| 静かな、だけど、暖かみが伝わってくる作品が並んでいた。美術館の広いギャラリースペースに、かなりのゆとりを取って一つずつ設置されている。作品同士は見えない何かでつながっているような感じもして、そのため、ギャラリー全体でインスタレーションを構成している印象も。
作品は、たとえば、20cmぐらいの真鍮の丸い皿に米を山型に盛ったものを15個ほどまっすぐに並べたものや(一つだけ米ではなく、花粉が入っている)、蜜蝋(みつろう)でつくられたいろんなオブジェ、真っ黄色なタンポポの花粉を床に四角く撒いた(?)もの、四角い大理石の板の上にミルクを目一杯満たしたもの(ミルクは毎日取り替えているらしい)、などなど。黄色い花粉の四角形なんぞは床のグレーとうまく合っている……と思って、ふと気づいた。そこで少々気恥ずかしいながら、監視の職員に変な質問。「床って、もともとこういうものでしたっけ?」。
美術館の床は、本来はフローリングなのだそうだ(そういえば、そうだった)。今回の展覧会に際して、床全体にベニヤを張り、その上からグレー1色で塗りつぶしたとのこと。グレーの床はライプ氏の作品にとっては、重要な地(背景)となっているように思える。グレーは、色彩のかけらもない、まったき無の世界である。生命が宿らず、何の萌しもない。
そんな無機質な世界に、たとえば、明るい黄色の花粉で描いた四角形がポンと置かれると、雰囲気は鮮やかに一変する。花粉の四角があることによって初めて、「生命」の息吹が吹き込まれ、そこはかとなく「希望」という言葉さえも見出せるような気持ちになる。そのことは、「もし、この花粉の四角がなかったら、この空間はどんなんだろう?」とイメージしてみると、とてもよくわかる(こういう作品を鑑賞するときの一つの方法ですね)。オブジェが持つ生命感を際立たせるためにも、床はグレー1色でなければならなかったのである。
展示ギャラリーに足を一歩踏み入れたときは、ミニマル系の作品かと思った。しかし、見て回るうち、次第に作家のメッセージの一端がわかり始めると、まったく違うものであることが理解できた。美術館自体は鉄筋コンクリート造りの建物だが、ライプ氏の作品は見る者の緊張感を解き、心を穏やかにさせてくれる。忙しい日常でささくれ立ちがちな精神が落ち着き、素の自分に近づける気がするのである。
ライプ氏が作品づくりに使用する素材は、花粉、米、ミルク、蜜蝋など、すべて自然の素材。そのことが上記のような安堵につながるものと思われる。蜜蝋のオブジェは、先日訪れた秋野不矩美術館を思い出させた。あの藤森照信氏設計の建物と同じ匂いが感じられるのだ。
また唐突だが、ライプ氏は、宮崎駿アニメの影響も受けているのでは?と直感した。いや、何の根拠もないのだけれど、たとえば、蜜蝋のオブジェを見ていると、「ナウシカ」に出てきた風の谷の建物、テイストを連想させるのである。
出口のところにライプ氏の言葉が掲げられていた。「つかの間のもの──それは永遠である」。ある一瞬の一人の生の営みは、あらゆる人々が無限に繰り返すものに通じる──ぐらいの意味だろうか。人の生あるいは人の世が、作品同様、とこしえに、やさしく、穏やかなものであり続けてほしいという祈りが込められているように思った。
2003.1.18〜3.9 東京国立近代美術館
2003.3.21〜6.15 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館
東京国立近代美術館のHP→
http://www.momat.go.jp/
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館のHP→
http://web.infoweb.ne.jp/MIMOCA/
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