| モネの睡蓮の絵をもとに、インスタレーション作家の廣瀬智央氏が空間構成した展覧会。配布されているパンフがなかなかいい感じだったので、ちょっと期待して行ったが、ガッカリした。
キーワードは「蒼」。周知のとおり、モネの『睡蓮』に多用されている美しい蒼を受けて、廣瀬氏は空の蒼を合わせる。具体的には、『睡蓮』の連作(6点ぐらいだったか)を展示し、それぞれの絵の隣に、空を映した写真を添えて並べる。また、展示室の中央に自然光が入る空間があるのを利用し、その天窓をぐるっと囲むように水色の布を天井から長く垂らし、「光の国」とうたう。さらに、この企画展は安藤忠雄氏による新館で行なわれていたのだが、その通路の窓全面に青色のフィルムを貼り、蒼の光がアプローチに差し込むようにもしてあった。したがって、観客は蒼い光の中を通って会場に入っていくことになる。
だが、はっきり言って、それぞれの工夫があまりにも稚拙なのである。モネの『睡蓮』の横に空の写真を並べても、「それがどうしたの?」という感じで、何ら響き合っていない。そもそもモネの絵が2〜3m四方の大きさなのに対して、空の写真のほうはせいぜい20cm四方ぐらいしかなく、まるで解説板のよう。これでは、とてもコラボレーションにはならない。もし、もっと大きな写真であったら、印象も違っていたかもしれない。「光の国」なる仕掛けも、そんなふうにわざわざ名づけるのが恥ずかしくなってしまうような代物。ただ水色の布を垂らしてあるだけで、しかもよく見ると、壁に布を張りつけるのに、工事用のホチキスでとめてあるものだから、あまりにもにわかづくりのチャチさがむき出しで、これをアートだと言われてもなあ……と正直なところ、かなり興ざめ。アプローチの窓の青色フィルムのほうも、高校の学園祭などでよく演出されている程度のものにすぎない。
廣瀬氏は、パンフの中で観念的なことをいろいろと語っているが、口ほどにもない出来と言わざるを得ない。手を抜いたか、とも思ってしまう。もっとも、手を抜いていないとしたら、そのほうが悲劇的だが。いろいろと口上をつければ、観客は何でもありがたがると思ったら大間違いであることを、そろそろ作家側も知っておくべきだろう。居合せた中年のグループの人たちも、「これが、光の国だってよぉ!」と笑っていた。もっともだ、と思ってしまった。
なお、展覧会とは関係ないが、この安藤忠雄氏設計の新館は、大山崎山荘美術館とまったく合っていない。誤解されては困るのだが、安藤氏の建物がよくないと言っているのではない。マッチングの問題なのだ。大山崎山荘のような、しっとりとした歴史を感じさせる木造建築とは違和感が大きすぎる。むしろ、しっとりとした感じを相殺してしまっている。安藤氏を起用した時点で、失敗は決まっていた。せっかくの貴重な建築文化と環境が、そのよさを生かしきれないでいるのを見るのは、悲しい。
●アサヒビール大山崎山荘美術館のHP
http://www.asahibeer-oyamazaki.com/
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