写真はものの見方を
どのように変えてきたか
2 「創造」
東京都写真美術館

5.28〜7.18

★★★★

 

シリーズ第2部となった本展では、いよいよ写真が芸術として独自の道を歩み始めるところがテーマ。会期残りわずか、というか残り1日というタイミングでのアップ、「いったい、何を考えているんだ!」というもっともなお叱りの声が聞こえてきそうながら、お許しをいただいて(ん、誰も許してない?)、おそまきながらレビューさせてもらいます。m(--)m


第1部が、写真発明期の歴史的博物展的性格が濃かったのに対して、本展は早くも美術展へと様変わりしている。第1のコーナー「創造――絵画との出会いと別れ」では、写真黎明期における絵画との関係がひじょうによくわかる。記録としてだけではなく美術としての写真表現がなされ始めた19C後半は、「ピクトリアリズム」(絵画主義)といって、絵画と同じような絵柄を写真でつくり出す試みがなされていた。モネの『日傘の女』のような写真や、ワトー『愛の島の巡礼』みたいな写真が撮影され、写真も芸術表現足りうることが主張されている。面白いのは、女性がわざわざニンフの扮装をして理想風景画ぽい写真を撮影したりしていることで、これらを見ると、アートとしての写真は絵画の子どもであったことがよくわかる。


しかし、写真が絵画の真似をするばかりの幼子の時期はそれほど長くない。19C末から20C初頭にかけてになると、意欲的に写真ならではの表現が模索され始める。


● アルフレッド・スティーグリッツ 『三等船室』 1907

いままさに船出しようとしている客船の様子を何の脚色も加えず、そのまま切り取ったもの。いわゆるスナップ撮影だ。瞬間を捉えるという写真の特性が早くも遺憾なく発揮されている。アッパーデッキ(おそらくは一等や二等)の富裕層と、デッキ下の三等船室の貧しい人々の対比が見事に描写されている。絵づくりの感性は、すでにして現在のセンスと何ら変わるところがないように見える。


● 福 光太郎 『街の影(A)』 1934

日本人も思ったよりも早い時期から芸術作品としての写真を残しているのには驚いた。逆光のビルとビルのあいだの狭い路地。雨上がりだろうか、光の加減で黒い影の部分と白い部分がくっきりと際立っている。アメリカの街のようで両サイドのビルには鉄製外階段がいかめしく取り付けられてあり、そのトラスが力強いシルエットで画面を印象づけている。路地にはTフォードぽい車があり、車のかたわらには男が一人、やはりシルエットで写っている。映画『第三の男』の一場面を見ているかのようなクールさがある。光と影を巧みに使った作品で、現在でも通じる高い完成度だ。


このように、アートとして一人歩きし始めた写真は、早々にかなりのレベルに到達している。いや、むしろ妙に理屈をつけないで、素直にインパクトある画像を追求したため、訴求力の普遍性という点では現代の作品よりもすぐれたものが多いかもしれない。


その後、写真はますます写真でしか得られない表現を模索。高速度撮影では弾丸が電球を貫く瞬間を捉えたり、顕微鏡写真では植物の細胞組織を映し出したり。ついに、人間の目では見ることのできないものを写し出すようになる。それらは、どちらかといえば科学的写真ということになるのだろうが、それでもけっこう美しくもあった。


さらに時代が下ると、バウハウスやシュールレアリズムの洗礼を受け、ますます写真アートは多様になる。クローズアップ、トリミングなどの技法も冴えわたり、それに拍車をかける。


● アルベルト・レンガー=パッチュ 『世界は美しい』 1928

顕微鏡写真から街角スナップまで、ありとあらゆる写真を撮っている。それがみなセンスを感じさせるものばかりで、完全にいまでも通用する。サボテンのトゲの部分をクローズアップで見せた作品は、幾何学模様が美しくさえあるし、さびれた街角の表情は今日のストリートフォトそのもの。


● 木村伊兵衛

一流の写真家として認められるための賞、「木村伊兵衛賞」に名を残す写真家だ。さすがにそのセンスは素晴らしく、単に素材が昔のものというだけで、表現する感覚はコンテンポラリーそのもの。街角や人々の生活風景のなかに、一瞬のフォトジェニックを感じ取り、切り取る感性はさすがというほかない。彼の手によると、タバコ屋のおばあさんも、不良少年たちも、買物にいそしむマダムたちも、みなスターに見えてくる。

マン・レイのように世界的に名の知られる写真家も、そろそろ登場し始める。

(7/17)

<今後の予定>

●3 「再生」 ―― 7月23日〜9月11日
●4 「混沌」 ―― 9月17日〜11月6日