今年見に行った展覧会のなかで、いまのところ一番よかった(上半期ベストということになろうか)。森美術館は、こけら落としであまりよくない印象がついてしまっていたが、さすがに今回は底力を見せつけた。
本展の主催者側の意図は、ニューヨーク近代美術館の膨大なコレクションのなかから展示品を選りすぐり、いま一度「モダンアート」を問い直そうとするもの。デヴィッド・エリオット森美術館館長は「モダンアートはもう過去のものだという人がいるが、ほんとうにそうなのか?」というテーゼを立て、この展覧会を通して「そうではない」と主張する。その考え方の当否は、人によって意見が分かれるところだろうが、私としては、「モダンアート」が現在も続いていようが、コンテンポラリーアートに取って代わられたとしようが、どうでもいいといえばどうでもいい。それらは言葉の定義の問題にすぎない面があるからだ。
それよりも、これは主催者の意図からは離れるかもしれないが、20世紀以降のアートシーンの流れを重要な作品を通じて改めて鳥瞰できる機会となっていた点を評価したいと思う。周知の通り、20世紀に入ってから、アートはそれまでにない道をたどった。過去には美術とはこうあるべきという規範が存在し、それに沿ってゆるやかな変化を見せながら美術史は紡がれてきた。ところが、20世紀に入るや美術の規範は消し飛び、いわば何でもありの時代となった。アートシーンは突然変異に満ちあふれ、百花繚乱の感を呈するようへと様相を変えた。その結果、表現の幅が広がった反面、「流れ」や全体像が見えにくくなり、そのことが、いまにいたるまで現代美術に人々が馴染みにくい一因となっているのは間違いないだろう。
本展は、そうした一種混迷した20世紀以降のアートシーンをなかば強引に整理立て、鑑賞者に「流れ」を提示する。20世紀前半は「根源に戻って」の時期と見なし、1920年ごろからは「純粋さを求めて」が目立った動きをみせ、50年代から60年代にかけては「日常性の中で」がキーワードとなり、80年代以降は「変化に向かって」と締めくくる。
このようなくくり方には異論反論が予想されるが、それを覚悟のうえで割り切ってやってしまったのは立派だと思う。また今回の区分け自体、カンドコロは押えているとも感じる。少なくとも私には説得力のあるくくり方である。あえて注文をすればモダンアートの黎明期を「根源に戻って」としたのがよくわからない。私だったらたとえば「規範を超えて」とかにするだろうな、という気はした。
それはさておき、それぞれのカテゴリーについて主催者はこう述べる。「根源に戻って」は人間の生の本質的な事柄すなわち孤独や愛、性との苦闘、病や苦しみ、死の意味の探求などがテーマとして注目され、物事の本質・根源が追究されたから、である。象徴派がその最たる例とする。「純粋さを求めて」は物事を単純化、抽象化することによって本質をより際立たせようとする傾向が活発になったことを指す。ミニマルアートやモンドリアンたちの試み、マレーヴィッチのシュプレマティズム、バウハウス運動などが当てはまる。「日常性の中で」は改めて説明するまでもなくラウシェンバーグ、リキテンスタイン、さらにはウォーホルらがまさに日常品によって新しい美を提案した動きである(ついでにいえば、このころからアートの中心は欧州からアメリカへと移る)。そして「変化に向かって」は、現在を含むカテゴリーで、恒常性の喪失に特徴づけられるとする。
現代美術を専門とする評論家などからは「大雑把すぎる」といわれそうだけれども、とにかくわかりにくい20世紀美術を見やすくしてくれてはいると思う。以上の4カテゴリーを、美術史上重視されているものを含んださまざまな作品を通して見ていく仕掛けとなっており、「いっぺん現代美術についてトータルな見方を得ておきたいな」という向きには格好の展覧会となっている。
ただ、こうした意欲的な企画であるのにかかわらず1フロアしか費やされなかったのは疑問が残った。これこそ2フロアのボリュームを与えるべき、いや、必要な内容のはずではなかったろうか。
以下、“重要度”とかとは別に、個人的にとくに「いいな」「面白いな」と引かれた作品です。
<根源に戻って>
● オディロン・ルドン 「沈黙」 1911頃
● エドワード・スタイケン 「真夜中――ロダンのバルザック像」 1908
● エクトール・ギマール 「机」 1899頃
● ジョルジョ・デ・キリコ 「無限への郷愁」 1913−14
● エドヴァルト・ムンク 「マドンナ」 1895−1902
● フランシス・ベーコン 「第7番」 1953
● キャラ・ウォーカー 「アフリカン/アメリカン」 1998
<純粋さを求めて>
● ピート・モンドリアン 「褐色と灰色のコンポジション」 1913−14
● パブロ・ピカソ 「台所」 1948
● ピート・モンドリアン 「トラファルガー広場」 1939−43
● マリアンネ・ブラント 「ティーポット」 1924
● アレクサンダー・カルダー 「にわか雪1」 1948
● イヴ・クライン 「青のモノクローム」 1961 ※光が反射して見にくかった
● アラン・マッカラム 「40枚の石膏製の代用品」 1982−84
<日常性の中で>
● ゲルハルト・リヒター 「マオ(毛沢東)」 1968
● ジャスパー・ジョーンズ 「夏」 1985
● アンドレアス・グルスキー 「トイざラス」 1999
● ジャン・ベイリー 「食べる」 1997
<変化に向かって>
● ルネ・マグリット 「光の帝国U」 1950
● 草間弥生 「No.F」 1959
● ピエロ・マンゾーニ 「非色」 1960
● クリスチャン・ボルタンスキー 「倉庫」 1988
● ギリェルモ・クイトカ 「無題」 1992
(6/9)
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