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京都市立芸術大学作品展
● 2.11〜2.15
● 京都市美術館
★★★★
昨年イマイチだったので、今年はどうかと思っていたが、見応えがあった。例によって、いいなと思った作品と作者名をメモっていったところ、とても紹介しきれない数になってしまったほど。そこで、日を改めて再度見に行き、絞り込んだ。下に紹介したのは秀作中の秀作ということになる(あくまでも私の基準で、ですが)。なので、本稿では触れていない人でも佳作を見せてくれていた人は多かったことを強調しておきたい。全体的にレベルが高く、「市芸、見事に復活!」といったところであった。
日本画。ポロック風の絵柄だけれど、ドリップではない。マチエールがゴッホかレンブラントのように盛り上がり、ガタガタになっているベージュの地に、オレンジ、紺、深緑などの色がポロック画のように細かくちぎれた布切れのごとく入り乱れ、乱舞する。一見、ただ勢いに任せているかに見えるが、全体の調和が取れている。作者のすぐれた色彩センスをうかがわせる。ありがちな作品に見えながらも、平凡なものとは一線を画した出来を感じた。
ベースとなっているのは1m強四方ぐらいのグレーの樹脂。厚さは2cmぐらいか。樹脂のなかには、適度な間隔をあけて、黒いインクが垂らされたマーブリングのような模様があちこちに細かく浮かんでいる。マーブリングの模様は2重か3重ぐらいに、つまりは重層的に配されている。まさにタイトル通り、「over drawing」である。グレーのなかに立体的に真っ黒のインクマーブルが浮かぶことによって、クールなモノトーンコスモス(宇宙)といったイメージが展開されていた。版画部門。
なんとも不思議なタイトル。「無数を殺せば、それがやってくる」といったぐらいの意味なのか。真っ白の大きな四角い地に、ところどころグレーの小さな不定形な塊のようなものが浮かんでいる。塊と見えたものは近づいてよくみると、坂上チユキもびっくりの超細密模様。塊をなすところはビッシリと描かれているが、塊自体は白地の宇宙にポツリ、ポツリとあるだけなので、白宇宙に浮かぶ細密コスモスといったふう。異次元の世界のような、あるいは何かの啓示のようなイメージもある。タイトルと合わせて見ると、狂気も垣間見えてくる気がする。わけはわからないが、妙に引きつけられるものがあった。構想設計。
巨大で真っ黒な、昔の一輪車を思わせる三輪車が、3m四方ぐらいの黒い皮膜で覆われた地面の上に置かれている。三輪車には先のとがった重りが地面に接するようにセットしてあり、三輪車が動くと重りの先端が黒い地面を引っかくようになっている。その結果、重りで引っかかれたところは黒い皮膜がはがれ、白い線が描かれる。つまり、三輪車自体が大きなペンなのであり、運転手は三輪車をこいで線画を描くしくみ。バカバカしくも面白いところがよかった。三輪車もけっこうかっこよかった。彫刻部門。
スチールの四角いパイプで組み立てられた大きな装置。ガンダムみたいなモビルスーツっぽいイメージもある。真ん中に人間が座れるようになっており、座席の真ん前で両側から突き出てきた2本のパイプアームが、ちょうど手を合わせるようにそろう。アームが合わさったところには空き缶を挟むようになっている。装置は手元にあるスティックのようなもので動かす。スティックとアームはチェーンでつながれており、チェーンのかける場所を変えると、テコの原理で腕の力の0.3〜3倍の力がアームに伝わるしかけ。つまり、仰々しいこの装置は、空き缶をつぶすための「マン力」である。力作で面白かったが、工作が少し粗かった。彫刻部門。
「勝利の逸材」とでもいう意味か。モザイクパーツを組み立てると、さまざまなスポーツをする人間の姿になるおもちゃ。バスケット、スノーボード、テニスなどなどのアクティブなシーンが再現される。モザイクパーツは一つひとつ色が異なり、完成したときには、それらが組み合わさって、華やかでクールな色世界が実現する。また、パーツのかたちも不定形なので、ソラリゼーションのような感じにも見える。ビニールの袋にパックまでしてあり、完成度の高さを感じさせる作品だった。ビジュアルデザイン。
デザイン部門2回生の作品。2回生には共通の課題がかせられていた。ベニヤ板で動物の立体デザインをつくれというものだが、全員に同じベニヤ板が提供され、「ベニヤ板をすべて使い切り、板片と板片を組み合わせてつくるようにし、接着剤等は使用不可」という条件である。制約下でどこまで創造性を発揮できるかを鍛えるカリキュラムで、カリキュラム自体が入試のようで面白い。で、たいていは立体ジグソーパズルのようにトラとかウシとかをつくっていたが、この作者だけは異彩を放っていた。大きさが少しずつ異なる半円形の真ん中をくりぬいた木片をたくさんつくり、それを立ててズラッと並べることによってヘビを表現していた。すごいイマジネーションだと驚いた。と同時に、「ベニヤをすべて使い切る」という条件を満たすために、設計も大変だったのではないかと思った。
環境デザイン。向日市のどこかの池のほとりに建てるコミュニティーセンターの提案。真っ白の建物の模型がつくってあったが、その設計概念がユニークだった。建物は池に沿うかたちで曲線を描いている。曲線面は白い細い桟が縦とナナメにいっぱい走っている。自転車の車輪のスポークみたいな感じだ。実はそれで西山の竹林を表現している。現代建築と京都という土地柄が見事に融合したすぐれた出来だと思った。毀誉褒貶の激しい京都駅にもこうしたアーキテクチャー(設計思想)が採り入れられていたら、もう少し違ったものになっていたのではないかと思わされた。
やはり環境デザインで、こちらは南座の建て替えの提案。茶色の楕円形のような平べったいかたちが等高線のように積み重なって全体の建物をつくる。1つの楕円形は、つまりは1つのフロアということで、すべてのフロア=楕円形は少しずつかたちが異なる。その結果、全体としては、とがったところのない穏やかな建物となり、かつ斬新さも備えている。また単に見た目を考えただけではなく、現在の南座の建築物としての欠点も補うことにも視線が向けられてデザインされており、洞察の深さが感じられた。もう少し模型をていねいにつくってほしかったが。
新しいコインロッカーの提案。ピストルのレボルバーみたいなしくみで、荷物を入れる部分がくるくる回るようになっている。大きな荷物用は4つの部屋に、ふつう用は6つぐらいの部屋に区切られている。グリーンやオレンジの透明樹脂パネルでつくられていて、おしゃれでポップ。きっとほんとうにできたら、くるくる回るのが楽しくて、それだけでこのコインロッカーを使いたくなるだろう。夢がある。これを見たあと、街でふつうのコインロッカーを見たら、何とも味気ない感じがした。プロダクトデザイン部門。
黒い漆塗りの丸い池。池の周りはなぜか黒いもじゃもじゃの毛皮が。池のなかには鯉が泳いでいる。鯉の描き方がたくみで、鮮やかに見える鯉もいれば、薄暗くしか見えない鯉もいる。つまり、浅いところの鯉ははっきりと見え、深いところの鯉はよく見えないのである。黒塗りの漆の表面がつややかで、池の周囲に毛があるため、最初はほんとうに水が張ってあるのかと見紛うほどだった。鯉の存在が立体的で、神秘的な深さも感じさせる、眩惑の魅力がある作品だった。
これまた漆工芸。ブランクーシの鳥の彫刻を思わせる作品だが、こちらは真っ黒の漆塗りで、鳥ではなく魚。巨大な黒光りするつややかで洗練されたシェイプは大きなインパクトがあった。「ヌシ」という題も効いている。
この作品、去年見たのと似てると思ったら、同じ作者であった。ということは、去年は3回生だったということか。白いハンドメイドっぽさをわざと残した彫刻群で、全部で400個ほどあった。一つひとつ少しずつかたちを変えていく。人物的なシェイプからアメーバのようなかたちとなり、こんどは花に、というふうに連続して並べられている。進化を意味するのか、あるいは単なる変化なのかはよくわからないが作者の世界観が込められている感じ。それらが変化する様子を動画で見せるディスプレイも置かれてあった。
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