当サイト注目の名和晃平氏の新作個展。1カ月という異例の長期間だったのに、6月以来、超忙しく、期限ギリギリの最終日になんとか駆け込んだ。前回、前々回と刺激的な内容だっただけに、おのずと期待が高まるものがあった。
個展のタイトルは、今回も「PixCell(ピクセル)」。以前の個展と同タイトルなので、系譜上にあることがうかがえる。ピクセルとは、名和氏の造語で、画素を意味する「Pixel」と、細胞を意味する「Cell」を融合させたもの。現在の氏の創作活動の根本コンセプトともなっているもので、アート表現と生命の本質の接点を追求しているように思われる。
さて、ギャラリーに入ってすぐにある、真っ白な部屋「キューブ」には新シリーズのオブジェが並んでいた。大きな透明のアクリル板でできた直方体である。直方体のなかにはシマウマのはく製が置かれているようだが、その見え方が不思議というかモドカシイというか、妙なのだ。ちらりとオブジェを見かけたときには、中のシマウマが見えるのに、もっとよく見ようと正面に回ると何も見えなくなる。あるいは、直方体の角にあたる場所から見れば、上面、側面、反対側の側面と、3つの面にシマウマがそれぞれ関係なく独立したように見える。どうも思うようには見えないのだ。意図して見ようとすれば拒否され、見るともなく見れば許容されるといった感じもある。
どうなっているかといえば、アクリル板の内側にプリズムシートという特殊な分光シートが貼られているのだ。光の進む方向を斜めに屈折させる働きがあるので、真正面からは見えなくなるしかけだ。また、斜めからだと見えるが、虚像のような見え方をする特徴もある。したがって、アクリルの直方体の中には、はたしてほんとうにシマウマがいるのか、いないのか、よくわからない印象となる。存在と不存在、実像と虚像のあいまいなビジョンに見る者は幻惑され、戸惑う。あたかも、生命とは、もともとそのような不確実なものなのだと暗喩しているようでもある。シマウマの大きな作品のほか、カメレオン、フランスパン、ドクロなどが入った小品もあって、やはり、同じように見える・見えないの両面の性質を兼ね備えていた。
しかし、大きな期待をもってのぞんだせいか、疑問を感じることもあった。それは、どうしてこれが「PixCell」なのかということ。これまでのピクセルは、まさに細胞をイメージさせるツブツブ表現がなされていて、そのマチエールが生命感を感じさせ、魅力を生み出す要因ともなっていた。ところが、今回のオブジェは大きなアクリル直方体であり、それから細胞を連想するのはむずかしい。ギャラリストは、「この直方体自体を一つの細胞だと思っていただければ……」と説明してくれたが、いかにも苦しい。また、「Cell」には器という意味もあるから、そう解釈すれば矛盾はなくなるのだけれど、そうなるとこんどは、これまでの細胞感覚の系譜からは流れが分断される。いずれにしても、しっくりこない。
既視感が強いのも気になった。作品コンセプト自体は全然違うのだが、ダミアン・ハーストの、やはりアクリル直方体の中に牛の輪切りを入れ込んだ作品などと見た目が似ているのである。実際、多くの人が同じ印象を抱いたようで、「みなさん、そうおっしゃいます」とのこと。それが初見のインパクトを弱めたことは免れない。プリズムシートの視覚効果も、面白いのだけれど、どこかで出くわした経験はある。地下街のガラス一面だったりするのだが、ともあれ、そのせいで「特別な視覚」というほどには受け取れない。「ああ、あれね」といった感じか。そのあたり、作家はどう思っているのかちょっと気にはなる。
といったことで、前回、前々回に比べて、作品から受けるオーラはかなり弱いと思った。「PixCell」のメッセージもこれまでのようにスッとは入ってこない。そのため、低めの評価となってしまった。もし、名和氏の作品だと知らないで見たら……と想像して、フェアに考えたら、どうしても、これぐらいの★印となってしまうのである。なお、ここでは詳しくふれなかったが、本展では、そのほか、粘度の高い、黒い液体が泡立つさまが映写された映像作品も展示されていた。
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