●羽場靖彦写真展 「親水−水との対話」
●2002.6.5
●The Third Gallery Aya
★★★★
| 個展会場で作品を見たときには、あえてミュシュランに展評を書こうとは思わなかった。けれども、時間が経つにつれて、じわじわと味が出てくるというか、心にしみてくるものがあり、改めて記録に残しておこうと思い直した、ちょっと珍しいパターンが本展。
シリーズ写真作品で、モチーフは作者がここ数年親しんできたという淀川の風景である。おそらく丹念に淀川河川敷を作者は歩いているのだろう。さまざまなシーンが撮影されている。カヌーを練習するグループ、釣りを楽しむ人々、水上バイクで疾走する若者、日焼けサロンよろしく甲羅干しする人、あるいは、ひっそりと橋げたの影で着替えをするホームレスの人など……頭で考えるだけでは決して出てこない、人と淀川のバラエティに富む交流風景が記録されているのである。ちょっとしたフォークロア的な意味合いさえ感じられる。
淀川がこんなにも多様な付き合い方をされているとは思ってもみなかったので、かなり驚いた。最初は、淀川で「親水」というテーマ設定にはムリがあるんじゃないかと思ったが、実際に数々の作品を提示されると、なるほど、これはまさに「親水」と呼ぶにふさわしいと納得してしまう。自分の知らないところで、こんな世界が広がっていたのだと新鮮な発見ができた感じもする。
1枚1枚の写真は、一見何ということもなさそうに見える。が、実はうまく切り取られており、絵柄が印象的に決まっている。と言っても、決して派手さで勝負しようというわけではない。平凡さの中に非凡さが光る感じとでも言おうか。また、撮影対象を選ぶ眼がいい。ホームレスの人を撮るなど、思いつきそうでなかなか思いつかないのではないだろうか。淀川河川敷で、いろいろな営みを繰り広げる人たちに対する、作者の愛が感じられ、その心が作品を通して見る者にも伝わってくるのである。
羽場氏の作品と出合ったおかげで、私の淀川を見る眼も少し変わった気がする。写真作品は、トリッキーな絵を表現したり、色で見せたり、あらゆる表現方法があるが、羽場氏は絵柄で耳目を引く方向ではなく、撮る「心」を大切にしている人だと思う。そして、「心」に基づく作風が、結果的にあとあとまで“尾を引く”作品を生み出しているのではないだろうか。 |