●アジアの世紀のはじまりに PARTU 韓国画の現在
●2002.5.18
●海岸通りギャラリーCASO

★★★

4月に行われた現代美術系ギャラリーの見本市「Art in CASO」のときの賑わいがウソのようにガラガラの会場。日韓共催のW杯が近づき、会期末の土曜日だというのに少々寂しいというか、「これでいいのかよ!?」と思ってしまう人の入りである。水戸芸術館の逢坂恵理子氏が、「ほんとうに美術が好きな人は、まだまだごくわずかですよ」と語っていたことを思い出す。

本展は、伝統と革新のせめぎ合いという課題を抱える韓国画の現在を、8人のアーティストの作品によって紹介する。作家は、30代から50代の中堅どころとのことである。伝統と革新のせめぎ合いは日本画にも当てはまる課題だが、ここでの作品を見る限りにおいては、韓国画のほうがかなり“現代美術化”が進んでいる。今回の作品はすべて平面。モノトーンで、抽象的で垢抜けた印象を受けるものが多い。伝統的な韓国画がどのようなものか知らないので、展示されているものが伝統からどれくらい離れているのか判断できないが、おそらくかなり違っているのだろうなとは察しがついた。具象画は風景画の作品のみと言ってよく、あとは黒地に白い線画がある種のパターンを描いていたり、逆に白地に黒い絵柄が描かれたりしており、それらはまさに現代美術そのものである。

作品の質自体は悪くないとは思ったが、全体に小粒な感じがした。まとまってはいるけれど、突き抜けられていない、といったところ。目指している方向性も韓国独特のものはあまり感じられず、日本や欧米諸国におけるコンテンポラリーアートとさほど差異はない。現代美術のグローバル化に沿っていると言えば聞こえはいいが、どこかで見たような作品、誰かのと似たような作品になっているとも言える。そのため、いまやタイや中国といった国々が独自のテイストのユニークなアートを発信し、世界の注目を集めつつある中では、ちょっと物足りない感が残ってしまう。

ただし、画材は特徴的であった。誰の作品も、紙と墨と炭が多く使われていた。とくに、「Hanji」と表記された、和紙に似た紙が目を引いた(これらの画材の使用が韓国画の伝統か)。それらが用いられた結果、モノトーン中心であっても、プラスティックやコンクリートや鉄といった無機物オンリーの場合の冷たさ、カタさは感じない。自然素材が、見る者の心をほっとさせ、安らぎと言っていいものさえ感じさせてくれる。そこには、自然を支配するのではなく、自然とともにあろうとするベクトルが存し、それこそが「東洋的なるもの」の根源ではないかとも考えさせられた。

展覧会当日は、陽気がとても気持ちよく、まさに“ジェントルブリーズ”そのもののそよ風が海から吹いていた。自然素材の作品から受ける印象を考えつつ、ジェントルブリーズに吹かれて歩いていると、やはり人間には自然が必要であり、やさしい自然に抱かれていると、ほんとうに心が平安になるなあと再確認した次第である。なお、本展では「無題」となっていた作品がほとんどなかったのも印象的だった。