ゴッホ展
東京国立近代美術館

3.23〜5.22

★★★★
 

 

日本のみならず世界中で人気を誇るゴッホ。印象派と並んで、もっともワールドワイドにポピュラーなアートといえるだろう。以前、ロサンゼルスでゴッホ展を見たことがあるが、その状況は日本とそっくりで、老若男女を問わない大勢の観客たちが押し寄せ、入場するためにずいぶんと行列がつくられていた。


今回の展覧会も、多くの人で賑わっていた。日本ではゴッホ展は比較的頻繁に行なわれている。ちょっといくつか振り返ってみると、

●1985年 「ゴッホ展」(国立西洋美術館、名古屋博物館)
●1986年 「オランダコレクションによるヴァン・ゴッホ展」(国立国際美術館)
●1992年 「ゴッホと日本」(京都国立近代美術館、世田谷美術館)
●1993〜97年 「ゴッホとその時代」(シリーズ、安田火災東郷青児美術館<当時>)
●1995年 「クレラー・ミュラー美術館所蔵ゴッホ展」(横浜美術館、名古屋市美術館)
●1999〜2000年 「クレラー・ミュラー美術館所蔵ゴッホ展」(Bunkamura ザ・ミュージアム、福岡市美術館)
●2002年 「ゴッホ展」(北海道立近代美術館、兵庫県立美術館)

といったところである(まだ漏らしているのがあるかもしれない)。どうだろう。意外に多く開催されているんだなと感じた人も少なくないのではなかろうか。これほどよくゴッホ展が開かれていると、好きになる人も増えるだろう。そして、好きな人が増えるからゴッホ展には人が入る、人が入るからまた実施される……と、なんとなく循環しているような気がしないでもない。


それはさておき、本展では約120点が出品されており、けっこうなボリュームとなっていた(ただし、ゴッホ作品は約30点)。主たるものはゴッホ美術館とクレラー=ミュラー美術館のコレクション(ともにオランダ)。ほかにドルトレヒト美術館、島根県立美術館、ひろしま美術館、損保ジャパン東郷青児美術館からの作品もあった。


展覧会は5部構成。「T 宗教から芸術へ」「U 農民の労働、芸術のメタファー」「V パリ――闇から光へ」「W アルル――ユートピア」そして「X サン=レミ、オーヴェル=シュル=オワーズ」と、おおよそゴッホの画業人生を時系列でたどりながら、彼のライフステージの変化ごとに切り分ける組み立て。このような構成にすると、基本的には時間の経過とともに作家がどのような変遷を見せていったかよくわかるし、同時にゴッホのおかれた状況と作品がいかに強い相関関係をもっているかも一目瞭然で、平凡に見えるかもしれないけれど、私はよくできた構成だと感じた。


パリへ出る前のゴッホは、重厚で地味な作品ばかりを描いていた。社会の下層で苦しみながらも健気に生きる人たちをよく扱っていたことが最大の要因と思われる。ところがパリへ出てからのゴッホは様変わりする。印象派をはじめとした新しい芸術や、パリという新しい都市文化に触れ、ゴッホは次々に大きな刺激を受けた。それが作品に如実に反映されているのだ。作品は一気に明るくなり、点描で描くようになったのもこのころである。常に実験的な描き方、大胆な試みを繰り返している。かつての重々しさ、暗さは影をひそめ、まさにゴッホに光が差してきた時期といえるだろう。ジャポニスムの洗礼を受けたのもパリ時代である。


ゴッホの精神がもっとも高揚し、それが作品にも乗り移っていたのは、やはりアルル時代の前半だろう。今回の展覧会の白眉『夜のカフェテラス』は、幻想的でロマンチックな作品で、ゴッホが夢見るように現実を見ていたシーナリーが再現されているかのよう。星が夜空にきらめき(星空を描いた初の作品とのこと)、音楽的な印象さえある。ゴッホの心がまだまだ健康であり、希望に満ちていたことが見る者にもよく伝わってくる。個人的にも、本展でいちばんのお気に入り。できうるならば、こうした状態のままで人生をまっとうさせてあげたかった、という思いもよぎる。


しかし、ユートピアは長く続かなかった。ゴーギャンとの軋轢以来、精神に異常をきたすようになったゴッホは、それでも絵を描くのを決してやめなかった(この事実は改めてすごいと思う)。描かれるものは次第に歪み、ねじれるようになる。画面から直線はなくなり、あらゆるモチーフが曲線で描かれ、狂気と緊張が支配するようになる(このあたり、ムンク作品と共通するものを感じる)。けれども、そうした表現になっても、力強さという点では変わらない。「狂気の力」とでもいうべきものであろうか。描きながらも、苦しみ続け、自分ではどうすることもできない精神の突き上げるにさいなまれた画家の姿がほの見える。


そうした観点で作品を見たとき、えもいわれぬ悲しみが画面からにじみ出てくる。ゴッホの強烈なエネルギーが、こんどは画家本人を苦しめる――絵はそのことを物語る証人となるのである。私たちは、晩年のゴッホ作品でもついつい無邪気に「すばらしい」と賞賛する。だが、その絵を画家はどれほど苦しみながら描いたかについては、さほど頓着しないのではないか。それどころか、もしゴッホがいまも生きていたら、人々は「もっと、もっと」とゴッホに描くことを求めるのではないだろうか。人気といえば人気ではあろうが、残酷な話ではある。

 

<巡回展>
◎大阪展  国立国際美術館 5月31日(火)〜 7月18日(月・祝)
◎名古屋展 愛知県美術館 7月26日(火)〜 9月25日(日)

(5/29)