エッセンシャル・ペインティング

国立国際美術館

10.3〜12.24

★★★★

 

 

1990年代以降、欧米でもっとも注目されてきている画家を一堂にしたと、主催者の鼻息が常にもまして荒く感じられるのが本企画。


現代アートの世界は、20世紀の半ば以降、いったん抽象表現主義が世界的に盛り上がり、その後、「イズム」の時代から「アート」の時代へと移り変わり、ミニマルアート、ポップアート、コンセプチュアルアート、ランドアートなどが雨後の筍の如く入り乱れ、また、ハイアートもローアートも区別がなくなるといったようにマルチカルチャーの様相を呈して現在にいたっている。つまり、ひと言でいえば、いまやアートは何でもありのゴッタ煮状態で、いつ、どこで、誰が、どんな表現をし始めても、まったく驚くには当たらないというわけだ。


そんな時代だから、当然のことながら、もはやアートは、一つや二つの美術観では到底論じることはできず、アーティストたちは、各自固有の美意識や問題意識、ロジックや感覚で作品を制作し、世に問うといったことになっている。しかし、そのような時代においても、なお、ひときわ他に抜きん出て光を放つ作家や作品というものが存在するのであり、本展では絵画部門において、そのような傑出した作家と作品を集大成した、という。


紹介されている作家は、

・ マンマ・アンダーソン(スウェーデン)
・ セシリー・ブラウン(イギリス)
・ ジョン・カリン(アメリカ)
・ ピーター・ドイグ(イギリス)
・ マルレーネ・デュマス(オランダ)
・ ベルナール・フリズ(フランス)
・ アレックス・カッツ(アメリカ)
・ ミッシェル・マジェリュス(ドイツ)
・ ローラ・オーエンズ(アメリカ)
・ エリザベス・ペイトン(アメリカ)
・ ネオ・ラオホ(ドイツ)
・ ヴィルヘルム・サスナル(ポーランド)
・ リュック・タイマンス(ベルギー)

の13人。選定は、ホストとなった国立国際美術館が行なっているが、展覧会副題に「1990年以降のヨーロッパとアメリカの絵画」とあるように、欧米以外の地域からの選定はなされていない。したがって、近年、注目を浴びつつある中国をはじめとしたアジア、アボリジニも含めたオーストラリアなど大洋州、あるいは素朴な表現が力強いアフリカといった欧米以外のエリアの作家は本展では見ることができない。


展覧会場は、それぞれの作家ごとに白い壁でほぼ正方形に区切られていた。そのため、ギャラリーのホワイトキューブで各作家の作品を鑑賞するような趣があったが、これは、上記のような現代アートのあり方を踏まえ、作家相互の関連はもはや認められないことを私たちに暗黙裡に伝える工夫のようで、なるほどと思った。また、そのような展示構成になっているため、展覧会場を広く見渡すことはできず、これまたコンテンポラリーなアートの「パースペクティブのきかなさ」を再現しているようでもあった。考えすぎかもしれないが。


13人の作家に共通した画風は見られない。テーマがある(ように見える)のもあれば、そうでない(ように見える)のもある。色彩豊富なものもあれば、ほぼモノトーンなのもある。明確に描いているものあれば、不明瞭に描いているものもある(不明瞭なほうが多かったが)。人間を描いているものもあれば、そうでないものもある。具象もあれば、抽象もある(フライヤーには「具象的絵画が特徴」と書かれていたが)。激しい画風のものもあれば、静かなものもある。感情的なものもあれば、理性的なものもある……といった具合で、一括りで説明することはできず、まさしくアートの現状を体現しているかのようである。にもかかわらず、ほとんどの作品が一定の水準以上にあり、さすがに“選ばれし者たち”だけのことはあると思った。


画風もテイストもバラバラな13人のうち、どの作家がよいと感じるかは、鑑賞者次第である。私がとりわけ惹かれたのは、タイマンス、ペイトン、アンダーソンで、とくにタイマンスは現在における絵画表現のきわみに達していると思った。次いで、カリン、ドイグ、カッツも気になった。逆に、サスナル、オーエンズは、いま一つピンとこなかったし、マジュリュスは、そんなに高く評価される必要があるのだろうかと疑ってしまった(笑)。


どの作家がよく、どの作家に「?」を抱くかは、人によってバラバラのはずで、実際、私が必ずしもよさが分からなかったラオホが一番よかったという知人がいるし、タイマンスは「よかった」ということで何人かの意見が一致した。自分が高く評価しない作家のどこにどう惹かれたのか話を聞くと、なるほど、そういう受け止め方もあるのかと認識を新たにできるものだが、本展は、そのように他者との意見交換を通して、さまざまな見方に触れる楽しみにも格好の展覧会である。


おそらく、これだけの作家・作品を集めるには、相当のご苦労があったはずで、展覧会実現に漕ぎ着けた担当者の意欲と努力には敬意を表したいと思う。


しかしながら他方において、もし、これらをもって現在の絵画の最高峰だとするのならば、いささかの失望が拭い切れないのも正直なところである。歴史を顧みると、20世紀に入ってからでも幾多の名画が生まれているし、それ以前となれば、もはや豊穣の沃野を思わせるものがある。日本に限っても、光琳や応挙、若冲や北斎など、圧倒的に突き抜けた感のある超ド級の絵が思い出される。本展作品は、よい絵がそろっていたとは思うのだけれど、「圧倒的に突き抜けた」感まで抱くことはなく(タイマンスは、それに近いものがあったが)、いわば秀才たちの佳作、箱庭のなかでのオペラといった感じもあった。したがって、過去の巨星たちに思いを馳せると、むしろ、絵画は小粒になってしまったなぁ、と少々の慨嘆もきざしてくるのである。もっとも、「圧倒的に突き抜けた」印象というのは、それこそ歴史という時間が培うものなのかもしれないが。

(11/20)