わいは静かに見る者の心を穏やかに落ち着かせ、ささくれ立った精神にも安らぎを与えてくれる。自然をテーマとした作品では、作者の生きとし生けるものに対するやさしい眼差しに触れる思いもした。よっぽど買おうかと思ったが、懐具合と相談して断念してしまった(笑)。今後も氏の作品の成り行きが楽しみとなった。なお、上掲の案内状の作品は、氏の魅力を必ずしも十分伝えるものではないと思う。
(7/6)
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