横浜トリエンナーレ2005
アートサーカス(日常からの跳躍)
山下埠頭3号、4号上屋ほか

9.28〜12.18

 

「★」とは、きわめて厳しい評価であることは重々承知している。関係者には申し訳ないし、内心、「★★」でもいいのではないかと思わないでもない。しかし、あえて“愛のムチ”をふるって、最低の評価にした。ハマトリほどのスケールで、「国際展」を標榜して開催される以上、その内容はふつうの展覧会以上のものが求められる。そうした観点に立ったとき、残念ながら今回は最低の評価をするしかないと考えた。それに、「★」が「★★」になったところで、ハマトリほどのイベントとあっては、大勢に違いはないだろう。


2回目となった今年のハマトリの失敗(とあえて表現させていただく)は、準備の失敗にすべて起因すると思う。会期は「2005年秋」と、これだけはついに最後まで変更されることなく強固に定められた一方(それでも1回目からは3年ではなく4年が経っていて、1年遅れているが。なので、もうこれ以上遅らせたくないという横浜市側の意向もわからないではない)、当初、総合ディレクターに決まっていた磯崎新氏が2004年12月になって辞任。後任の川俣正氏が活動し始めたのは事実上、今年になってから。会期スタートまで、わずか9カ月足らずでの急転劇であった。


さらに、5月になって行なわれた記者会見では、参加アーティストの約3分の1がまだ決定できていないという状況。会期まで、実に3カ月しかない段階での話だ。このようなドタバタでは、クオリティの高い内容をそろえるのは、どだいムリであった。関係者もホンネでは、「もう何でもいいから、とにかく開催できればヨシ」と思っていたのではないだろうか。


私なんぞには知りようもない経緯があったのだろうが、何といっても、昨年末になってからの磯崎ディレクター辞任が大きい。磯崎氏が提示したプランで実施するには2005年秋開催は困難ということで横浜市と対立、決裂したという。だがそもそも、04年12月のプラン提示とは、どう考えても遅すぎる。そんなタイミングで有力アーティストを招聘できるはずもない。いまにして思えば、この時点で第2回横浜トリエンナーレは失敗が確定していたようなものであった。


実際にトリエンナーレを目にしての印象は、そうした準備段階の混乱が如実に反映したものといわざるを得ない。作品、展示・設営、運営、そして会場そのものにいたるまで、すべてが急ごしらえで、何とかかたちをつくろったというレベル。なかには会期スタートに間に合わず、まだ制作途中のものが何点もあったくらいである。あらゆるものが“にわかづくり”の範囲から抜け出ておらず、トリエンナーレという一時的なイベントにせよ、ちょっとヒドいと思った。とはいえ、かくいう私自身も、準備不足に対する危惧より、期待のほうがまさっていたので、本展のありさまを事前に洞察することはできなかった。ましてや、一般の観客にとっては、舞台裏の事情など、あずかり知らないし、知る必要のないどうでもよい話だから、何らエクスキュースにはならない。


しかし一人、川俣ディレクターは、おそらく、ある程度そうなることを想定してか、「来場者も参加する展覧会」「作品も時間の経過やコミュニティとの関わりから刻々と変化し、動き続ける展覧会」と不定形の展覧会となることをうたっている。こうしたコンセプトを提示することで、不完全さは意図的なものとして説明づけようとしたのであろう。すごく切れる人だ。けれども、いくら言葉を費やしたところで、トリエンナーレ自体が粗末であれば、うたい文句も空しく響くだけである。


作品として印象に残ったものは、ほとんどない。唯一、高嶺格氏のジオラマ作品だけが群を抜いて素晴らしかった。10m四方もあるだろうか、大きなジオラマで、観客はそれを2、3mの高さから見下ろすように鑑賞する。ジオラマは光が遮断されてほぼ真っ暗である。そこへ音楽とコンピュータで制御された、さまざなな色やかたちの光がジオラマに仕組んであるいろんなパーツを照らし出す。土に埋もれた人の手が浮かび上がって意表を衝かれたり、真っ赤な光でペンタゴンの姿が毒々しく現われたりする。あるいは、スポットライトが移動していくにつれ、一つずつ文字が出てきて、ライトの動きに合わせてメッセージが読めたり。きわめて独創的で、かつ手の込んだつくり上げには感嘆するほかない。この作者は、常に期待を裏切らない。


それに対して、ほかの作品は、時間がなかったためか、はっきりいって美大の卒展レベルとそれほど変わらない。巨大なサッカーゲームがあったり、これも作品ということだろうか、卓球台があって自由に卓球するようになっていたりし、「観客参加」にはなっていたけれども、別にどうというほどではない。あるいは工事用足場を組み立てて歩道橋のようにしたものもあり、上って歩いたが、何の感慨もわかない。人が箱の中に入っていて、オーダーするとその場で絵が描かれる“絵の自動販売機”みたいな作品(?)は、文化祭の出し物としてなら面白いけれど、やはり、国際アート祭典への出品物という目でみたら、あまりにも稚拙。たぶん、理屈をつけようとしたらいくらでもいえるのだろうけれど、国際展への出品とするには拙劣すぎるものばかりに思えた(もし、これらがベネチアビエンナーレに出品されたら、と想像してもらいたい)。


前回のハマトリでは、知的にインスパイアされる作品が何点もあったかと思う。塩田千春の泥のドレスとか、草間弥生の海に浮かぶミラーボール、ミニチュアエレベーター、弾痕だらけの貨車、ほんとうに食べられるキャンディ……深読みせずとも何となくメッセージが伝わってくるし、単純に楽しめる作品の数々に、「現代アートって、面白い!」と感じた人も多かったのではないだろうか。ひるがえって今回展はどうだろう。「これが素晴らしいと評価される作品なのか??? 現代アートって、……やっぱ、よくわかんないや」で終わらせる結果になってしまうのではないかと危惧する。


横浜トリエンナーレは、ベネチアビエンナーレやサンパウロビエンナーレ、カッセルドクメンタのような世界的祭典をめざして立ち上げられた。だが、2回目にして早くも大きくつまづいてしまった。ローマは1日にしてならず、という。ベネチアやカッセルも、今日のような存在になるには時間もかかったろうし、さまざまな試行錯誤やときには失敗も経験しているはずである。ハマトリが今後どういう道をたどるのか。おそらく、この2回目から3回目にかけてが最大の試練となるだろう。行政内部では「もう、やめろ」といった声も出るに違いない。次は協賛企業を集めづらくなるだろう。そうした逆風を乗り切れるかどうか。もし3回目が開催できるようになれば、今度こそ、早めに会場を決定し、余裕をもって準備をし、十二分に仕込みをしてもらいたいと切に願う。ハマトリの命運は、次にかかってしまった。

(10/4)