MOTアニュアル2006 No Border 「日本画」から/「日本画」へ |
| 東京都現代美術館 |
1.21〜3.26 |
| ★★★ |
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| ●MOTアニュアル2006 No
Border 「日本画」から/「日本画」へ ●東京都現代美術館 ●1月21日〜3月26日 ★★★ 毎年この時期恒例のMOTアニュアル。その年その年に注目すべきと東京都現代美術館が考えるアートの潮流や時代テーマをキーワードで捉え、それに沿った作家を選り抜いて構成する展覧会で、今年で8回目になる。いわば、東京都現代美術館の時代認識の表明であり、どういった作家に注目しているかも知ることのできる、もっともメッセージ性の強い企画となっている。
抽象と具象のあいだをゆくような作風。勢いよく描いた(ように見える)筆跡を残して、火山噴火や爆発、嵐の場面などを思わせる絵柄が示される。ターナー晩年の『吹雪』などと作風が似ているといえば、わかりやすいだろうか。それらに、なぜか「ハバロフスク」とか「ゼリーの丘」とか「カモシカの目」といった題名がつけられている。作者なりに何らかの意図はあるのだろうが、私にはまったく意味不明だった。絵自体も、悪くはないとは思うが既視感があったし、これで「新しい日本画」の地平が開けられたとは感じなかった。
ひと言でいえば、現代風やまと絵。伝統的な仏教画のスタイルを取りながら、仏がマシンガンを持っていたりなど、現代の武器や機器が描き込まれている。山本太郎氏などと同じような傾向の作品。古くから伝わるものと新しいものの融合を追求しているのだろうか。しかし、似たような絵を描く画家がすでに何人もいるので、やはり既視感があった。そうしたなかで、トレーシングペーパーに鉛筆で曼荼羅や山水図を描いた作品は「おっ」と思わせるものがあった。とくに、うしろから白色光で照らしたものは、半透明の石材ででもあるかのようで不思議な神々しさがあった。
アフリカのプリミティブなアートを連想させる素朴な動物の絵。こげ茶や褐色が多く使われ、アースカラー中心にまとめられている。トラがよく出てきて、キバをむいているが、決して恐ろしくはない。むしろ、おとぎ話の挿画のようにポエティックにデフォルメされ、微笑ましいくらいである。作者独自の画風は、すでに完成されているが、こちらの心に響いてくるものはあまりなく物足りない。きっと、作者はこういう絵柄世界が好きで、それを描いているのだろうということは、もちろんわかるが、作者と異なる感性の人をも作品に引き込むだけの力があるかとなると、ちょっと心もとない。
今回の展覧会で、伝統的な日本画からもっとも遠くに位置する。日本画というよりイラストに近い。赤ちゃんや子どもや誰かよくわからない人や何かよくわからないものなど、くっきりとした一本線で描いてある。一見カワイイ感じに見えるけれど、電車のつり革を握る手とつり革が融合していたり、ポケットに入れた手がやはり服と同化していたり、ちょっと風刺を込めたとも見える“毒”がちりばめられてあり、不条理な印象がある。榎本俊二のマンガとひじょうによく似ていて、ひとコマ画とでも呼びたくなる。
最近、注目度の高い新鋭である。幽霊や狂気をテーマに闇が支配するような作品が特徴。腸がまろび出た胴体、頭蓋骨が割れ、脳ミソがむきだしになった頭部などが臆面なく描かれる。しかし、その闇は洗練されており、題材とは裏腹におしゃれな感すらある。ただ、闇の世界や狂気を表現するのに、そうしたもので説明するのはわざとらしい印象が残る。あるいは、わざわざグロいものを描くところに露悪趣味も感じないでもなかった。いずれにせよ、ほんとうの狂気とは、こんなもんじゃないだろうな、とは思った。人気が出そうな気はするが。
大きな和紙の支持体に金箔や墨、胡粉で抽象的な作者のイメージ世界が展開される。ゴージャスとアンニュイ、洗練と頽廃が混在している。ただ、作品を通して作者が見る者に何を伝えたかったかは、よくわからなかった。
暗い背景に、光がぐるぐると何重も輪を描いて走り抜けているような図柄が描かれる。かなりの大きさ。しかし、それが何を示すのかわからない。わかるわからないではなく、何かを感じるかというと、それもあまり伝わってこなかった。
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