● レオン・スピリアールト展
● 2003.5.13
● ブリヂストン美術館

★★★★☆

レオン・スピリアールトは、1881年、ベルギーの港町、オーステンドに生まれた、一匹狼の画家である。いかなる流派にも属さず、具象と抽象、現実と夢幻の交差する幻想世界を表現した──などと知ったふうに紹介しているけれど、これは図録からのウケウリで、これまでほとんど知らない作家だった。当初はさほど気にもとめていなかったが、ポツポツとよい評判を耳にして意識するようになり、行ってきたという次第。


本展は本邦初となる本格的な回顧展で、もっとも脂が乗り切った時期だという1900〜13年にかけて制作された作品96点が紹介されていた。外枠の説明はそのあたりにして、作品自体に入っていきたいのだが、これが説明するのが難儀なのである。というのは、わずか10年余の短いあいだにもかかわらず、とても一人の人間の手になるとは思えないほど、作風がバラエティに富んでいるのだ。千変万化とまでいっては大げさだが、かなり変容している。


1900年ごろは、アール・ヌーボー風である。くねくねした曲線が多用され、モノクロームのデカダンなムードをたたえている。1907〜9年ごろになると、曲線へのこだわりは影をひそめ、象徴的な絵柄が強くなる。画中のアイテム数が少なく、風景を描いていても人間心理の内面をテーマにしているような作品が目立つ。ところが、1910年を過ぎると、突然、カラーになる。最初は沈んだ青など暗い色だが、次第に幅が広がっていき、黄色、緑からゴーギャンのような柿色なども多用されるようになる。絵柄も、それまでの暗さが薄れ、素朴な温かみ、さわやかささえたたえるように。作家に何が起こったんだろうと思ってしまう。


しかしながら、ワタシ的にもっとも引きつけられたのは1908年に描かれた作品群であった。モノクロで、現実ではない風景。どこかしら不穏な緊張感をたたえている。若干、うつ的な傾向も感じられるものだが、不思議な魅力を備えているのである。


● 『めまい』 ★★★★★

ポスターやフライヤー(パンフレット)表紙(上図左参照)などにも使われている絵である。いったい、これはどういうシチュエーションなのだろうか。急傾斜のらせん状の階段の途中で、女性と見られる人影が髪をなびかせ、体をひねって下をのぞき込んでいる。顔はよく見えない(この時期のほとんどの絵で人物の顔は明瞭に描かれていない)。いってみれば、ただそれだけの絵である。モノクロで描かれていて、白の部分と黒の部分が明確にコントラストをなしている。らせん状に流れる白黒の階段が妙に心に突き刺さってくる。らせん状の階段は、バベルの塔のように唐突に天空にそびえているようである。女性がいる場所は、ほとんど頂上に近いらしい。


それにしても大胆な絵ではある。説明的な要素はいっさい省き、核心部分だけをポンと提示している。ここはどこなのか? 女性はどういう人物なのか? なぜ女性はらせんの階段を上っているのか? あるいは女性は下りている最中なのか? すべては謎で、作者の説明はまったくない。「私は描くだけ。あとはあなたたちが好きに見ればよろしい」とでもいうかのようだ。核心部を紛らわせる要素はすべて割愛されているのである。


「めまい」という題名からすると、単純には、塔の高さに感じるめまいを連想するが、はたしてそれでいいのかどうか。強烈な白黒のコントラストがめまいを起こさせるのか。あるいは、もっと根源的な生の部分でのめまいを重ね合わせて表現しようというのか。白黒のパターンの繰り返しは、てんかんなどの発作の誘因となるという話もある。忠臣蔵の浅野内匠頭は、松の廊下に投影された影の白黒パターンで錯乱したという説もあるほどだ。


作者の真意ははかりかねるが、それにもまして、見る者を引きつける力があると思う。実は、この絵のモチーフとなったのは、ごく当たり前の海辺の堤防の階段だったそうである。おそらく「めまい」など感じるはずはないくらいの高さであろう。ところが、作者には瞬間的に、ものすごく急傾斜で、しかも、らせん状に湾曲したように感じられたのだろうか。作者との何らかの関係を推測させる女性が、その階段を上るか下るかしている際、気の遠くなるような感覚を抱いた、その体験を描き起こしているのかもしれない。それは、危うくなりかけている自分と女性の関係を暗示するのか。いずれにせよ、心理的に非常に繊細な人となりを思わせる作品ではある。なお、この絵には別バージョンがあり、そちらは階段の傾斜がもっと急である。よほど印象的なイメージだったようだ。


● 『堤防、光の反映』 ★★★★☆


フライヤーの裏右の真ん中の絵。堤防が好きな男である。こんどは夜の風景で、題に堤防とあるが、絵では一見どこに堤防があるのかよくわからない。やはりモノトーンの作品で、手前から絵の中央を向こうのほうへ道路のような水路のようなものが伸びている。どうやらそれが堤防の上部のようである。中景ぐらいから左手に建物が堤防に沿って立ち並び、やはり消失点に向けて画面奥へと続いている。建物は完全にシルエット。むしろ空が若干白んでいる。堤防上部には等間隔をおいて灯りがともされている。その灯りが細長く尾を引いて、光の糸筋を手前にまっすぐに流している。その様子が印象的だ。


傾向として、物事の状態を先鋭化してとらえるタイプの人物だったようで、先の『めまい』では実際とはほど遠いほど階段の傾斜を急にしていたように、本作でも遠近感がかなり強調して描かれている気がする。光の流れ方も、実際より極端に細長くしてあるのだろう。写実性という意味では減点だが、レオン・スピリアールトの特長は、まさにそこにある。事物のあり様の本質をとらえたら、一気にそれを拡大解釈し、再表現してしまう。一種のジャーナリスティックなセンスといってもいいかもしれない。それによって、ここでは夜の堤防の雰囲気が現実以上に再現されている。神秘さえも感じるぐらいだ。寥々とした漆黒は、底知れない孤独感も伝えてくる。この時期、作者は不幸であったのかもしれない。


作品によっては、印象がまったく変わるレオン・スピリアールトだが、象徴主義を思わす、このころのシンプルでスピリチュアルな作品がもっとも気に入った。きわめて個人的な体験の感覚を題材にして制作しているようだが、普遍性をもつのは、彼のすぐれた造形的センスによると見える。また一人、お気に入りの画家がふえた。

(6月6日まで)

(巡回展)
6月14日〜7月27日 姫路市立美術館
8月5日〜9月23日  愛知県美術館