● まるごとひろしま美術館展
● 2003.11.14
● ひろしま美術館

★★★★☆

早いもので、ひろしま美術館がつくられて25年になる。本展は、その記念行事である。「まるごとひろしま美術館展」のタイトル通り、すべて自館の所蔵品で構成し、ひろしま美術館を知らない人には存在を認知してもらうために、知っている人にはひろしま美術館を再認識してもらうために催したものだという。他館からビッグネームの作品を借りたりせず、マイコレクションで記念イベントをやろうという発想に、まず好感を抱いた。


展示してある作品は、したがって、すべてひろしま美術館でお馴染みのものばかりである。しかし、ふだんの常設展とはかなり趣が異なっている(もし、常設展ママだったら、特別展と銘打つ必要ないか)。たとえば、展覧会の資料。本タイプがふつうだが、本展では8cm角くらいのアルミ缶が手渡され、まずビックリ。フタを開けると、細長い紙を蛇腹のように幾重にも折り畳んだものが3つ入っており、そこに展覧会やコレクション、美術館についての解説がイラスト等を駆使してわかりやすく、楽しく施されている。「来館者に親しみ、楽しんでもらう美術館をめざしたい」という当館のポリシーが端的に現われている。つくるだけでも相当手間なはずだ(有料)。


展示室に入ると、模写している人がいる。そういえば、欧米の美術館では、ときどき模写を見かけるが、日本の美術館で出会うことはまずない。珍しいので学芸員に聞いてみると、「『模写している人がいる美術館』という光景を見てもらいたくて頼んだ」のだそうだ。「コレクターの部屋」と銘打たれた展示室では、美術館通常の「センターぞろえ、横一列」の展示方法ではなく、壁一面にビッシリと絵がかけられている。その様子は、テニールスの『ヴィルヘルム大公の絵画収集室』さながらで、まさにコレクターの世界を彷彿とさせる。一点一点の作品というより、絵だらけの部屋全体が発するオーラ、雰囲気に足を踏み入れた者は圧倒される。同じ絵でも展示のしかたを変えるだけで、これほど作品と空間の印象が違うものかと改めて驚かされ、インスタレーションの可能性を示しているものとも受け止められた。


「絵画との対話」という部屋では、机と椅子が用意してあり、机の上で書きものができるようになっている。机には、4つほどカードの束が用意されいる。それぞれに「誰が?」「いつ?」「何をしているところ?」と問いが設けてあり、各人各様の感想を記すようになっている。ちょっとカードをめくって、どのようなことが書いてあるか見てみた。すると、人によって、自分では思いもかけない見方をしていることがわかり、とてもおもしろい。たとえば、「いつ?」という問いに対しては、「朝」とか「午後2時ごろ」と時間で答える人もいれば、「100年前」とか「明治時代」と時代で答える人もいる。あるいは「春」とか「夏」と季節で捉える人も。おのずと多様な見方に接する機会となっている。


さらに、それぞれの問いのカードは独立しているので、アトランダムにカードを組み合わせれば、さまざまな“順列”をつくることもできる。その結果、思いもよらない新しい見方が提示されたりして、これまた興味が尽きない。いわば、アートの見方のKJ法である。


ひろしま美術館のポリシーは「愛とやすらぎのために」。学芸員自らが語るのは、ここでは「専門家にとっての学術的な意味」より、「ふつうの鑑賞者にとっての見る楽しみ」が優先する(といいつつ、ゴッホの『ドービニーの庭』をはじめ学術的な価値の高い作品も少なくないし、専門的な研究も決してないがしろにされてはいない)。コレクションもそれを反映して、「とにかく見た目にきれいで、わかりやすいのが特色」となっている。多くの人たちに見てもらい、その人その人の暮らしのなかに美術が溶け込むきっかけとなりたいという願いは、大いに共感するところである。


もう一つ、印象に残ったのは、「うちでは子ども向けのプログラムはやるつもりはありません」とおっしゃったこと。どういうことかといえば、美術を見るという行為においては、子どもも大人もあまり区別する必要はないのではないかという発想に立っているのである。むしろ、子どものほうが鋭い見方をする場合も少なくない。ならば、あえて「子ども向け」と妙に手心を加えたような企画は意味がない、という問題意識である。つまり、ひろしま美術館が目指しているのは、大人も子どもも楽しめるユニバーサルデザインの展覧会なわけだ。ともすれば「子ども向け」をやればよいとなりがちな風潮のなか、流されず、自らの価値観でテーマを捉え直す姿勢も好感をもてた。


美術館の魅力ある企画は、結局のところ、このように「自分の脳で考える学芸員」が支えているのだと痛感させられた。ところで、これは個人的な見解だが、考え方や応対に納得できる美術館学芸員は、ほとんどが美術以外の世界から入ってきた人だという共通点があるように思う。美大を卒業して、すぐ美術館に勤務して……という美術界一本やりできた人の多くは、どうもバランスを欠いている気がしてしかたない。そうした人は往々にして、自分のために展覧会を企画している。しかし、美術以外の世界から転進してきた人は、初めにふつうの鑑賞者ありきで企画を考えている(またそれは、私立美術館と公設美術館についてもいえる印象もある)。この傾向は、いまの美術界が抱える問題を端的に表わしているように思えてしかたがない。

(12月14日まで)